「ブードゥーの魔術」ゾンビの黒、恋愛の赤。秘密結社の呪いの教義

ボコール、カプラタ。ロアに仕える者たち

 中央アメリカはカリブ海の国家ハイチで強く信仰されてきたブードゥー教は、この地の先住民であるタイノ族や、 奴隷として連れてこられたアフリカ系の人たちの宗教に、さらにキリスト教がミックスされた比較的新しい時代に生まれた信仰体系である。
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ハイチ以外にも、同じような形で成立した、あるいは影響を与えあって形成されていったと思われる宗教は、中南米にはいくつもあるという。
アメリカ合衆国でもルイジアナ州で、やはり似たような宗教が信仰されているという。

 そのブードゥー教において、その存在が信じられている精霊を『ロア(Loa)」、あるいは『ロワ(Lwha)』と言う。
そしてブードゥーにおける魔術は、基本的にはロアを呼び出し、その力を借りる、または支配する行為である。

 ブードゥー教における魔術師『ボコール(Bokor)』は、ロアに仕える者と言われることもある。
また、女性のボコールは、『カプラタ(caplata)』と呼ばれる場合もあるようだ。

 またブードゥーの男の司祭「フンガン(Houngan)」や女司祭「マンボ(Mambo)」も、実はボコールやカプラタと同じ存在とする説もある。

 少なくともフンガンやマンボも「マジ(Maji)」、つまり魔術は使えるようだ。
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しかしボコールは、フンガンやマンボは使わない、他人の心を誘惑する「マルジョク(邪眼。Maldjok)」。
さらに死者の蘇生や、変身などもしたりするという。

 また、ボコールが使役するともされる「バカ(Baka)」という低級な悪魔的な存在は、ロアとはっきり区別される場合もあるらしい。

 変身するボコールは「ルーガルー(lougarou)」という、吸血鬼的な存在だという説もある。
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白魔術、黒魔術、赤魔術

 フンガンやマンボが、誰かを守ったり癒したりするための白魔術。
ボコールが、 誰かを傷つけるための黒魔術を使うのだともされる。
基本的にボコールは黒魔術を使うというより、黒魔術も使うという感じである。
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 ブードゥーにおいては白黒以外にも、赤魔術という分類があるという。
赤魔術は基本的には、恋愛に関するものらしい。

 実際に魔術を使う場合は、必要とするロアが好むリズムや音楽を奏でたり、呪文を唱えたりするわけだが、他人をターゲットにする場合、手順を間違えると、効果が自分に降りかかってくるともされる。
そのために白や赤はともかく、黒は攻撃的な魔術のために、未熟者には危険とされる。

生命力とは何か。生者の意識と体

 ブードゥーにおいては、「コーカターヴル(肉体。Ko katav)」、あるいは「モウンヴィヴァン(生者。Moun vivan)」は、「カターヴル(死体。katav)」と「ナーム(魂。Nanm)」から成るという。

 ナームはさらに、『ティボナンジ(良き小天使。ti bon ange)』、『グウォボナンジ(良き大天使。gros bon ange)』の二元から成る。
ティボナンジは「意識(Awareness)」や「個性(Personality)」。
グウォボナンジは「生命力(life force)」、「生命エネルギー(life energy)」だとされる。

グウォボナンジはエネルギーか

 グウォボナンジは、ナームとしての役割を担っていない時は、基本的に『グランメト(偉大なる支配者。Gran Met)』という領域にある。

 グランメトはまた、「生命の貯水地(life pool)」などと訳されたりもする。

 生者が死んだ場合、グウォボナンジはグランメトに帰り、再び新しい誰かの生命力としてナームに使われるまで、ひたすらに待つとされる。

 物理学的な観点から考えると、グランメトとは、そういう空間領域的なものではなく、「フォムキパラビ(非生命体。Fom ki pa lavi)」なのかもしれない。
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 またグウォボナンジに関して、グランメトのそれと、ナームに使われている分の総量には変化がないと思われる。
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 熱力学の第二法則から、もしかするとグウォボナンジを生命エネルギーとして利用するのには制限がかかっているのかもしれず、しかもその制限はどんどん強くなっていくのかもしれない。
しかし、グランメトを通常の空間とは別の領域だと想定するならば、以下のように考えられるかもしれない。
つまり、グランメトへの返還を介さない限り、利用可能なグウォボナンジは少なくなっていく。

ティボナンジと夢

 ティボナンジは、死んだ時だけでなく、ただ寝ているだけの時も体から離れることがあるという。
そういう時に、この肉体を離れた意識が見聞きしているように感じているものこそ、我々が「レブ(夢。Rèv)」と呼ぶものなのだという。

 しかし、ものすごく非現実的な夢を見た経験がある人は、少なくともそのティボナンジなる意識が直接見聞きしたものだけが夢の全てなのだとは、とても思えないだろう。
いったいその意識は何を感じているというのだろうか。

 ティボナンジは単体だと、ロアに近い存在とする説もある。

 人が死ぬとすぐに、ナームは分解されティボナンジとグウォボナンジに別れるが、ティボナンジはそのままさ迷い離れていく。
ボコールは、死後すぐなら、ティボナンジを「ゴビ(Govi)」という壺や、「ピエトーン(Pyè tone)」という石に封じ込めたりして捕獲することができるとされる。
どちらかと言うと、壺の方が一般的なようだ。

マカヤの儀式

 ロアと、死した先祖たちの世界とされる「ギニア(Ginea)」は、原初のアフリカとも、水の底の世界ともされている。

 ロアには(おそらくは本来の起源に応じた)属する「ナンチョン(国家。Nansyon)」がそれぞれにある。
そのナンチョンの中でも、「マカヤ(Makaya)」は特別な国だとされる。
ハーブ(薬草)の効果と、変身の魔法に関連している国で、そしてボコールが仕えるロアの国なのだとされる。

 そこで、ボコールの魔法とは、マカヤの儀式ともされる。

ゾンビ生成魔術

 ボコールは一般の民衆的には恐怖の対象であるともされるが、その直接的な原因になっているのは、死者を操るという「ゾンビ魔術(Zombie magic)」による影響だという。

 ゾンビを恐れているのではない。
それは基本的に関係ない人には無害である。
人々が恐れているのは、ゾンビにされてしまうことだとされている。

 ゾンビにされてしまうとはどういうことなのだろうか。
それはてり、自分の記憶を失い、自分の意識を失い、自分の感情を失うこと。
何も感じず、何も考えられず、ただボコールの奴隷となる。
それはたいていの場合、死よりも辛い。

ゾンビの体と星気

 ボコールには生きている人からティボナンジのみを抜き取る技もあるらしく、そうしてティボナンジ、つまり意識を失った残された体は『ゾンビカターヴル(ゾンビ体。Zonbi katav)』。
一方で、捕らえられた単体のティボナンジは『ゾンビアストラル(ゾンビ星気。Zonbi astral)』と呼ばれる。

 ゾンビカターヴルが、歩く死体の伝承として知られるゾンビの原型とされているが、 本来のこれは生きた死体というよりも、魔術により意図的に作られた、グウォボナンジが残った死体である。
つまり、ゾンビカターヴルは意志がないが、人形とは異なり、呼吸をしたり、血液は循環しているなど、生命的な機構を有しているというような存在である。
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 ゾンビという名称は、アフリカの伝承の神「ンザンビムプング(Nzambi Mpungu)」からきているようだが、あちらは創造神らしく、性質的な関連性は全然なさそうである。

 ゾンビカターヴルは、自分が何者なのか、何をされているのかもわからないまま、かなり好き勝手に操られてしまうという。

 しかし、ボコールの命令を優先して聞くという話もある。
これはティボナンジが握られていることに関係しているのかもしれない。

 奇妙なことに、塩か肉が唇に触れた途端に、ゾンビは自分が何者かを思い出して、その時にこそ真の死を迎えるのだともされる。
このために(おそらくは生理機能はすべてそのままな)ゾンビたちに与えられる食べ物は、基本的に塩と肉なしのかゆのみとされている。

ゾンビパウダーは生きた人に使われるのか

 ブードゥーが強く信じられる地域では、かなり貧しくとも、家族が死んだ時には立派な石造りの墓を建てようとするとされる。
あるいは人通りの多い場所に墓を建てることもある。
墓が建てられてから一週間程度は見張りをつけることもあるようだ。
それらはすべて、ボコールが死体を利用することを防ぐためらしい。

 しかしそうなると、ボコールはグウォボナンジを失った死体も、ゾンビとして利用できるのだろうか。
おそらくは生命力をグランメトから引っ張ってくる術があるのだと思われる。

 また、死後それほどには時間が経っていない死体が狙われるようだ。
これは単に腐敗した死体では役に立たないからと推測する事もできようが、やはりコントロールにティボナンジが必要だからなのかもしれない。

 実はゾンビは生きた者からしか作れない。
そこで、ゾンビにする者を手に入れるために、仮死状態にする毒薬「ゾンビパウダー(Zombiepowder)」を用いるボコールすらいるという説もある。

ティ・ジョセフのゾンビ農園

 ボコールは操った死体、「ゾンビ(Zombie)」を労働力として、農園を営んだりしているという。
その典型的イメージの例として、ティ・ジョセフなる人物が知られている。

 (ハイチの)コロンビエ出身らしい彼は、ボロをまとったゾンビたちを操り、砂糖農園で大儲けしたとされるが、ある時にゾンビにされた者たちの家族にバレて、復讐に命を奪われたらしい。

 1918年から「ハスコ(Hasco)」という砂糖製造会社に自分を売り込んだ彼は、 妙に無口で顔を伏せてばかりの仲間たちを使い、目覚ましい成果を上げた。

 ジョセフのように労働者集団を雇う元締め的な人自体は他にもいたが、なぜか他のグループと交流を持ちたがらない彼らに関して、魔術師とゾンビ集団かもしれない、という噂はすぐに流れたらしい。

 そんなある日。
ジョセフはゾンビたちの世話を妻クロヤンスに任せて、自分はカーニバルに出かけて行った。

 普段から、自分の意思すら持てずに夫にこき使われる労働者ゾンビたちに同情していたクロヤンスは、せめてものご褒美のつもりで彼らをカーニバルに連れて行ってやることにした。
そこで彼女はゾンビたちに砂糖漬けピーナッツを食わせてやったが、実はそのピーナッツは砂糖漬けにされる前に、塩で調理されていたものだった。

 そして塩を口にしたことで正気に戻ったゾンビたちは、恐ろしく取り乱し、うめき声を上げながら、故郷である「モーンオディアブル(悪魔の山々。Morne au Diable)」の墓に帰った。

 帰ってきた哀れな遺族の姿を見た故郷の村人たちは、復讐を誓い、みんなで金を出しあって、殺し屋集団を雇い、ジョセフを狙わせ、彼はそれで逃げきれなかったのだという。

正体は精神を病んでしまった労働者たちか

 探検家であり、オカルト研究家でもあったウィリアム・ビューラー・シーブルック(1884~1945)は、地元のガイドから聞いたティ・ジョセフの話を本に書き、有名にした人である。

 また、魔術師のアレイスター・クロウリー(1875~1947)は1919年の秋の一週間ほど、彼の農場に世話になり、その時に彼はクロウリーから魔術の教えを受けたという説もある。
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 そのシーブルックは、実際に働かされるゾンビを見たこともあるとされる。

 ハイチの人たちが話すゾンビの話に強い興味を持ったシーブルックは、実際に今稼働しているというゾンビの農園を訪ねてみることにした。
そこで彼は無言で黙々と働き続ける、確かにゾンビとしか思えない3人を見たらしい。

 彼らは人間というよりも、よく訓練された動物か、自動人形のようだった。
文字通り死んだような目をしていて、何にも焦点が合っていないような感じだった。
また、本当にまったく表情を作ることができないというふうな無表情だった。

 シーブルックは意を決して声をかけてみたが、彼らは何も反応しない。
そうこうしてるうちに、元締めらしいラマーシーという女性が、苛立ちを隠せない様子で、シーブルックに告げたという。
「黒人のことは、白人には関係ないことだ」

 ちなみにシーブルック自身は、ゾンビの正体に関して、植民地時代から酷い伝統に苦しめられる貧しい者たちでないか。
酷い労働が発生させた、認知症を患ってしまった人たちでないか、という説を唱えていたともされる。 

ルイジアナブードゥーの魔術

 アメリカ合衆国のルイジアナ州のブードゥーの教義も、ハイチのそれと深く関連しているか、少なくとも似てるとされているが、より実践主義的だという説がある。

 とりあえず、基本的にアメリカでブードゥー魔術と言えば、ルイジアナのものが主流ともされる。

 「グリスグリス(gris-gris)」は、元はアフリカの「おまもり(amulet)」であったともされる。
しかしアメリカに伝わってから、なぜか邪悪なイメージがつき、かなり特別視もされるようになった。
白と黒、両方の要素を含む究極の魔術と考えられてたりするようだ。

 「ジュジュ(juju)」は癒しの術。
「モジョ(mojo)」は金や愛情などの、特定の人の利益をコントロールする術である。

人形を使った呪い

 ブードゥー人形を使った呪いに関する魔術は間違ったイメージで、ブードゥーとは一切関係ないともされるが、 一方で、秘密結社に属するボコールが、実はそういう魔術を実践していたのだが、その情報が漏れて広まったという説もある。
ブードゥー人形を使った呪いの魔術とは、基本的には人形に針を刺すことで、特定の相手に不幸をもたらすというようなもの。

 多くの文化圏で見られる人形を使った魔術と同じようなものである。

 本来のブードゥーにおいても、実際の生贄を模して、祭壇に人形を捧げるというような儀式が行われる場合もあるようだが、別に誰かを攻撃するためのものではなく、ロアを呼ぶためのものである。

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