グラームス、あるいはグラミス城
イギリス王妃であったエリザベス・アンジェラ・マーガレット・ボーズ=ライアン(1900~2002)が幼少時代を過ごしたということでも有名な『グラームス城(Glamis Castle)』、あるいは『グラミス城』。
この城はまた、シェイクスピアの戯曲マクベスに登場する城のモデルでもあり、不気味な幽霊屋敷、あるいは大きな秘密が隠されているとして、非常に有名である。
代々の伯爵に語り継がれてきた秘密
グラームス城は、スコットランドのテイサイド、ストラスモアという峡谷にあり、いかにも、中世ヨーロッパのおとぎ話の世界に出てくるような城である。
この城を受け継いできた、代々のストラスモア=キングホーン伯爵は、21歳になると前代から、 城に関するある秘密を伝えられるという。
基本的には、外部の者にその秘密が話せるとことはない。
しかし、これまでに何人かの伯爵は、信頼できる数人に、その秘密を明かしているらしい。
だが、秘密を明かされた者が、それをさらに広めたりということは、これまでにはないそうだ。
マルカム王の間。床の血は誰のものか
記録上では、全ての始まりは1034年だったとされている。
この年は、スコットランド王マルカム二世が反乱を起こした臣下たちに命を奪われた年。
彼はグラームス城、あるいはグラームス城の近くで斬首されたそうだ。
グラームス城には『マルカム王の間』という部屋があるが、その部屋の床には赤いシミがあり、それはマルカム二世の血のシミなのだという。
ただしその床は、マルカム二世の時代以降に、何度か張り替えられたという記録があるらしい。
聖杯のたたり
1372年。
ロバート二世王からグラームス城を与えられたジョン・ライアン卿は、フォートビオットにあった屋敷から、城へと移り住む。
フォートビオットの屋敷には聖杯が保存されており、もしこれを屋敷の外へと移してしまうと、家族にたたりがある、という噂があったが、ジョン卿は気にしなかった。
しかし彼が、聖杯をグラームス城へと移してから、ちょうど10年くらいしてから、いよいよ祟りは彼にふりかかる。
1383年。
ジョン卿は決闘により、その生涯を終えてしまったのである。
これだけの話だと、聖杯のたたりといっても大したことなさそうではある。
そこで、ジョン卿の死後、グラームス城で起きたあらゆる怪奇は、その聖杯のたたりにある、というふうな話も囁かれるようになった。
オギルヴィとリンゼイ。白髪の老人。狂気の悲劇
15世紀末くらいのことされているが、グラームスの近くで、オギルヴィ家とリンゼイ家の二つの党派の対立が激しくなっていた。
ある時、リンゼイの者に追われたオギルヴィの何人かが、グラームス城に保護を求めてきた。
しかし、どういうわけか、当時の城の主ストラスモー伯爵は、オギルヴィの人たちを、城の奥の一室に閉じ込めた。
彼らは閉じ込められたまま餓死してしまったが、かなり悲惨だったようで、死ぬ前に仲間同士で共食いしたりしていたそうである。
グラームス城には、彼らが閉じ込められていた、あるいは彼らの遺体が埋め込まれた『骸骨の部屋』がどこかにあるのだという。
また詳細はより不明だが、さらに以前にも、白髪の老人が城のどこかに閉じ込められて、餓死させられてしまっているという。
グレイ・レディ、灰色の貴婦人。脱走者ジャック
16世紀には、当時のグラームス伯爵夫人であったジャネット・ダグラスが、魔女の疑いをかけられ火刑に処されてしまう。
しかしこれは後に無実だったと発覚し、一旦は皇太子のものとなった城は、伯爵夫人の息子へと返されたそうだ。
そしてそれ以来、『グレイ・レディ(灰色の貴婦人)』という伯爵夫人の幽霊が、時折、グラームス城の廊下を歩くらしい。
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他にもグラームス城には、17世紀くらいの奴隷に関係ありそうな黒人の幽霊。
それに、オギルヴィの件と関係ありそうな、『脱走者ジャック』と呼ばれる痩せ細った男の幽霊が出たりするという。
三代目ストラスモー伯爵パトリック
グラームス城のたたり話を17世紀末ごろに広めたのは、三代目ストラスモー伯爵パトリックだったとされている。
彼は酒好きで、ギャンブル癖があり、 ろくでもない不良貴族として、悪評高かったらしい。
一方で、場内の者たちには非常に優しく、退職した使用人たちにも住居を用意してやったりしたという。
また、グラームス城の伝説の中でも、最も有名なものとされている『グラームスの怪物』は、彼の代の話であるという説が有力である。
グラームスの怪物。秘密の部屋に閉じ込められた子供
ある時、生まれた彼の息子は身体的に障害があった。
彼はその子を一族の恥と考え、 その子を一生涯、城の中に軟禁し続けた。
さらにその死後、彼の遺体をレンガの壁に埋め隠したのだという。
また、その子がすでに何人目だったのか。
あるいはその子から何度か、そういうことが続いたのかは定かではないが、グラームスの怪物(閉じ込められていた子)は 歴史の中で複数人いたとも言われている。
あるいは、グラームスを継いでいく家では、一世代に一人、吸血鬼の子供が生まれるという話もある。
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それに、怪物は城でなく、城近くのカルダー湖で放されていたという噂もある。
いずれにしても城には、怪物専用の秘密部屋があるというのは、よく知られるようになっていった。
しかしグラームスの怪物の話は、オギルヴィの話を参考に、パトリックが創作したのではないかと、よく疑われている。
永遠に続く悪魔とのカードゲーム
パトリック自身も、グラームスの亡霊となった。
ある時、パトリックは、友人であるビアーディー伯爵(あるいはクロフォード伯爵)とカードを楽しんでいた。
その日はキリスト教における安息日とされていたが、彼らはそんなこと気にしてなかった。
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「もうやめたほうがよろしいのでは」という召使に対し、パトリックは、「俺たちはその気になれば、悪魔とだってゲームするのさ」と返した。
そして真夜中に本当に悪魔が現れ、パトリックたちに告げた。
「君らは魂を失ったから、最後の審判の日まで、この部屋でカードをする運命になった」
それから、真夜中のグラームス城では、ダイスを転がす音や、罵りあったりする声が聞こえるようになったそうである。
別バージョンの話では、 カードゲームに負けたビアーディーが再戦を求めたが、安息日を理由にパトリックは断った。
ビアーディーは怒り、「臆病者め。俺なら悪魔とだってゲームしてやるさ」と宣言した。
それから部屋に残されたビアーディーの前に、見知らぬ男が現れて、「相手なら私がしてあげましょう」と言った。
その後、謎の叫び声を聞いた召使いが、鍵穴から部屋を覗くと、眩しい閃光が走り、ビアーディーは消えたそうである。
今も彼は、悪魔とゲームを続けているそうだ。
この悪魔とのゲームの話を広めたのは、やはりパトリック伯爵自身だそうだが、そうだとするなら別バージョンの話の方が矛盾はない。
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クロード・ボーズ=ライアン
城のたたりに加え、伯爵が代々秘密を受け継いでいるという話が世間に広まりだしたのは、19世紀に入ってからとされている。
13代目伯爵のクロード・ボーズ=ライアンは、ある詮索好きな友達にこう答えた。
「私が抱える秘密をもしも推測できるというのならば、それが自分のものでなかったことに、神に感謝するべきですね」
また、偶然に場内の秘密の部屋を見つけてしまったある作業員を、クロードは問いただし、恐怖に怯える彼に、絶対に秘密を守るように誓わせたそうだ。
秘密の部屋の証明。知らない方が幸せであること
20世紀。
14代目伯爵クロード・ジョージの頃。
城を訪れた何人かの客が、噂の秘密部屋を見つけてやろうと、城の全ての部屋の窓にタオルをかけてみた。
だが内部をいくら探しても、そのような部屋は見つからない。
しかし外から見ると、明らかに窓にタオルがかかっていない部屋がいくつかあった。
ジョージはそのことを知ると、相当に怒ったという。
そのジョージはある時、城の管理人ガビン・ラルストンに秘密を打ち明けたようだが、そのことがあってから、ラルストンは二度と城には泊まるまいと誓ったそうだ。
さらに後に、15代目伯爵夫人に、秘密を教えるようにせがまれたラルストンは、こう答えたとされる。
「知らない方が幸せです。もしも知ってしまったらあなたは永遠に幸せではなくなってしまうでしょう」