「シェイプシフター」神話の妖怪たち。霊的存在の実体。変身の魔法。

多くの伝説に登場するシェイプシフター

 コウモリに変身する吸血鬼、黒猫に変身する魔女、狼人間といった、変身能力を持つ存在、いわゆる『シェイプシフター(shapeshifter)』の伝説は数多くある。

変身に関するいくつかを基準とする分類

 シェイプシフターは主に、変身の原理やバリエーション、本来の存在がどのようなものか、というところなどを基準に、分類が可能かもしれない。
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 例えば、まずは変身していない状態での分類。
シェイプシフターは、人間などの動物が何らかの原因により、別の存在に変身したというようなパターンがよくある。一方で、本来の姿を持たないとか、本来は実体がない存在とか、そういうパターンもある。
同じような変身能力を持っているとしても、本来の姿を持っているかどうかという違いは、かなり大きいと思われる。

 変身原理に関しても、その動物などの本来の能力としてそのような変身能力を持っているのか、あるいは魔法のような外部からの影響によって変身能力を後天的に獲得したのか、というところでも大きな違いが考えられるだろう。

 また、明らかに特定の存在にしか変身できない者がいる一方、まるで制限などないかのように好きなものに変身できるらしい者もいる。
この違いは、変身能力自体の質の違いなのだろうか。それとも、変身する者の熟練度の違いなのであろうか。

アンラ・マンユ。イブリース。悪魔の変身

 アンラ・マンユ(Angra Mainyu)、あるいはアーリマン(Ahriman)は、善悪二元論を基盤とするゾロアスター教において、善なる最高神アフラ・マズダー(Ahura Mazdā)、あるいはそれと同一視されることも多い創造神スプンタ・マンユ(Spənta Mainyu)に対抗する絶対悪的な存在。
善き世界を創造したアフラ・マズダーに対し、病気や悪などの災難を創造。さらには、世界を破壊するために、恐ろしき殺戮生物とも言える、悪のドラゴンであるアジ・ダハーカを生み出したりしたとされる。

 また、イスラム教においてイブリース(Iblīs)はシャイターン(Shayṭān)、つまりはキリスト教においてサタン(Satan)と呼ばれる悪魔(または特別な悪魔、あるいは悪魔の王)と同一とされている存在。
しかし一般的に、キリスト教におけるサタンは、神自体に反旗を翻した堕天使というイメージがある。一方でイスラム教のイブリースは、神(アッラー)の意向に反して、人間と敵対した存在、というようなイメージが強いか。
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 そしてドラゴンは、ペルシアの民話においては、鱗のある蛇のような体で、背中に沿って突起があり、しかし翼がなく飛べない。 火を吐くことがあり人間を食べる事もあると思うな動物だという。
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蛇の暴君ザッハーク

 詩人フェルドウスィー(Hakīm Abū al-Qāsim Manṣūr ibn Ḥasan Firdawsī Ṭūsī 。934~1025)が、歴代のペルシア王や英雄に関して詠った叙事詩『シャー・ナーメ』(王の書)には、例えば以下のような話がある。

 ある時、アラビアの砂漠の国に、マルダース(Merdās)という、寛大で公正な王がいて、彼にはまた、ザッハーク(Zahhāk)という息子がいた。
ザッハークは容姿端麗で賢き王子であったが、精神的に不安定な面があった。それに本質的に純粋で、騙されやすいところもあったとされる。そのために彼は、無秩序と混乱をまくための道具として、アーリマン(あるいはイブリース)に選ばれることになってしまう。

 アーリマン(あるいはイブリース)は、貴族に扮して王の宮殿を訪れるようになり、ザッハークを美徳の道から離れるように誘惑する。
アーリマンは説得を繰り返し、ついにはザッハークに、父である王メルダースを、落とし穴を使って殺させる。

 その後、アーリマンは今度は素晴らしい料理人に扮して、ザッハークに雇われ、毎日豪華なごちそうを用意した。この頃の人は、基本的に野菜ばかり食べていたのだが、料理人のアーリマンは動物の肉を材料とした料理をよく出した。
出される料理がどれも素晴らしく美味しかったために、ザッハークは、料理人アーリマンに、望むものを何でも与えようと告げる。
そして料理人アーリマンは、王の両肩にキスをする許しをもらう。
ところが、ザッハークの肩に口づけた料理人は、即座に姿を消してしまう。さらには2匹のヘビがザッハークの肩から生成され、それらのヘビは切断しても、新たに成長したヘビと置き換わり、外科的に取り除くこともできなかった。

 アーリマンは次には、医師としてザッハークの前に現れた。
そして医師アーリマンは、哀れなザッハークに、ヘビは取り除けないと告げる。できることは、ヘビがとにかく落ち着くように、毎日2人の人間の脳から作ったシチューを与えることで、彼らの空腹を和らげることだけだとした。
こうして、毎日必ず、2人の命を奪わなければいけない、恐ろしい暴君が誕生した。

 しかしザッハークは、暗黒の国の長い統治の末に、フェリドゥーン(Fereydun)という英雄に倒されることになる。

実体なき者がこの世界に現れる時

 ザッハークをそそのかす過程で、悪なる存在アーリマン、あるいは悪魔イブリースは、貴族、料理人、医者などに扮している。仮にこれが変身でなく変装だったとするなら、(おそらくほぼ誰にも気づかれなかった辺り)かなり見事だったのだろう。

 だが、アーリマンは(イブリースにしても) 普通の生物という存在ではない。彼(?)は、普通に考えて、変身くらいできるのだろう。
アーリマンやイブリース、 と言うか天使、悪魔のような霊的な存在は、本来は実体というものを持たないでいるため、我々の世界に現れる時は、何らかの姿を選んでいるという説がある。しかし好き嫌いか、制限かはわからないが、たいてい、同じような動物になるパターンが多い。例えば悪の存在は、ヘビのような爬虫類の姿で現れることが多い。

 実体なき存在が、何らかの物体を一時的に持つことは、元々実体の存在が別のものに一時変化する変身と何か違うだろうか。
もしかしたら我々は、ある実体に固定されてしまった、実体なき存在(魂)なのかもしれない。

 そして、アーリマンは口づけだけか、他の何かも関係してるのか、ザッハークを恐ろしい存在に変身させもした。
肩に蛇を生やさせただけとも言えるかもだが。

 ザッハークを倒すことになるフェリドゥーンも、美しい若者に変身した天使に助けられたりする。
また後に自身も王となったフェリドゥーンは、3人の息子たちの勇気を試すため、ドラゴンに変身する。

マヒシャ。女神の宿敵

 マヒシャ(Mahishasura)は、インド(ヒンドゥー)神話において、様々な姿に変身する、スイギュウの頭を持つ悪魔として知られる。
3つ存在するという世界を荒らしまわり、大地、海を汚染し、宇宙の秩序を乱す存在だったともされる。
マヒシャは、常にデーヴァ(神)に対して敵対的で、しかも、男性には決して殺されないという特性を、熱心な苦行の褒美として、ブラフマー(Brahma)に与えられていた。
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 女神ドゥルガー(Durga)は、このマヒシャを殺すために誕生した。
しかしなんとそのドゥルガーに、マヒシャは求婚したとする説もある。
その場合、ドゥルガーは「結婚したいのなら私を倒せばいい」とマヒシャを挑発し、本格的な争いが勃発する。
山を揺らし、海を荒らすマヒシャの攻撃に対し、ドゥルガーはシヴァ神に与えられた三又戟や、ヴィシュヌ神の円盤で反撃。ライオンやゾウに変身するマヒシャに対し、たてがみを切り裂いたり、剣で体を突き刺したりした。さらにスイギュウになっていたマヒシャの背中に飛び乗ると、聖なる足でその頭を蹴り、気絶させてから、心臓を三又戟さんさげき(三叉槍)で貫いたのだという。 

変身することの実用的な意味

 マヒシャも、シャー・ナーメに登場するアーリマンと同じように、悪魔的な存在であるが、スイギュウ悪魔という、実体としての真の姿を有している感じである。

 戦いに関して、マヒシャは、 広大な大地や海に影響を与えるようなすごい能力があるにも関わらず、戦闘において、とにかくよく変身するような印象がある。
だがこの場合、変身する意味はそれほどあるのだろうか。
例えばライオンになって噛もうとするよりも、単純に大地震を起こした方が、攻撃として強力な気もする。
シェイプシフターにとって変身とは何なのだろうか。それは何か物理的な影響だけでなく、精神的な変化にも強く関連しているのだろうか。
それなら変身は、本当の意味で自分を変えてしまう可能性もあるかもしれない。そうだとすると、これは普通にイメージできるよりも、危険度が高い能力だろうか。

 神話とかより、むしろファンタジーフィクションで多いような設定に思えるが、長くある生物に変身し続けていると、元の姿に戻れなくなってしまうというような話も、よく考えたら不思議か。

ファフニール。財宝を守るためにドラゴンとなったドワーフ

 北欧の『ヴォルスンガ・サガ(Völsunga saga)』においても、ドワーフの王(あるいは魔術師)フレイドマル(Hreiðmarr)には3人の息子がいた。しかしその1人である次男のオッテル(Ótr)は、旅をしていたオーディン(Odin)。ロキ(Loki)、ヘーニル(Hœnir)の3柱の神に殺されてしまう。オッテルはカワウソに変身していた時に、野生動物だと間違えられて、狩猟されてしまったらしい。
フレイドマルらは、神々から損害賠償として、多量の黄金をもらう。
しかしフレイドマルの長男ファフニール(Fáfnir)は、欲に目がくらみ、三男のレギンと一緒に、父を殺して黄金を奪う。
ファフニールはその後、弟からもさらに黄金を奪い、自分はドラゴン(ワーム)に変身して、その財宝を守ることにした。
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 ファフニールが恐ろしいワームになったのは、ロキが財宝に紛れ込ませていた、持ち主に不幸をもたらす魔法の指環の呪いだという説もある。

 後にファフニールは、レギンが造った(あるいは鍛えた)剣を与えられた、英雄ジークフリートが、殺すことになる。

架空の生物に変わること。生理的にもその生物に成りきること

 別にフェリドゥーンやファフニールに限らず、神話においてドラゴンに変身する物語はけっこう多い。
ドラゴンが架空の生物だとするなら、より興味深いか。

 北欧神話においては、トリックスターとされるロキは、その時々に応じて、いろいろな動物に変身するが、ファフニールの話のように、神でない存在も、普通に変身する場合がある。
カワウソにこの先生が殺されたオッテルはドワーフだが、人間と解釈されることもある。

 ところでロキは変身したら、姿だけではなく、生理的にも完全にその生物に変身しているようである。
例えば、オーディンが騎乗する8本脚の馬スレイプニル(Sleipnir)は、雌馬となったロキと、ミッドガルドを建設した巨人の連れていた馬スヴァジルファリ(Svaðilfari)との子とされる。

エンカンタド。お祭り好きなピンクのイルカ

 エンカンテとも呼ばれるエンカンタド(Encantado)は、水中の楽園に住むともされる生物。
エンカンタドは、アマゾン地域において、漁師の友人ともされ、嵐の際とかにカヌーを守ってくれたりするとされる。また、溺れている人を助けることもある。
一方で、大切な人間や、子供を、水中の国にさらっていく話なども知られている。
気まぐれな性格や性質など、かなり妖精のような印象がある。
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 アマゾン川に生息しているという、ボト・コル・デ・ロサ(Boto Cor de Rosa)と呼ばれるエンカンタドの伝説はよく知られている。
ボト・コル・デ・ロサは、変身能力を持つ、ピンク色のイルカらしい。
白スーツを着た美男子の人間に変身したボトが、祭りの日などに、人間の娘を誘惑し、身ごもらせてから、川に帰っていったという話はよくあるそうだ。

 典型的話に関しては、以下のようなパターンもあるという。
ボト・コル・デ・ロサは、なぜだか昼頃には変身できなかったため、人間の姿で恋人になった娘のベッドで寝過ごしてしまった時、ピンク色のイルカそのものだった。そして娘の父に殺されることになってしまった。それで現れなくなった彼が、自分を捨てたのだと娘は思った訳だが、後に生まれてきた子供がまさにピンク色のイルカだったので、真実に気づいた。もちろんすべて遅すぎたが。
そして、同じような悲劇を繰り返さないために、川近くに現れる美男子には決して心を許さないようにと、娘に言い聞かせる習慣ができたのだった。

 エンカンタドは、普通に音楽とパーティーを好むともされ、人間に変身して、人間の祭りに参加するのは、女だけが目当てでもないのかもしれない。
また、人間に変身した際、額だけは完全に人間になりきれないようで、そこに残ったイルカの特徴を隠すために、帽子を被ったりする。
魅了した人間を操ったりとかでもできるらしい。

 エンカンタドは人間とイルカのキメラという説もある。

元々どのくらい人間に近いのか

 エンカンタドは、ほぼ人間に変身したという話ばかりなのだが、キメラ説もあるように、元々やや人間に近い存在なのかもしれない。
少なくとも人間に変身した状態で、エンカンタドは人間の娘を妊娠させることができるのだから、それはロキと同じように、生理的にもその変身した生物になっていると考えられる。
しかしこの場合に、生まれた子供がピンクのイルカと、完全にエンカンタドよりであるケースは、本当に完全に人間になっているというのなら、むしろ奇妙であろう。

クルッド。変身する黒妖犬

 ベルギーの民話世界では、「Kludde」と吠えるらしい謎の存在が恐れられているという。
その鳴き声そのまま、クルッド(Kludde)と呼ばれるこのシェイプシフターの正体は、ある種の黒妖犬だという説もある。
(真の姿かもしれない)大きな黒いイヌの姿の他、ネコ、カエル、コウモリ、ウマなどにもよくなるらしい。
しかしどの姿においても、カチャカチャ鎖を鳴らしてるみたいな音を立てる。さらに、その頭の上には青い炎が揺らめいているのだという。
真の姿は、単なるイヌでなく、熊の爪、黒いくちばし、コウモリの羽、緑色に輝くウロコ、深い紅色の目のキメラという説もある。
人里離れた道を行く旅人に対し、突然後ろから襲いかかったりする危険性もあるようだ。

 どういう訳だか、水の悪魔とされる場合もある。特に子供を好んで水の中に引きずり込んだりするようだ
魔法使いの火葬された体から生まれるという話もある。

変身には知恵が必要なのか

 クルッドは、黒い妖怪の犬ではないにしても、その正体が獣の可能性は高い。だとすると、ここまで紹介してきたものとは違って、このシェイプシフターは、人間ほどの頭脳を有していない存在かもしれない。
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 変身というのは、特別な魔法なのか、あるいは自然的な生物の能力なのか、単なる空想か。いずれにしても、獣のシェイプシフターという存在は興味深く思える

アスワン。魔女とバンパイア

 フィリピンの伝説的なヴァンパイア(吸血鬼)だが、特にいろいろな姿に変身する能力が有名。
本来は、革らしき翼、血が滲んでるような牙を生やした、魔女のような姿のようである。ヴァンパイアと言えばコウモリに変身するイメージが強いが、アスワンはコウモリの他、主にイヌ、ヘビなどにもよく変身するという。

 墓を荒らして死体を食う習性もある。幼い子供も獲物として認識していて、肝臓と心臓を好んで食べるようだ。
昼頃には、普通に人間の世界に溶け込んで、肉屋とかソーセージ屋として働いているが、夜になると本来の姿に戻るという説もある。

 16世紀頃のスペインからの入植者たちの記録にも、フィリピンにて、 最も恐れられている(神話上の?)とされたりしているという。

 アスワングはまた、地域によって「tik-tik」、「wak-wak」、「soc-soc」などと呼ばれることもあるようだが、それらは、獲物を追う時のアスワンが発する声ともされる。
また、同じくフィリピンのヴァンパイアとして知られるマナナンガル(Manananggal)や、アラビアの民間伝承で有名なグール(Ghoul)と同一視されることもあるという。

 アスワンの名の由来は、サンスクリット語の「Asura(アスラ。悪魔)」とする説が有力。

コピー能力としてどのくらいか

 マナナンガルやグールと 同一視されることもあるというのは、単にそれらに変身してるだけなのではなかろうか。
だがそうだとすると、これもより興味深いかもしれない。
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 マナナンガルは、自らの上半身を切り離し、コウモリの羽を生やすか、広げるかして獲物を求めるというような存在である。
そのような分離する能力とかまで、変身はコピーできるのだろうか。そうだとすると、変身は本当に、その生物そのものになるのだと考えられるだろう。
もしかしたら弱い生物に変身した時に、簡単に殺したりということもできるかもしれない。
そのような話もフィクションなどではよくあるか。

 だが例えば、魔法の熟練者などに変身した場合どうなるのだろう。ものすごい努力で身につけた技とかも、あっさりコピーできるのだろうか。

ヴィーラ。とても多彩な要素を持つ妖精

 東欧の妖精とされるヴィーラ(vila)は、基本的には美しい女の姿をしているとされる。
シェイプシフターでもあり、白鳥、ウマ、ヘビ、ハヤブサ、オオカミなどの姿に変身するという。つむじ風のような自然現象として現れることもある。
ヴィーラという名前にも、「風」という意味があるという説がある。ただしヴィーラには、陸地や森の種(zagorkinje。pozemne vile)、水の種(brodarice。povodne vile)、風の種(vile oblakinje。zračne vile)の、3タイプがあるという伝承もある。

 森の奥深くに住み、植物や動物を守っている。薬草に関する深い知識も持っていて、森の生物を傷つける人間には容赦しない。魔法の輪に誘い込んで踊り死にさせたり、地すべりさせて圧死させたり、川で溺死させたりもする。それらの攻撃方法に関しては、種によって異なっているのかもしれない。
夜になると雲を歩き回り、パイプやドラムのような音を発するという話もあるが、かなりひどいものらしい。

 起源に関して、生前に品行のよくなかった罰としてこの世にとどまっている女性の霊という説、婚約していながら婚礼前に死んでしまったため安眠できないでいる娘の霊という説などがある。
人魚伝説と関連付けられることもある水の精ルサルカ(Rusalka)と同一視されることもあるようである。

 他にも、北欧神話における戦の乙女ヴァルキリーのように、戦いに対して執着心を持っているとか。雲の端に素晴らしい城を建てるとか。他種族の子に対し、チェンジリングを行うとかの噂がある。

複雑化がシェイプシフターを生むのか

 ヴィーラのような多彩な特徴の伝承生物は、他のいろいろな伝説の寄せ集めのような印象も強い。
そういう場合、結果的には多彩な顔を持つシェイプシフターと考えるのが、妥当な解釈になってくるのかもしれない。

 しかし、生前に特定の未練を残した、特定の性別の特定の年代の者が、このような存在になった。のではなく、このような存在になる、というのは、いったいどう解釈するべきであろうか。

ロビソン。ヤグアレテ・アヴァ。アルゼンチンのオオカミ人間

 変身能力を持つ幻獣と言えば、まずオオカミ人間を思い浮かべるという人も多いのでなかろうか。
アルゼンチンには、2種のオオカミ人間が知られているともされるが、どちらもオオカミに変身するのではなく、オオカミ人間と同じようなパターン(原理?)で、他の動物に変身する、あるいは半人半獣の生物ともされている。

 ウルグアイやブラジル南部にまで伝わっているロビソン(Lobisón)は、ブタかイヌの姿になる存在と言われることもある。
エントレ・リオスの町の少女たちは、屠殺場付近の若者を、土曜の夜にさけるという話もある。それはそうしたところに住む若者たちはロビソンの可能性が高いと考えられたかららしい。
7番目に生まれた男児は、このロビソンになってしまう可能性が高いと考えられていたようだ。

 ヤグアレテ・アヴァ(Yaguareté-Avá)、あるいはチグレ・カピアンゴ(tigre-capiango)は、思いのままにジャガーに姿を変える魔術師で、つまりは普通に、変身能力を持った人間ともされる。
基本的には友人を脅かしたりするだけの悪戯者。しかし追い剥ぎとかが、これに変装することもあったようだ。
19世紀前半頃。アンデス地域における独立革命と連続していた内戦の中で、アルゼンチン連邦国の有力者として活躍したとされるファクンド・キロガ将軍(Juan Facundo Quiroga。1788~1835)は、カピアンゴの軍を指揮下に治めていたという風説があったという。

変身はどのくらいに特別な魔法か

 仮に普通の人間であっても、変身する魔法を身につけることができるなら、本来存在しないはずの架空生物の起源も、案外そんなことで説明できるかもしれない。

 しかし、半人半獣へ姿を変える場合、それは中途半端な部分的変身なのか、それとも普通に半人半獣の存在に変身しているのだろうか。

ドラック。妖精の世界を見るための油

 フランスのセーヌ川の下に存在している魔法都市に住んでいるともされる水の精霊、あるいは妖精。洞窟を住居としている場合もある。
凍った川の上を、木の板でスケートしたりすることもあるそうだ。
本当の姿は紫色の球体の形をしているとされるが、多彩な変身が可能。
美しい女となって人間の男と結ばれることもある。
黄金の杯になって川に浮かんでいる時は危険で、もしもそれを手に取ろうとすれば、逆に掴まれてしまい、川に引きずり込まれてしまうことがあるのだという。

 妖精が人間の女をさらう場合、自分の子供の乳母をさせるためということがある。その場合、たいてい女は数年で帰してもらえる訳だが、この妖精に関しても、その典型的パターンが存在している。
さらわれた女は7年経つと必ず帰してもらえるが、しかし帰してもらった時には、妖精の国に馴染んだためか、すっかり様変わりしてしまっているという。

 13世紀にはティルベリーのゲルヴァシウス(Gervase of Tilbury。1150–1220)という人が、ドラックの誘拐を経験した女の人に会って、話を聞いているらしい。
誘拐されると、間もなく妖精の姿が見えるように、特殊な油脂を塗られたという。解放されてからもその効果は持続していて、彼女には妖精が見えていたいう。

 これは、ここまで紹介してきた話の中でも、特に起源が不明な話である。

バルトアンデルス。常に変化していく時間連続的怪物

 バルダンダース(Baldanders)とも呼ばれるこの名前は、「次には別物」とか、「すぐに他の何か」 というような意味だという。
この生物は、ハンス・ザックス(Hans Sachs。1494~1576)というニュルンベルクの靴屋の親方が、『オデュッセイア』の、変身が得意な神プロテウスの登場する一節からインスピレーションを受けて、創作した架空生物とされる。

 作家グリンメルスハウゼン(Hans Jakob Christoffel von Grimmelshausen。1621~1676)の小説『阿保物語(Der abenteuerliche Simplicissimus)』に登場したことでかなり有名になったという。

 その時々に次々と姿を変えるこの生物は、「時間連続的怪物」などと言われることもある。
本来の姿が、あるのかどうかもよくわからないが、なぜか、人間の胴体と頭部と、ヤギの足、鳥の足、鳥の翼、魚の尾などを持っているキメラとしてよく描かれるようだ。

ミミック。宝箱に擬態する生物

 生物学における「擬態(mimicry)」が近い、「真似る」という意味を有するミミック(Mimic)という名称は、実際にそうした、何かに擬態したり、真似たりする架空生物によく与えられる。

 RPGなどにおいて、よく宝箱に扮した、あるいは擬態したミミックが現れる。
ミミックは、意外と少なそうな、完全にゲーム文化から生まれ、一般的になった架空生物かもしれない。

タヌキ、キツネ。どちらが化かし上手なのか

 日本では古くから、化狸、化狐と呼ばれるように、タヌキやキツネが何かに変身して、人間を騙すという伝説が多く語られてきた。
タヌキやキツネでなくても、変身する動物妖怪は、なぜか食肉目が多いような気がする。
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 どういう訳だか、「狐七化け狸八化け」と、キツネよりもタヌキの方が、変身能力に一枚上手というイメージは、古くからあったようだ。
もっともこれは逆だとする説もある。

 多くの伝承の中で、キツネは人を誘惑するために化けるが、タヌキは人をバカにするために化ける。キツネは別の目的のために化けることを手段として使うが、タヌキは化けること自体が好き。そのような意識の違いが関係しているかもしれないという推測もある。

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