「魚竜」恐竜より早く誕生し、絶滅した海生爬虫類。収斂進化の妙。

魚竜

魚、クジラ、魚竜という収斂進化

 首長竜や、海に対応したトカゲ的なモササウルスと共に、魚竜ぎょりゅう(Ichthyosaurs)は中生代の海の代表的な生物とされる。
プレシオサウルス「首長竜」恐竜時代の海の覇者。種類、進化、化石の研究記録  魚竜は、イルカやクジラのような、魚に収斂進化した哺乳類の、爬虫類版のような存在。
進化の分かれ道「進化論」創造論を最も矛盾させた生物学理論  抵抗の強い水中のような流体の中を、なるべく効率よく移動するために、いわゆる流線型は、かなり理にかなった形態なのである。
飛行機ベルヌーイの定理。流体中の物質「流体力学の基礎」

魚竜はイルカとどのくらい似ているか

 クジラ類、特にイルカと、代表的な魚竜は似ているとも言われる。
確かに、魚やイカを捉えるのに適した長い吻(口)や、 水中操作の安定性を高めている背ビレや、短い胸ビレなどが共通点は多い。
クジラとイルカ「クジラとイルカ」海を支配した哺乳類。史上最大級の動物 しかしいくつか明らかな違いもある。

 まずその尾ビレである。
クジラの尾ビレが水平に伸びているのに対し、魚竜の尾ビレは垂直に伸びている。
これはクジラが体を縦にくねらせて推進するのに対して、魚竜が体を横にくねらせて推進していたことを示している。

 また、クジラ類は後ろ足がほぼ完全に退化しきっているが、魚竜は後ろ足も、後の首長竜と同じようにヒレに変化させている。

 それに、クジラ類は聴覚を鋭く発達させた生物だが、化石的に、魚竜は目がかなり大きく、おそらくは視覚を発達させた生物だったのではないか、と考えられている。

最大の魚竜はヒゲクジラ並みだったか

 クジラ類には様々な形態があり、魚竜もそのほとんどと収斂した形態があったようである。

 では、超大型で、プランクトンを食べまくるシロナガスクジラのようなヒゲクジラ類に相当する魚竜はいただろうか。
一応ショニサウルスなど、ヒゲクジラ並に巨大な魚竜も発見されてはいる。
ショニサウルス属するシャスタサウルス科の最大種(ショニサウルス?)は25メートルほどの体長に達する者もいたのでないか、とも言われている。

 ただしジュラ紀に関しては、(史上最大の魚という説もある)リードシクティス・プロブレマティカスのような大型魚類が、すでに現在のヒゲクジラ類に当たる、海生大型草食動物の生態的地位を独占していたのでないか、という説もある。

イクチオサウルスかプロテオサウルスか

 メアリー・アニングの魚竜化石の発見は、古生物研究の歴史の大きな転換点となった。
メアリーアニング「メアリー・アニング」化石に生涯を捧げた女の子  その化石に対して「イクチオサウルス(魚トカゲ)」 という名前を与えたのは、大英博物館で働いていたドイツ人のチャールズ・ケーニッヒであった。
ただし彼はちゃんとした記載を行ったわけではない。

 この生物の名前として、おそらくは最も最初に公式に記載された名は、「プロテオサウルス(ホライモリトカゲ)」というものであった。
ホームという人が、この生物は、両生類のホライモリに似ていると判断したことからついた名である。

 しかし、だんだんと、その生物がイモリとは関係のないことが判明してくるにつれて、プロテオサウルスという名前は廃れていき、イクチオサウルスにとって代わられた。
 普通、こういうのは、先に名前が付けられた方が優先とされるから、これはなかなか珍しいパターンである。
イグアナと全然違うのにイグアノドンみたいな感じになりそこねた、わけである。
マンテルの医療器具「ギデオン・マンテル」恐竜の発見者。イグアノドンの背に乗って

どの爬虫類が近縁なのか

 魚竜は、外見こそ魚とよく似てはいるが、解剖学的には爬虫類であることが明らからしい。
「魚類」進化合戦を勝ち抜いた脊椎動物の始祖様 砂漠のトカゲ「爬虫類」両生類からの進化、鳥類への進化。真ん中の大生物 ただし大きな謎とされているのが、いったいこの変わり者の爬虫類が 、他のどのような爬虫類から進化したか、という進化系統上の立ち位置である。

 一般的には、鰭竜類きりゅうるいから首長竜と分岐した。
あるいは、恐竜やワニのような主竜類と鰭竜類が分岐するよりも、さらに以前の古い時代の爬虫類から派生したとされている。
恐竜「恐竜」中生代の大爬虫類の種類、定義の説明。陸上最強、最大の生物。  魚竜の出現は、恐竜や、首長竜の祖先かもしれないとされるノトサウルス類よりも早い時代だったようなので、より古くの種から分岐したという説は説得力がある。

初期の魚竜。ウタツサウルスなど

 おそらくは最も初期の魚竜の一種とされている三畳紀前期のウタツサウルスは、日本で最初に発見されたようだが、後にカナダでも頭の化石が発掘され、この種がかなり広い地域に分布していた可能性を物語っている。

 ウタツサウルス以外にも、グリッピア、チャオブサウルスなどの初期魚類は、後の魚竜ほど丸みが顕著な体型でなく、水中生活に完全に適応していないことが示唆されている。
また、これは三畳紀のほとんどの魚竜に言えることだが、背ビレもなかった。

 もっとも、かなり明らかなこととして、この頃(三畳紀前期)から彼らは、完全に水性の動物となっている。

より水中に適応したジュラ紀の魚竜

 三畳紀の魚竜と、ジュラ紀の魚竜の、最もはっきりとした違いの一つが尾ビレとされる。
三畳紀の魚竜にも、それらしきものはあるが、ジュラ紀のイクチオサウルスやユーリノサウルスほど、くっきりとした尾ビレを備えていた種はいなかったとされる。

 その体型もより丸みが強くなり、流体力学的に洗練され、水中生活に強く適用したものとなった。

 また、ジュラ紀の魚竜は、肉質の背ビレも持ち、おそらくはそれで安定を取りつつ、強靭となった尻尾を振ることにより、現在のイルカに匹敵するほどの速度で遊泳できたとされる。

レプトプテリギウス。ミクソサウルス

 ジュラ紀型魚竜(高速な遊泳を得意とした魚竜)の、最初期の種は、三畳紀末からジュラ紀前期にかけて、ヨーロッパに生息していたレプトプテリギウスとされている。

 そのレプトプテリギウスは、 おそらくはミクソサウルス類、あるいはそれと近しい種から進化したと考えられている。

 ミクソサウルスは1メートルから2メートル程度で、ショニサウルスのような大型化したシャスタサウルス科と並び、三畳紀中期から後期の代表的な魚竜である。
 特筆すべきなのが、この種がおそらく背ビレを獲得していたということであろう。
また、前足が後ろ足よりもやや巨大化している傾向にあり、これはまさしく、ジュラ紀型魚竜によく見られる特徴である。

白亜紀のいつに絶滅したか

 魚竜は、白亜紀に入る頃には、すでに数を減らし、大きく衰退していたようである。
この種は、白亜紀末の大絶滅で恐竜と共に滅びたのでなく、白亜紀の中期にはすでに絶滅していた、とする説もわりと有力である。

 衰退の原因は諸説あるが、首長竜との生態的地位の奪い合いは、特によく原因の一端として考察されている。

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