「河童」UMAとしてのカッパは実在の生物か、妖怪としての伝承。その正体

カッパの手

カッパは妖怪か、単に未確認の動物か

 一般的には、架空の生物、妖怪として扱われるカッパだが、真面目に、未確認動物として考察される事もよくある。
古くから日本のあちこちで、目撃例も多い。

 体長は1〜2メートルくらいで、 顔は、トラかカエルに似ているが、クチバシがある。
皮膚はヌルヌルしていて、背中と腹部にカメの甲羅のようなものがある。

 妖怪らしい、いかにもな特徴もある。
頭頂部には皿があって、これが濡れている間は怪力なのに、乾いてしまったら無力になってしまうらしい。
おそらく知能があり、人間を襲うこともあれば助けることもある。
キュウリを好んで食し、さらに、相撲をするのが好きだという。

カッパの伝説

中国から日本へ。妖怪から神の使いへ

 日本書紀にはすでに、河伯かはくという名で記載されているというカッパは、中国からやってきたという伝説がある。

 とう(618~907)の時代。
もともとカッパの一族は、黄河の上流に住んでいた。
しかしある日、移住を決意した彼らは、黄河を下り、日本海に出て、九州の大河、球磨川に住み着くようになった。

 それから日本で河童の一族は大いに反映し、その数は1万近くにも増えた。
しかし人間へのイタズラが、数が増えることで、大きな問題になってきた。

 ところで、カッパの天敵といえば、サルだったらしい。
そこで、肥後ひご(熊本県)の領主、加藤清正かとうきよまさ(1562~1611)は、九州中のサルを集め、軍を結成した。
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 それからサルたちの攻撃に、カッパは、あっさり降参。
カッパは、活火山として有名な阿蘇山あそさんを水源とする、筑後川ちくごがわに移り住み、そのうちに、水天宮すいてんぐうの使いになったらしい。
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 妖怪というより、神にお仕えするものとなったわけである。

カッパは水中では消えるか

 カッパは水中生活に適応した生物であるというのに、水中で目撃されたという話があまりない。
カッパが目撃されるのは、もっぱら、陸上に上がってきた時である。

 その事に関しては、我々が陸上の生物だからと納得するのは容易い。
ただ別に、カッパの体か骨は水中では見えなくなるのだ、という説もある(コラム)

(コラム)カッパは忍者か

 あるいはカッパは、水遁を体得しているのかもしれない。
ひょっとしてカッパは、忍者の奇妙な格好を見間違えたものか。
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カッパの両手、甲羅。両生類か、海猿か

 カッパの両腕は繋がっているという話がある。
まったく奇妙に思えるが、右手を引っ張ると、伸びて、その分、左手が縮んだりするわけである。

 甲羅のないカッパは、毛深くて、どうも古い時代のカッパらしい。
言い伝えが古いのか、カッパは進化したのか。
もしかしたら、カッパと呼ばれる複数種が存在してるのであろう。
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 実のところ、もともとカッパは、水生のサルのように、人々から認識されていたらしい。
しかし、江戸時代に、両生類的な要素が加えられ、典型的なカッパのイメージとなったのだという。
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 明治以降、実際に人々から目撃されてきたカッパは、基本的に人間に似た、つまりは猿のような生物である。
本来のカッパは、霊長類的な生物なのかもしれない。

魂を与えられた99体の人形

 先に紹介した、中国からの渡来話以外にも、カッパの起源に関しては諸説ある。
特に、カッパはもともと人形であったという話があり、これは興味深い。

 昔、奈良県の三笠山みかさやまに春日神社が建てられた時、建設を手伝わせるために、魂を吹き入れられた、99体の人形がいたという。

 神社が完成した後、用済みとなった人形は、全て川に捨てられた。
しかし宿った命だけはそのまま残っていて、彼らはそのまま、カッパとなった。

 カッパの左右の手が繋がっているのは、元となった人形の手が、胴体に一本のわらを通して作ったものであったから。
命を持ってからも、その特徴がそのまま残ったものらしい。

ヒョウスペ。霊草により500年

 佐賀県佐賀郡さがけんさがぐんに存在した諸富町もろどみちょうには、樹齢2000年の巨大ビャクシンにまつわるカッパ伝説があったという。
これは数多くある伝説の中でも、特に興味深い1つだ。

 そのビャクシンは、紀元前3世紀頃に、秦の始皇帝の命により、不老不死の霊薬の素材を求めて、船旅に出て、日本へとやってきたという仙人の徐福じょふくが、持ってきた種子が育ったものらしい。
彼はまた、その地において、長寿を与えるという霊草クロフキを発見した。
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 そして17世紀くらい。
佐賀の松原川に、霊草クロフキによって500年ほども生きていたヒョウスペ(兵主部)なるカッパが住んでいたらしい。
ところがこのカッパは、ある時、失恋してから、荒れた生活を送るようになった。
とにかく川に近づく人を襲い、犠牲者も結構出てしまう。
そこで、佐賀藩主の鍋島直茂なべしまなおしげ(1538~1618)が、カッパ捕獲を命じる事態にまでなる。

 結局ヒョウスペは捕らえられ、懺悔させられた上で、「これからは川で遊ぶ子供たちが危険な時に助けてあげようと思います」と誓いを立てさせられ、守り神の木像になったのだそうである。
あるいは、自分の彫刻を作ってくれるなら、これからは子供を助けるという約束をしたという説もある。

実際にあったカッパ事件

オタマジャクシの形の足跡

 1984年8月1日に、長崎県の下県郡厳原町しもあのたぐんいづはらまちで起きた事例は、代表的なカッパ事件として、よく知られている。

 イカ釣りに出かけていた男性が、午後11時半頃に船を下りて、帰宅するために自動車に乗ろうとした時、近くの川で遊んでいる様子の子供たちに気づいた。
こんな遅い時間に妙だな、と考えた彼は、近づいて見てみる事にした。

 月明かりに照らされた、その子供らの容貌は、かなり異様であったという。
その肌は青黒く、ぬめっとしていて、手足がかなり細い。
そして、男性が声をかけようとしたところ、彼らは次々と川に飛び込み、姿を消してしまった。

 翌日に、現場をもう一度訪れてみた彼は、いくつもの奇妙な足跡を発見する。
それらの大きさは、22cm✕12cmくらいで、オタマジャクシの形だった。

 連続する足跡は、船着場から、久田川沿いの草むらまで続いていた。
それはまるで、水中から現れた何者かが、再び水中へと消えたことを物語っていた。
また、足跡からは、粘着性の物質が採取されたが、分析に失敗してしまって、足跡の主については、わからずじまいであったという。

家に侵入してきた悪戯者

 1991年の6月には、カッパが人の家に侵入するという事件も起きた。

 宮崎県の西都市さいとし
午後6時に、妻とともに、自宅に帰ってきた会社員の松本という人が、廊下から居間にかけてついた、謎の足跡をいくつも発見。

 最初は、泥棒に入られたのかと思った松本さんたちは、金品などをチェックしたが、何も盗られた物はなかった。
警察も呼んだが、事件性はなく、足跡は、松本さんたち自身が知らずにつけてしまったものなのだろう、と解釈されたらしい。

 その後足跡以外にもオレンジジュースの染みのようなものもいくつか見つかり、地元の保健所で分析してもらったところ、湧き水に近い成分だという結果が出た。

 足跡の方はしっかりと見てみれば見てみるほど、人間のものではないような印象も強まってきた。
しかもいくら取ろうとしても、なかなかそれを消し去ることはできなかった。
最大の謎は、 人間にせよ何らかの野生動物にせよ、しっかり戸締りされ、家は完全に密室だったことである。
警察が、それを付けたのは、鍵を持っている家主たちだと結論したのも、無理もないかもしれない。

 松本さんたちは、ついには祈祷師きとうしらしい人に相談すらした。
その人は、謎の足跡に関して、実はかつて沼地だったその地には、 守り神たるカッパがいて、正直者の松本さんたちに対し、ちょっとした悪戯を仕掛けたのだ、と説明したらしい。
真相はどうあれ、松本さんたちはそれで納得したようである。

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