ビッグフット、あるいはサスカッチ
「太平洋岸北西部(Pacific Northwest。PNW)」を目撃の中心地域とする、ビッグフットの名で知られる謎の動物は、ネス湖のネッシーと並んで、おそらく最も有名な未確認生物(UMA)でなかろうか。
ビッグフットは北アメリカを代表するような未確認生物で、 典型的な目撃証言においては、2メートルから、6メートルくらいの巨体を持つという、おそらく直立歩行の類人猿である。
ネイティブアメリカン(アメリカ先住民)には古くから、サスカッチ(Sasquatch)の名の怪物として知られていた、という話もある。
「ビッグフット」実在するか、正体は何か。目撃の歴史。フィルム論争 「ネス湖のネッシー」愛されしスコットランドの怪物の正体
また、関わりがあるのかないのかは不明だが、同じような類人猿型未確認生物は、ヒマラヤのイエティをはじめとして、数多くいる。
「イエティ」ヒマラヤの猿人伝説。隠れ潜む雪男
太平洋岸北西部と呼ばれる範囲
太平洋岸北西部とは、アメリカ合衆国のアラスカ州から、カナダ、そしてさらにまたアメリカのカリフォルニア州くらいまでの太平洋側の沿岸とその周辺(と言ってもかなり広い周辺である場合が多い)地域のこととされるが、実のところ明確な定義はないようである。
「世界地図の海」各海域の名前の由来、位置関係、歴史雑学いろいろ 「カナダ」国立公園、イヌイット、二つの公用語、アイスホッケー
アラスカ州は含まれないことも多い。
かなり一般的には、カナダのブリティッシュコロンビア州、アメリカ合衆国のアイダホ州、オレゴン州、ワシントン州を含む領域とされる。
ビッグフットが扱われる多くの文脈においては、おそらくこの最も一般的なものと近い定義で、この名称(太平洋岸北西部)が使われている。
合衆国では、the Pacific Northwestという時、それはカナダも含まない、北アメリカの太平洋側沿岸地域を指していることもあるらしい。
ビッグフットの目撃例の半分ほどは太平洋岸北西部のものとされ、 他の半分は、ほぼ合衆国全域にバラけているとされている。
このことからビッグフットはアメリカ合衆国の未確認動物というイメージも強い。
ただ、サスカッチの名前は、カナダの原住民にも広く知られている伝説という話もある。
それと、初期の目撃証言の多くは、ブリティッシュコロンビア州(カナダ)においてである。
「カナダの歴史」重要な出来事、移民たちの文化、先住民との関わり
ちなみに岸側的にはほぼ同じだが、内陸部をほとんど含まない地域名称として、北西部海岸(Northwest Coast)。
内陸地域のみを指す名称として、北西部平原(Northwest Plateau)というのがあるという。
太平洋岸北西部は、それらを合わせた名称とも言える。
太平洋岸北西部は、カナダと合衆国という地域において、相対的に孤立しているとも言われる。
乾燥した土地や、山林といった厄介な自然が多く、 北太平洋の設計を含む空気 の影響で非常に雨雲が発生しやすい(年間降水量がかなり多い)。
そのような過酷な環境のために、人口もかなり少なめだという。
「風が吹く仕組み」台風はなぜ発生するのか?コリオリ力と気圧差 「雲と雨の仕組み」それはどこから来てるのか?
そういうわけで、確かにカナダやアメリカにおいて、謎の生物なんてものが潜んでいるなら、それはここだろうというイメージは強い。
原住民は何を語り継いできたか
時に、文献などによっては、サスカッチの名前は本当に古くから(それこそ白人たちがアメリカ大陸に到達する前から)知られていたように書かれている。
だがこの、サスカッチなる伝説の生物(?)が、今日の我々がビッグフットと聞いて想像するような生物であったかは、かなり疑問である。
別にアメリカ先住民に限らず、多くの文化において巨人の伝説はある。
だから昔は、そういう生物がいたのだろうと言いたいわけではない。
そもそも巨人というのは、何か怪物を想像するなら、それが一番容易い存在である。
なにせ、ただ人、つまりわれわれ自身を強化したような存在を想定すればいいだけだから。
現在、世界中の猿人系未確認生物の姿は、明らかに進化論以降の古人類研会においてイメージされてきた、人間と猿の間のミッシングリンクの影響が感じられる。
「ダーウィン進化論」自然淘汰と生物多様性の謎。創造論との矛盾はあるか
実際問題、そのような猿人系の生物が、先住民たちの身近な存在でなかったことだけは間違いない。
なぜなら彼らは、いくつもの巨人伝説を語り継いではきたが、そのほとんどが、石でできた巨人とか、氷でできた巨人とか、あるいはいかにも物語的な何らかの弱点(例えば泳げないとか、特定の状態にある人間を見れないとか)を持ってたりする。
ようするに、現代的な類人猿系未確認動物としてのビッグフットと関連付けるには、少々無理がある場合が多い。
「精霊の一覧」アメリカ先住民の宗教世界の住人たち
ついでに言うならビッグフットは基本的に草食性動物と考えられているらしいが、伝承の登場する多くの巨人は肉食(人食い)である。
それとビッグフットに関しては、人を襲ったとか、凶暴だったとかいう証言は少ない。
ちゃんと服を着て、火を使っていたサスカッチ
サスカッチという名前は、ジョン・W・バーンズ(Jhon W Burns)という人が、カナダ先住民が使う言語のひとつであるハルコメロム語(Halkomelem)から借用した名前らしい。
バーンズは1920年代に、 ブリティッシュコロンビア州の先住民たちが語り継いでいたという、その謎の生物に関する物語を収集してまとめ、カナダの新聞記事に掲載させた。
公式にその生物の名称として、サスカッチというのが最初に使われたのが、まさに彼の記事だったそうである。
ただ、バーンズが収集した話の中でのサスカッチは、どちらかと言うと普通に人だったらしい。
かなり長身で、文明化は避けていたものの、ちゃんと服を着て、火の使い方も知っていて、村単位で暮らしていたという。
この人たちは毛むくじゃらの巨人とも呼ばれていたが、それは、髪の毛がかなり長いというような意味でしかなかったともされる。
ようするに、サスカッチという名前を世に広めたバーンズが説明していたサスカッチは、現在のビッグフットとは明らかに違う存在だったと考えられる。
再燃した野人伝説
1957年。
ブリティッシュコロンビアの、ハリソンホットスプリングス(Village of Harrison Hot Springs)という町が、(おそらく観光戦略の一環で)カビの生えかけていたサスカッチ伝説を掘り返し、再燃させた。
どうも、ブリティッシュコロンビア州政府の、州創立100周年記念の事業として、ビッグフット狩りを提案したそうである。
その提案は棄却されたが、おそらく狙い通りに、全国の新聞記者たちが集まってきて、アメリカのみならず、ヨーロッパやアジアの方にまで、ビッグフットの名と共に、町の名も広まった。
そしてこのあたりから、1970年代くらいまで、 謎の生物ビックフットは、一大ブームを迎えることとなる。
ウィリアム・ローの宣誓供述書
宣誓供述書と言えば、真実の供述を誓った前提で書かれた公式書類。
1957年に、アルバータ州のウィリアム・ロー(William Roe)なる人物が書いたという宣誓供述書は、 有名なパターソン・ギムリンフィルムをはじめとして、それ以降の多くのビッグフットの目撃証言のパターンに大きな影響を及ぼしてきたとされている。
そのために、この話がもしも真実でないとするなら、ビッグフットに関連する有名な目撃証言のほとんどが怪しいものとなる。
そういう意味で、この書類の証言は非常に重要である。
供述の内容は、要約すると以下のような感じ。
「私はミシガンの森で、幼い頃から、野生動物の生活や習慣に親しんできました。
大人になってからも、狩猟によって家族を支え、野生のものを観察することにかけては専門家です。
もちろん野生生物は時に危険で、恐ろしい目に遭うこともありますが、これから語る経験はその最たるものです。
それは1955年10月。
アルバータ州ジャスパーの西約80マイルにあるブリティッシュコロンビア州のテテジョーンキャッシュ(Tete Jaune Cache)という小さな町の近くでのことでした。
午後3時ごろ、私は人気ない鉱山の見物をしていました。
そういう時です。
私は反対側の茂みに、最初はハイイログマだと思った、あの謎の生物を発見しました。
私はライフルを構えつつ、慎重に近づいていきました。
そしてそれがクマではないことに気づきました。
その生物は、身長が約6フィート(1.8メートルくらい)、幅は約3フィート(0.9メートルくらい)。
頭から足まで、暗めで、先端が銀色の毛で覆われていました。
私は最初それを男だと思いましたが、さらに近づくと、大きな胸が明らかとなり、女であると気づきました。
しかしその胴体は、とても女性とは思えない。
女性らしい湾曲が見られないからです。
腕は太く長く、ほぼ膝まで届いていました。
足もかなり大きかったです。
頭の形だけなら黒人ぽいと私は思いました。
鼻は広くて平ら、唇とあごは鼻よりも突き出ていました。
それらを覆う髪は、口、鼻、耳の周りの部分だけをむき出しにし、人間より動物的な印象をもたらしていました。
顔の毛は、他に比べると短かいようでした。
また、首がとても太く短く人間のものとは思いませんでした。
観察を続けるうちに、いよいよその生物はこちらの存在に感づいたのか、直立の姿勢で立ち上がり、去っていきました。
その時に、一度振り返って、私と目が合ったのですが、怖がっているというよりは、妙なものとは関わりたくないというような感じでした」
問題は、このローという人自体に関する記録がかなり乏しく、どのような人物であったかもよくわかっていないことであろう。
ローの供述書を世に広めたのは、ビッグフット研究家で知られるジャーナリストのジョン・グリーン(John Willison Green。1927~2016)らしいが、その彼ですら、実はローとは面識もないのだという。
判明しているごくわずかな記録から推測するに、おそらく、謎の生物を目撃したローは、しかしそれを誰にも話さないで、2年間秘密にしていた。
しかし、サスカッチ伝説が再燃した1957年に、自分が目撃したのはそれかもしれないと思い、マスコミに自分の体験を報告。
報道されたその内容から、興味を持ったグリーンが、より詳細な話を求めて、ローに手紙を書いた。
そしてローが、グリーンに返してきた詳細な話こそ、例の宣誓供述書なのだという。
ビッグフットはニックネーム
ビッグフットという名前は、サスカッチという名前より後に、この生物に与えられた。
ただこの呼び名自体は、先住民の集団の指導者とか、巨大なクマに対するニックネームとして、19世紀には使われていたらしい。
1830年代には、ワイアンドット族(Wyandot)の首長に、ビッグフットと呼ばれていた人物がいたという。
そのニックネーム通り、彼の足は大きかったようである。
19世紀後半から20世紀初頭にかけてくらいには、巨大なハイイログマに対して、マスコミがビッグフットという愛称を与えることが時々あった。
(ハイイログマに限らず、クマは猿人系未確認生物の正体として想定されることがわりと多い)
ただいつからか(おそらくは1950年代以降)、サスカッチの名前としてこれが定着してからは、他のものがビッグフットと呼ばれることはほとんどなくなったとされる。
ただしこのような経緯から、初期の記録に関する研究においては、ちょっとした混乱があるらしい。
そして伝説は伝説に戻った
かなり重要な事実は、太平洋岸北西部は自然が多く残る環境とは言っても、今や未開の地と言うには人の影響があまりに強いことである。
森林は伐採により破壊されてるし、毎年かなり数多くのキャンパーや、林業者や、(別にビッグフットを探しにきてるとは限らない) フィールドワーク志向の動物学者が、この地域のあちこちを歩き回っている。
そういう(おそらく自然にとっては招かれざる)者たちが、 森林に生きている動物の痕跡を見つけることは多い。
例えば、排泄物とか、体毛とか、死骸や、骨の一部とか。
だが当然のように、ビッグフットと思われる何者かの、決定的な痕跡が見つかったことはない。
ただし、糞や毛に関しては、そうだとされるものが回収されたことが1度もないわけではないらしい。
DNA検査などにかけられた例もあるという。
しかしビッグフットと断定されたものはない。
DNAと細胞分裂時のミスコピー「突然変異とは何か?」
そもそもこれは、大量に発見されている足跡などにも言えるが、これが本物だと決定的に言えるような基本サンプルがないために、実際にビッグフットのサンプルを発見しても、それがそうなのだと気づくのはおそらく不可能である。
回収されたサンプルが既知のものと比較された結果、何の生物のものかわからない、ということもあるが、それがイコール未知の動物であるということにはならない。
生物学者のグローバー・クランツ(Grover Sanders Krantz。1931~2002)は、「生物の毛髪の特徴というのは、同じ動物のものであっても、部位が違えば異なるし、全ての哺乳類の毛髪の型を網羅した資料集などは存在していない。だから我々が持っている資料と比較した時に、重なるものがないと言っても、それだけでクマやリャマのものでないとは断言できない」
グローバー・クランツという人
言うでもないことだろうが、アマチュア研究家が大半を占めるビッグフット研究の領域の中で、この人は紛れもなくプロといえる科学者だったとされている。
クランツは、カリフォルニア大学バークレー校にて、1955年に理学士号を、1958年に修士号を取得した。
そして「The Origins of Man(人の起源)」というタイトルの博士論文を評価され、1971年にはミネソタ大学より、人類学の博士号も取得している。
1968年から1998年まで、ワシントン州立大学で教師もしていて、 テストが無駄に難しいという悪評があったものの、生徒からの人気は高かったという(学生たちとよく、人類学、物理学、軍事史の話を語りあったそうである)
研究者としては、例えば人類、いわゆるホモ属の進化史の研究において、彼はいくつか重要な貢献をしているともされる。
例えば、人類の直系の先祖かもしれないと考えられていたシヴァピテクス(Sivapithecus)について、その従来の概念が間違っているという証明に、彼の研究が役立ったらしい。
しかし、ビッグフットへの情熱は、同僚からの非難を生み、研究費の喪失につながり、真っ当な科学界での地位の向上をも犠牲にしたとされている。
そのため彼は、かっこよく「孤独なサイエンティスト」と呼ばれたりする場合もある。
別に偏見とかじゃなく、クランツのビッグフット研究のいくらかは、普通に批判の的になっていることもある。
例えば彼は、本物の足跡を断定する術を知っていたようだが、(偽造する者たちを警戒してか)その方法を公表していないために、 彼の方法が正しいと確信していた者は、実質彼1人だけだったという。
また彼の計算によると、現在までに発見されているあらゆる足跡がすべて偽造だとするのなら、その偽造を専門とする商人が少なくとも1000人は存在することになる。
あるいは年に1、2回、足音作りに出かける趣味人たちが10万人ほどいることになってしまう(普通にそうなのかもしれないけど)
ただしこの計算は、誰にも発見されていないか、あるいは発見されていても報告されていない偽造足跡が大量にあるという前提の上で成り立つものらしい。
死骸が見つからないことをどう解釈すればよいのか
ある地域に生息している生物の痕跡は、それが巨大な生物であるほど見つかりやすいとされている。
ビッグフットは、もしも存在するのなら、かなり大型と言える生物であることは間違いない(普通、人間より大きな生物なら、けっこうな大型とされる)
骨の欠片すら見つかっていないのは、ある意味でそんな生物がいないことの有力な証拠である。
ただ死骸や、その残骸が見つかっていないことに関しては、ビッグフットはある程度の知能を有し、文化をも持っていて、死んだ仲間を埋葬したりしているので、結果、その痕跡はさっさと消えているのでないか、というような仮説もなくはない。
また、普通は、生物が長い時間を生きるには、それなりの数の個体が必要だと考えられる。
だが知性が高いのなら、もしかしたら一族単位とかいうような少数精鋭でも、わりと長い時間生き残れるかもしれない。
ただそうだとしても、ちょっとした病気などで簡単に絶滅するだろうから、いくらか(病原菌への耐性が強いとか、遺伝的欠陥を無意味にしやすいとか)強引な特殊性質を想定する必要があるだろう。