「化石記録と進化」骨はどのように石になるか、バイオマーカーとは何か

岩石と熱、地球の年齢

 19世紀の多くの哲学者たちは、世界の年齢がわずか数千年であるという(聖書を元にしたと思われる)信仰を拒絶した。
しかし、地球が考えられているよりもっと古いはずだという地質学者たちの意見に反対した他分野の学者は多く、熱力学研究で有名なケルヴィン卿(Baron Kelvin。1824~1907)もその1人だった。
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 ケルヴィンは、初期地球が溶けた岩石の球体だったと仮定した。そしてそれが冷えてくると、まず『地殻ちかく(crust)』が固まる。そして内部の熱が地殻を通り、宇宙空間に放出される。そうして熱い岩石は一定の速さで冷えていくため、現在の温度まで岩石が冷えるのにどれくらい時間がかかったかを推定できる。
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地球の表層の岩石は、太陽に対する地球の自転のために、温められたり冷やされたりで、正確な推定には使えない。しかし鉱山の縦穴深くの岩石などは、年間を通して温度が一定なはず。ケルヴィンはその地下岩石の温度を計算に使った。そして地球が形成されたのは、古くとも2000万年前だと算出したのである。
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 ケルヴィンが大きく計算間違いした理由はいくつかある。
まず彼は、地球表面のプレート構造を動かす、地球内部のダイナミックな動きを知らなかった。地球は静的な固い球体だと仮定していたのだ。
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また、『放射性元素(radioactive element)』の崩壊によって放出されるエネルギーによっても、地球上のさまざまな物質は温められているが、ケルヴィンはもちろんそれも知らない。

 放射性元素に関しては、それが崩壊する時に、一定の割合で他の元素へ変わっていくことが発見されてからは、それにより、それまでよりずっと正確な、地質の年代測定が可能となった

不完全なコレクション

 化石というのはとにかく残りにくい。化石記録の謎を進化論によって説明しようとしたダーウィンに対し、化石記録を使った反論もあった。つまり「なぜ、ある種から別の種へと連続的に移行する途中段階の化石が見つからないのか」という疑問。
ダーウィンは「地球の地殻は化石の博物館だが、そのコレクションは不完全なのだ」と反論した。
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生物の死骸はどのように化石となるか

 なぜ多くの生物は化石として残らないのか。化石というのがそもそもどのように形成されるのかを理解すれば、その後も勝手に明らかになるだろうか。

 多くの環境において、生物は死ぬと、普通は他の生物に食べられる。動物が食べ残した小さな組織とかも、昆虫や細菌や菌類などによって分解され、3ヶ月ほども経つと、残っている部分など基本的に無くなる。
しかし、毎日多くの生物が生まれるように、多くの生物は死んでいく。死骸のごく一部は、湖に沈んだりして、他の生物に処理されるより早く、さっさと堆積物に覆われる。さらに堆積物を通り抜けてきた水が、『骨(Bone)』や殻などの内部の隙間を、運んできた鉱物で埋め、数千年が経過する頃には、遺骨の周りの堆積物も岩石、つまり化石となる。
さらに時間が経つと、風や雨、大地の動きによって、化石が地表に露出してしまうこともある。そうなると、風雨や他生物のさらなる影響で、無防備な化石は破壊されてしまう。この露出から破壊までの間だけが、化石を保護できる唯一の期間となる。

軟組織も保存されるラガシュテッテン

 基本的に化石として残るのは、骨や『歯(teeth)』、『貝殻(shell)』などの硬い組織であり、筋肉や臓器などは残らない。柔らかい組織の化石が産出するのは、基本的には『ラガシュテッテン(Lagerstaetten。Lagerstätte)』という化石層。
ラガシュテッテンが堆積した環境は、普通は無酸素状態で、生物のいなかった池やかたや湾。 他の生物がいないために遺骨が分解されず、さらに粒子の細かい堆積物が埋められ、微細な組織まで岩石中に保存される訳である。
軟組織が保存された化石は、生体の細かい特徴を保存していることが多いから、研究資料としてかなり貴重なものとなる。

植物化石の石炭

 3億年前。多くの大陸に広大な湿地が広がっていた。
植物は枯れると湿地に埋没し、腐るよりも早く堆積物になった。さらに微生物が植物を分解してしまう前に、海進により湿地が海に沈むと、それらはさらに多くの海洋性堆積物に埋められた。
そうして、高温高圧のもとに硬い岩石に変化した植物が『石炭(coal)』。
また、化石は堆積物中の空洞に保存されることもあったが、それらが石炭中の球顆かレンズ状に鉱物化した団塊は、『炭球(coal ball)』として知られる。

化石から何を調べられるか

 化石が示すことは多い。

 体内に子供が存在している海生爬虫類の化石種は、その生物が胎生だったことを示す。
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他の生物に噛まれた跡がある人類の化石などは、古い人類種が肉食動物に襲われることが日常的だったことを示している。
柔らかい地面の上に残された足跡が化石になることもある。足跡化石からも、その生物種がどのくらいの距離を移動していたか、群れだったか単独だったかなど、多くの情報が得られる。
同種だが異なる年代で死んだと思われる複数の化石があるならば、成長による形態の変化を追跡できる。

 『電子顕微鏡(electronic microscope)』を用いれば、化石中に細胞構造を見いだし、調べることも可能。
例えば現在の鳥類の羽毛の色の一部は、色素を含むメラノソームという構造によって作られているが、イェール大学のジェイコブ・ビンサー(Jakob Vinther)らは、2010年頃、電子顕微鏡によってアンキオルニス(Anchiornis)という恐竜の羽毛に、メラノソーム構造を発見した。
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 化石からわかっていない情報(データ)に関しては、推測で用意するしかないから、信頼性がどのくらいかは疑問なところだが、生物力学的なモデルをコンピューターシミュレーション上に再現し、その化石生物がどのような能力(力や、走る速度)を有していたかを調べる方法もある。
2002年頃、カリフォルニア大学バークレー校のジョン・ハッチンソン(John R Hutchinson)とマリアノ・ガルシア(Mariano Garcia)は、シミュレーション上にティラノサウルス・レックスのモデルを作り、あまり早く走れないことを示した。
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生命体が残したバイオマーカー

 例えばアミノ酸は、生物によって形成されたものと、そうでないものがあり、『星間雲(Interstellar cloud)』の中などにも存在するとされる。
ある種の分子には、生物起源だという明らかな証拠があり、 それらのバイオマーカーは一連の酸素反応によって作られた巨大分子で、場合によっては、それらを作った分類群を特定できることもある。
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石油中の生物起源有機化合物

 分子化石とも呼ばれるバイオマーカー(biomarker。生物指標化合物)は、古くは1800年代のヨーロッパにおける石油成因議論にて、旗色悪かったとされる石油有機成因論者が、無機成因論に対抗する武器として、「石油中の生物起源有機化合物」として提唱した用語。

 明らかな生体分子であるイソプレノイド(isoprenoid)骨格を持つ有機分子を意味する場合もあった。現在は生物起源の有機物の中で、特に起源を特定できる特徴的な有機化合物と定義される。
イソプレノイドは、イソプレンという炭化水素分子を基礎、構成単位とする生体物質(biomolecule)の総称。

 バイオマーカー分析は、熱履歴、堆積環境、起源など、石油探査の重要な手法。バイオマーカーの分布パターンは石油ごとに異なってもいて、『指紋領域』とも呼ばれる。

オケノンの場合

 有機分子であるバイオマーカーは、普通の化石のような形態保存を必要とせず、表層堆積物における化学反応に対しかなり敏感。
種類はほとんど無限で、時空間的に広い範囲で検出できる。

 例えばオーストラリア国立大学のヨハン・ブロックス(Johan Brocks)らが、16億4000万年前の岩石から発見したオケナンという色素分子は、紅色硫黄細菌こうしょくいおうさいきん(Chromatiales)が光合成色素として発生させるオケノンという生体分子が元とされている。オケナンを作る非生物的過程が発見されない限り、それはバイオマーカーとできる。
おそらくは、16億4000万年前に、紅色硫黄細菌が存在していたということ。また紅色硫黄細菌が、酸素があまりない極限環境の生物であるというのも、注目すべきことであろう。
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同位体比で調べていく手法

 同位体元素が重要な手がかりとなることもある。水生生物の化石の歯に取り込まれている酸素同位体比を調べることで、その生物が住んでいたのが、淡水、海水、汽水のいずれだったのかがわかる。

 同位体はまた、代謝を調べることにも役立つ。同位体比もまたバイオマーカーとされることがある。

 炭素の安定同位体として、炭素12と炭素13が知られているが、炭素13は炭素12より重く、植物に吸収されにくい。なので炭素13の単相12に対する比は、大気より植物の方が小さくなる。
植物同士でも、光合成の仕方が違う場合に、炭素同位体の比が異なる。多くの植物は二酸化炭素を取り込んで、炭素原子を3つ含む分子を産生する『C3型光合成』を行うが、一部の植物は炭素原子を4つ含む分子を産生する『C4型光合成』を行う。
化石種含め、C4植物は、C3植物より、炭素13の比率が高いとされている。それは、C4植物を食べる動物種、C3植物を食べる動物種との間の炭素比の違いにそのままになっている。

 例えばジュリア・リー・ソープ(Julia A Lee-Thorp)とマット・スポンハイマー(Matt Sponheimer)は、いくつかの時代のヒト族の化石の歯のエナメル質の炭素同位体比を測定。さらに同時代の同じ場所に住んでいたと思われる動物の炭素同位体比も測定し比較した。
するとヒトの炭素比は、C4動物とC3動物の間くらいであり、彼らがすでにグルメだったことを思わせる結果となった。

カンブリア爆発。化石記録最大級の謎

 『カンブリア爆発(Cambrian explosion)』という言葉は有名だが、今となっては誤解を与えやすいともされている。
しかし確かに化石記録は、そのカンブリア紀(Cambrian period。5億4200万年前~4億8830万年前)という時代に、進化史上における最大級の多様化イベントが発生したことを示している。

 とりあえず(化石記録の多様性的な意味で)爆発したのは動物というクレード(単系統群)である。
ただ爆発という名称は、まるでその時代に、多くの動物が一斉に出現したかのような誤解を招く。実際には動物の共通祖先は、7億、あるいは8億年前くらいに誕生した説も普通にあり、カンブリア紀が始まったころには、かなり種の分化も進んでいたと思われる。
おそらく、動物の進化史における、最初の大きな分岐は、最初の動物かもしれない海綿動物と、その他の動物との分岐。

 しかしどう考えようとも、化石記録的にはやはり、カンブリア初期の2000万年くらいの間で、それまでは少しずつだった動物の進化は急加速したように見える。
現在の多くの動物のボディプランが、この時代に誕生したと思われるのだ。

適応放散。キー・イノベーション

 カンブリア爆発は、動物というクレードの驚くべき『適応放散(adaptive radiation)』だったと考えられるだろうか。

 適応放散とは、あるクレードが、資源豊富な広大な土地に適応し、様々な環境に合わせて、短期間の内に多様化する現象。

 適応放散が起こる理由としてすごくわかりやすいものは、その時まで生物が進出できずにいた生息地に適応したクレードが、競争相手がいないことをいいことに、一気に広まるパターンであろう。
例えば、最初に飛行能力を獲得した単系統は、翅を進化させた昆虫とされているが、そのために昆虫は、かなりのニッチ(生態的地位)を得たに違いない。
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 昆虫は地球上の生物(動物)の中で、最も多様化した単系統とされる。その昆虫が得た翅のような、進化史の中で革新的だった形質は『キー・イノベーション(key innovation)』と呼ばれたりもする。
そもそも昆虫は陸上への進出、陸上植物食、他者を宿主として自らの卵を寄生させる技まで、文字通りにいろいろ革新的な進化をしてきたすごい生物で、最も多様な動物となれたのは、かなり納得である。

酸素レベルの上昇

 カンブリア爆発にも、キー(鍵)となるイノベーション(新機軸)があったのだろうか。
実はハーバード大学のポール・ホフマン(Paul F. Hoffman)らの研究により、6億3000万年くらい前から、海洋の一部で酸素レベルが上昇し始めた可能性が示されており、それはカンブリア爆発の時代までに、地球全体の海洋に広がったとされている。
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 動物にとって、代謝の燃料である酸素は非常に重要であり、キーとなったと考えるのはたやすい。

ツールキット遺伝子がボディプランを増やしたのか

 地球全体規模の環境変化を、動物が上手く利用できた理由として、『ツールキット遺伝子(Toolkit genes )』の出現(実用化?)という説もある。
ツールキット遺伝子は、他の遺伝子の機能のオンオフを切り替えるスイッチのような、発生コントロール遺伝子。
地質年代的には少し前の、エディアカラ生物群と呼ばれる、謎の動物化石群と比べて、カンブリア紀の動物のボディプランが豊富なのは、つまりツールキットによる制御でないか。とも考えられる訳である。

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