「ブードゥー教」ロアと神の儀式。ヴォドゥンとアメリカの精霊の交わり

カリブ海の国のハイブリッド宗教

 中央アメリカ、カリブ海に属するイスパニョーラ島(Hispaniola)のハイチ(Repiblik d Ayiti)は1804年。
アフリカ系の奴隷たちが反乱を起こして、主人面をしていたフランス人たちを屈服させた。

 そうして独立に成功したハイチだったが、1934年に、今度は北アメリカがハイチを一時占領して、アメリカ側の経済的な問題が原因の撤退以降も、その影響は大きく残ったという。

ブードゥーか、ヴォドゥか

 1804年に独立した時は一応、国の宗教としてカトリックが採用されたが、実質的なハイチの民の宗教は「ブードゥー教(Voodoo)」だったとされている。
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 ちなみにブードゥーは、今は英語では「Vodou」、日本語的には「ヴォドゥ」と表記するのが一般的になってきてるらしいが、発音的に馴染み深いのか、日本ではまだまだブードゥーの方がスタンダード(標準)なイメージがある。

 ヴォドゥ(ブードゥー)は、先住民族のタイノ族(Taíno)、連れてこられたアフリカ系の人たちの神々の教義「ヴォダン(Vodun)」、それに宣教師たちが必死に定着させようとしたキリスト教が混じり合って発生した、ハイブリッドの宗教である。

ハイチはヴォドゥの国か

 ハイチには「キリスト教徒が90%、ブードゥー教は100%」ということわざがあるという。

 しかし実際には、熱心なキリスト教徒には、ヴォドゥを否定する者も多いようだ。
これはどうも、キリストとヴォドゥの両方を信仰している者もいて、正統派のキリスト教徒にはそれがどうにも許しがたいからということらしい。
こういう事情でヴォドゥを、悪魔の作った宗教としているキリスト教徒もいるという
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 しかしヴォドゥ教を信じていないという人でも、その教義は結構身に付いていたりするらしい。
それとブードゥー教において、わりと恐れられる存在である魔術師ボコールや、彼らが魔法で蘇生させた、生きた死体「ゾンビ(Zombie)」などをついつい怖がってしまう人も多いとされる。
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日本でも神道や仏教の考えが根付いていて別に信じてはいないという人でも、神社や寺、それでなくとも、よく信仰されてきた緑の森などに神秘性を感じる人は多いだろう。
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ボコール、ゾンビ、ブードゥー人形の誤解

 ボコールはヴォドゥとは関係ないとする説もある。
実際のヴードゥーに詳しい人はよく、ゾンビやボコールがヴォドゥに含まれるというのは誤解としている。

 また、ブードゥー人形という、黒魔術などで使われたらしい呪いの人形に関しても、ヴォドゥが起源という説があるが、 この人形に関する教義は基本的にはないようだ。
少なくとも伝統的なものではない。

アフリカのヴォダンについて

 名前が ほぼそのままなことからわかるように教義の中心となっている思想はヴォダンのものと思われる。
またハイチのヴォドゥ以外にも、カリブ海の諸国を中心として、ヴォダンの派生であろう、似た名前の宗教思想は多い。

 例えばドミニカの「ブードゥ(Vudú)」、キューバの「ヴォドゥ(Vodú)」など。
またブラジルには「ヴォダム(Vodum)」、アメリカ合衆国のルイジアナ州でも「ブードゥー(Voodoo)」がある。

 ヴォドゥンの思想には、ヴォドゥンスピリットと、地球を統治する神の本質を中心とした宇宙観があり、これはヴォドゥなどの派生にもしっかり引き継がれている基礎である。

 宇宙には階層がある。
そして、自然のあらゆるもの、それらひとつひとつに宿る精霊。
あらゆる民族や部族、国家などの人間社会。
この世界に存在するそれら様々な要素が有している力が影響を及ぼせる階層は決まっている。
また死者の世界というものは、生者の世界と並んでいる、あるいは重なり合っているもので、祖先たちはいつでもすぐ近くにいるとも言われる。

 ヴォダンはそういう世界観の宗教である。

キリスト教が深く取り入れられた理由

 簡単には、ヴォドゥとは、ヴォダンの宇宙観を基礎とし、 その世界観に、ネイティブアメリカンの精霊達やキリスト教における聖人信仰、それらに関する教義などを取り入れたものと言えるかもしれない。
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 ネイティブアメリカンはともかく、キリスト教の要素に関しては仕方なくの側面が強かった説がある。

 つまり、まだハイチが奴隷産業の島サンドマングだった頃。
強制的に連れて来られた黒人たちは、いつか自分たちの国に帰れることを夢見て、その宗教を捨てようとしなかった。
だがおおびらに故郷の精霊達を信仰することは、キリスト教以外は邪悪な異端宗教としていた白人たちの怒りを招いた。
そこでカモフラージュとして、信仰する精霊を、キリスト教の聖人などに置き換えていた。
しかし最初はカモフラージュにすぎなかったものの、それを続けていくうちに、普通にそれが本来の競技であるかのように定着していった。
というふうに推測する者は多い。

ヴォドゥ用語

 ヴォドゥには多彩な教義があるだけでなく、地域による違いも結構大きいようだが、これはヴォドゥが聖典もなしに口伝で広まっていったハイブリッド宗教ということを考慮すると当然の話かもしれない。

 またハイチでは単に、宗教的な習慣全てをブードゥーと呼ぶともされている。

ロア、ボンディ。精霊と神と悪魔、その領域

 ブォドウにおける精霊とされる『ロア(lwa)』は英語ではloaとも書かれる。
この言葉にどういう起源があるかはわかっていないが、おそらくはアフリカの民族である「エウェ族(Ewe)」、「フォン族(Fon)」、「ヨルバ族(Yoruba)」のいずれかの言語に由来してるのではないかとされている。
いずれの場合でも元とされてる言葉の意味は、「神秘(Mystery)」や「法(law)」というようなものらしい。

 謎の存在とか、見えなき者、というような意味も含んでいる。
また、精霊という存在の総称的な意味でも使われるが、精霊世界に暮らす個人を指す場合にも使われるという。
精霊世界には「ランモ(Lanmò)」、ようするに先祖もいるとされ、やはり現実世界と重なっているというようなイメージも多少ある他、「アンバデュロ(Anba dlo)」、つまりは「水の底(beneath the water)」などと呼ばれてたりもする。

 かなりの数いるロアは、個別に個性を持ち、固有の「聖なる鼓動(sacred rhythms)」、「聖なる歌声(sacred songs)」、「聖なる踊り(sacred dances)」を持つと言われたりもする。

 ハイチでは神を「ボンディ(Bondye)」と呼び、この世界とは別次元の創造主ということになっている。
ロアはそのボンディと人との「仲介者ちゅうかいしゃ(intermediaries)」ともされる。

 ボンディというのは「Bon Dieu(よき神)」 というフランス語由来らしい。
またボンディは「グランメト(Gran Met)」とも呼ばれるようだ。
グランメトは神というより、神の領域的な意味の場合もある。

 奇妙かもしれないが、ロアには自身が何者かを知らない、あるいは自身の個性を掴みきれていない者もいるという。
そういうロアは「ボサル(Bosal)」と呼ばれるが、それはいわば野生のロアなのだという。

 また、キリスト教における悪魔とも例えられる「ジャブ(Djab)」は、強く荒々しい存在、あるいは特異なロアだが、必ず悪さをするというわけではなく、気まぐれらしい。
これと同じなのか知らないが、低級だがはっきり悪意のある「バカ(Baka)」、あるいは「マサンガ(Mazanga)」なる小悪魔も知られている。

 また、ジャブと関係あるかは不明だが、「ルーガルー(Lougarou)」という、悪魔か、あるいは狼の霊がとりついた黒魔術師とも、夜空を飛ぶ吸血鬼ともされる存在が、時に子供をさらうということで、ヴードゥーが信仰されている地域ではよく恐れられているという。

 ルーガルーはどうも、ヨーロッパの狼男や吸血鬼の伝承が元になっているようである。
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フンガン、マンボ。司祭の階級と魔法

 ブォドウの男の司祭を『フンガン(Houngan)』、女の司祭を『マンボ(Mambo)』と言う。
どちらもエウェかフォンの言葉が語源らしく、フンガンは「精霊の主(chief of the spirits)」、マンボには「魔法の母(mother of magic)」という意味合いがあるとされる。

 「アソグウェ(asogwe)」、「soupwen(ソウプウェン)」、「senp(センプ)」という、3つのランクがあり、アソグウェが最高、センプが最低らしい。

 フンガン・アソグウェやマンボ・アソグウェは、ヴォドゥにおける最高指導者であり、様々な特別な権限を持つという。
また、アソグウェ、ソウプウェン、センプで役割が異なるというわけではなく、上位の立場ほど責任が大きくなるというような扱いとされる。

 フンガンとマンボの階級はアソグウェとソウプウェンの2つだけとする説もある。
基本的にアソグウェでもソウプウェンでもない信者がセンプともされ、まだ未熟なため、司祭ではないということと思われる。

 つまりこういうこと。
ヴォドゥの教義において、センプの仕事は、儀式における合唱団やダンスグループの編成。
ロアのための料理を作ること。
それに「ペリスティル(Peristyle)」、あるいは「ハウンフォー(Hounfour)」という名前で知られるヴォドゥの儀式場の清潔さを保たせること。
これらはセンプの専門仕事というわけではない。
同じことを同じくらいにソウプウェンもアソグウェもする。
その上で、さらに別の役割もこなしているのである。

 階級などに関係ないヴォドゥの信者を指す言葉として「ヴォドゥウィザン(Vodouwizan)」。
特に入会希望者や入会したばかりの者を意味するらしい「セヴィテ(Sevitye)」という言葉もある。

 ソウプウェンはセンプの仕事に加え、儀式の内容そのものの監督をし、訪問者向けの準備などもしたりする。
アソグウェはさらに、占いや、必要な薬の用意、儀式に参加してもらうロアの呼び出しなども全面的に担当する。

 一説では、ソウプウェンになると、誰かを助けるための魔法を使うことが許されるようになり、アソグウェになると自分たちのために魔法を使うことが許されるようになるという。
また、アソグウェだけが、ロアを呼ぶための知識を有しているともされる。

 儀式で呼び出されたロアは、まるで馬が人に馴れさせられるように、フンガンやマンボに手懐てなずけられるともされる
また、ロアや祖先の霊、あるいはそれらの本質的な精神を壺に閉じ込める術があるらしい。
それに使われる壺は「ゴビ(Govi)」と言うが、これを使うのはボコールともされる。

 ロアは石にもよく宿るとされるが、ロアが潜む石を「ピエトーン(Pyè tone)」と言う。

アソン、ラダドラムス。儀式とともにある音楽

 ヴォドゥの儀式にリズムメインの音楽は欠かせないが、 それを奏でるブードゥードラマーを「ホウントギ(Hountogi)」と言う。
フンガンやマンボは基本的にこのホウントギでもある。

 また、重要な楽器とされてるのは「ダンバラの聖なる舌(sacred tongue of Danbala)」とも呼ばれる「アソン(Ason)」である。

 ダンバラとは、空の父、生命の創造主、宇宙の均衡を保つ存在として知られる、最重要とされているロア。
そしてアソンとは、ガラス玉や蛇の脊椎などで作った、ガラガラと音を鳴らす打楽器である。

 アソンはソウプウェン以上でないと持つことを許されず、他人に与えることはアソグウェにしかできないようである。
そんなわけでフンガンとマンボの権力の象徴ともされている。

 他「ラダドラムス(Rada drums)」と呼ばれる3つのドラム(太鼓)がある。
その3つのうち最小とされるのが、「フントキラ(Hountokila)」、または「(Boula)」。
中間のサイズのが「フントゥティ(Hountòti)」、または「セゴン(Segon)」
最大のものは「フント(Hounto)」、または「マンマンタンボー(manman tanbou)」という。
何も素手で叩くのでなく、それぞれの専用の棒で叩くらしい。

 ラダというのはアフリカの地名からの名前。
それと、小さいラダドラムスほど、音が高いともされる。

 アソン、ラダドラムス以外にも、「オガン(Ogan)」というサブ的に使われるという鉄製の打楽器。
「クワクワ(Kwa-kwa)」という、アソンよりも一般的に使われるガラガラ音楽器などもある。

 さらに、ロアを呼ぶたむの奏でられるリズムを「オブレタンボウ(Oble tanbou)」と言う。

 ドラミングなしでのブォドウの教義もあるようで、それはまとめて「アラムウェット(Alamyet)」と呼ばれる。

アイボボ、ヴェヴェ。祈りと、精霊を呼ぶ術

 キリスト教におけるアーメンのような、儀式での決まり文句的な祈りの言葉として、「アイボボ(Ayibobo)」というのがある。
それに、「プリジェギネア(Priyè Ginea)」という長い祈りがあるという。
プリジェギネアはアフリカへの祈り、つまり遠い先祖への祈りであるともされる。

 また、幸運の草とも呼ばれる「カパブ(Kapab)」なる葉は、ロアを呼ぶらしい。
そしてカパブもそうなのかはわからないが、ロアには好物があるともされる。
特に「クレレン(Kleren)」 というトウモロコシ、あるいはサトウキビのウイスキー。
それに、タピオカの材料として知られるキャッサバやトウモロコシを使う「アカソンシウォ(Akason siwo)」というスープを好むという。

 儀式の時には、呼び出されるロアの図が、地面に抽象的に描かれることがある。
そのような図は「ヴェヴェ(Veve)」 と呼ばれ、基本的には小麦やトウモロコシの粉が使われる。

ポトミタン、ナンチョン。聖なる場所、聖なる国

 聖域の中の聖域、あるいはペリスティルなどにおける祭壇用の部屋を「バッジ(Badji)」、あるいは「ソバジ(Sobadji)」と言う。
それに、祭壇は「オガントワ(Ogantwa)」と呼ばれる。
また、ロアにとっての目印にもなるらしい「ポトミタン(Potomitan)」という聖なる柱もある。

 さらにオガントワやポトミタンを含め、 ロアを呼び寄せるよう魔力を集中した場を「プウェン(Pwen)」と言うようだ。

 手つかずな森、あるいはその中でも特別な一部は聖なる土地ともされ「デマンブウウェ(Demanbwe)」と呼ばれる。
原初のアフリカにはそのデマンブウウェが大量に存在していたともされている。
またその原初、あるいは本来のアフリカは「ギニア(Ginea)」と呼ばれ、さらにそこには「ラヴィロカン(Lavilokan)」、または「イフェ(Ife)」という聖なる都市があって、それが現在の精霊世界なのだともされる。

 精霊たちは、その種類(というか起源地域)ごとに、固有の「ナンチョン(Nansyon)」、つまり国を持つとも言われる。

ソシェテ、ビサンゴ。秘密結社の噂

 ヴォドゥには、その歴史的な経緯のせいか、特にカトリック系の聖域などをひそかに利用した儀式の方法などもあるようである。
そういった別の宗教の場を儀式に利用することを「ディシミュレイション(Dissimulation)」と言う

 教義と関係のないパーティーなどは「バンボシュ(Banbosh)」と呼ばれる。

 また「ソシェテ(Sosyete)」と総称される、ヴォドウを信仰する秘密結社的な組織もある。
そういう組織の中で、大きな規模のものは、植民地時代の奴隷たちの秘密のコミュニティーが発端であろうとされている。
その結社に属する会員を「サンプウェル(Sanpwel)」と呼んでいる「ビサンゴ(bizango)」などが知られる。

 サンプウェルとビサンゴは別組織か、同じ組織の派生とする説もある。
活動が秘密な上に、正統派ではないとされていることから、ゾンビやルーガルーは彼らの仕業でないかという疑う向きもあるという。

ボナンジ、コネサンス。生命と知恵のこと

 ヴォドゥにおいては、一個の人というのは『ティボナンジ(ti bon ange)』と『グウォボナンジ(gros bon ange)』という二つの要素で構成されていると言う。
ティボナンジが意識とか個性を付ける要素的なもの。
グウォボナンジが、生命体たる要素、生命力なのだとされる。

 ロアもティボナンジを持つのか、グウォボナンジを持たぬ意識なのか、その辺りはかなり謎だが、いずれにしろ意識や個性を持つ。

 つまりは「精神性(Spirit)」は人とロアに共通している。
そしてその精神には「質(quality)」があるとされる。
精神の質には、「チョ(Cho。熱)」とか「ドウス(Dous。甘み)」とかがある。
さらに「コネサンス(Konesans。知恵)」も精神の質であり、それはフンガンやマンボだけが持つとも、 彼らの場合は極端にそれが高いとも言われる。
また、時にあるひどい状態を「デゾド(Dezòd)」、つまりはカオス(混乱)とする説もある。

 また生前の頭に住み着いていたロアを死者から引き剥がし、正しく精霊世界に導く「デソウニン(Desounin)」という儀式もあるらしい。

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