「タコ」高い知能と、特殊能力。生態、進化。なぜ寿命が短いか

タコはどういう生物か

頭足類。イカやオウムガイの仲間

 タコ(Octopus)は「軟体なんたい動物門(Mollusca)」の『頭足類とうそくるい(Cephalopoda)』に属している生物である。

 タコ以外の頭足類としては、イカ(Squid)やオウムガイ(Nautilus)、それに絶滅動物のアンモナイト(Ammonite)などが有名。

 どいつも基本的に、頭(kephale)に足(podus)がついてるということで、頭足類と名付けられたのである。

 特に殻を退化させたイカやタコなどは、『鞘形亜綱しょうけいあこう(Coleoidea)』に分類される。

青い血のヘモシアニン。三つの心臓

 タコの血は青いとされる。

 脊椎動物の血の赤色の原因とされる「ヘモグロビン(hemoglobin)」という「タンパク質(protein)」は、酸素分子と結合し、それを運ぶ役割を担っている。
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一方で「節足動物せっそくどうぶつ(Arthropod)」や軟体動物は、基本的にヘモグロビンでなく、「ヘモシアニン (hemocyanin)」というので酸素を運ぶ。

 ヘモシアニンは青の色素を持っているから、タコの血も青というわけである。

 またタコには心臓が三つあるが、 血液を循環させる役目を担っているのはひとつで残りは『えら心臓(Gill heart)』など呼ばれていて、必要に応じてエラに血液を送る役割を担っているらしい。
ふたつの鰓心臓は、瞬発しゅんぱつ的に高い運動能力を発揮するための機構だろうと考えられている。

頭脳派で目がいい

 鞘形類は、「無脊椎動物(Invertebrate)」の基準で言うと、体重との比率的な脳の重さはかなり大きめである。
つまりタコは無脊椎動物の中では、知能が高い。

 タコの目は大きいが、その目が捉えている世界のスケールもなかなか大きいとされる。
タコは、明るさ、大きさ、それに幾何学的な形までしっかり目で識別できるらしい。

 この空間認識能力の高さは、脊椎動物を除けば、最高クラスだと考えられている。

 ただタコは、色を識別できないという。

魚の1/3のスタミナ

 いかにも頭脳派らしくタコはあまりスタミナ(体力)がないという。
危機を察知するとかなり素早く反応して逃げるのだが、すぐにスタミナ切れとなってしまう。

 どうも血液の質が関係してるらしい。

 ヘモシアニンが悪いのか、タコの使い方が悪いのか、とにかくタコは魚と比べると1/3の酸素しか運べないらしい。
(そんな単純な話でもないかもしれないが)単純に考えて、酸欠を起こすのに必要な運動量が魚の1/3というわけだ。
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タコ壺と人間

 タコは基本的に、住み心地の良い巣を見つけて、そこにずっと引きこもっている生き方を好む。
この習性を利用した「タコ漁(Octopus fishing)」のやり方は、かなり古くからあるようだ。

 つまり「タコ壺(Octopus pot)」と呼ばれる壺を、海底に降ろして、しばらく(例えば半日くらい)待ってから引き上げるというやり方である。
ちょうど手頃な大きさの壺は、タコにとっては住処として魅力的らしく、自分からまんまと入ってくるわけである。

 またダイバーがタコを見つけるなら、巣穴を見つけるのが早いとされているようだ。
タコは巣穴を定期的に掃除するらしく、吹き出されたゴミなどが巣穴近くに積もってたりする場合もあるという。

 それと、人にとって特に馴染み深い、食用として最もポピュラーなタコはマダコ(Octopus sinensis)とされ、特に島国である日本などでは古くから貴重な水産資源として有名。

産卵とヘクトコチルス

 アミダコ(Ocythoe tuberculata)などは、メスの体内で卵を孵化させる『卵胎生らんたいせい(ovoviviparity)』であるが、 これは例外的で、基本的にタコの赤子は母体外に排出された卵から産まれる。

 マダコの産卵は通常、メスの生涯で一度だけらしいが、産まれる卵の数は10万以上ともされている。
ただしマダコの子は、生まれてから2ヶ月ほどは無防備に漂うプランクトンなので、その時期に大量に食われまくる危険が大きい。

 たいていのタコが生涯に一度しか子を産まないのは、オスもメスも、子を産むために交わると、すぐに死んでしまうかららしい。

オスとメスのカプセルのやり取り

 オスのタコの足のひとつ(基本的に右目の根元から右回りに3本目)は、「ヘクトコチルス(Hectocotylus )」、あるいは「交接腕こうせつわん」と呼ばれる、ちょっと特殊なもの。
その特殊化した足であるヘクトコチルスは、オスかメスかを見分ける目印にもなる。

 言ってしまえば「生殖器(Genital)」であるヘクトコチルスの先端には「精莢せいきょう(spermatophore)」という、精子が詰まったカプセルがついていて、メスはそれを受け取り、自分の卵子と合わせて、受精卵を作る。
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ちなみに種によっては、ヘクトコチルスは精莢の受け渡しのさいに、ひきちぎられて、メスの体内に残ったりするという。
どうもヘクトコチルス(百のイボを持った虫)という名前は、 そのちぎられてメスの体に残った状態を見たジョルジュ・キュヴィエ(1769~1832)が、寄生虫と勘違いしてつけた名前らしい。

 タコのオスメスの、そのカプセルのやり取りで興味深いのは、相当に心拍数が落ち着いていることらしい。
カプセルの受け渡しは口で言うよりかなり難しいようで、普通に1日がかりとかだったりするらしいが、くっつき合いながらタコの男女は妙に冷静なのだという。
おそらく酸素の巡りが悪いことに関係しているのだという。
気分を高めたりなんかして、貴重な酸素を無駄遣いするわけにはいかないから、というわけだ。

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なぜさっさと死んでしまうのか

 オスは基本的に、精莢を渡すという役目を終えると、さっさと去る。
一方、精莢をもらったメスは、実際に産卵を行うまでたいてい数週間ほどかかる。
その期間、メスはどこかに隠れて卵の世話をするが、子が産まれると、後はさっさと死ぬという。

 メスはともかく、なぜかオスも、基本的にメスと交わった後は、 急速にその体にガタがくるらしく、ろくに餌をとることもできなくなって、運がよくても2~3ヶ月くらいで死ぬらしい。
オスのそれは、かなり老化現象に近いとされる。
まるで認知症のような症状を見せるタコもいて、例えばわざわざ浜辺に上がってきたりと、意味不明な行動をとったりもするという。

 また、子を産んだ後はさっさと死ぬわけだが、 そのことを考慮に入れないとしてもタコの寿命はせいぜい3~5年くらいとされている。

タコの特殊能力

カモフラージュ。体色変化と色素細胞

 タコ(というより鞘形類)の中には、非常に優れた『カモフラージュ能力(Camouflage ability)』を持つ者がいることは、古くから知られていた。
タコは、狩りをする時、また自分が捕食者に狙われている時など、状況に応じて、周囲に溶け込むための体色変化を、素早く行うとされる。
先に述べたように、タコはスタミナがないから、カモフラージュ能力は防御のためにかなり役立っていると考えられている。

 また、仲間とのコミュニケーションに使われる場合もあるらしい。
タコが色を識別できないのが事実なら、かなり驚きといえる。

 カメレオンなど、タコ以外にも「体色変化(Body color change)」をする生物はいるが、原理的にはどれもたいてい似たようなものらしい。

 生物を構成する細胞には移動するものがあるが、その移動に使われる足のような突起を「仮足かそく(pseudopod)」、あるいは「偽足ぎそく」などという。

 また「顆粒かりゅう(Granules)」とは、ごく小さな粒状の物体のことだが、生物学においては、細胞内に見られる粒状構造のことでもある。

色素細胞しきそさいぼう(pigment cell)」は、多数の(たいていは一時的な(?))仮足と、顆粒構造を持つ細胞。
この細胞はわりと色に関係していると考えられているが、特に「体色変化」に使われるものは『色素胞しきそほう(chromatophore)』と呼ばれているという。

 色素胞内の色素が集まったり、散らばったりして色を調節するのと同時に、光を反射するための板状構造も配列を調節し、その結果として、タコは体の色を見事に変える。

 鞘形類の中には、体色変化と、様々な動きやポーズを組み合わせて、かなり幅広いメッセージパターン。
つまりは、実質的な言語機能を有している種も普通にいる、と推測されたりもしているようだ。

墨の噴射。意思と関係ない防衛術

 「すみ(ink)」と呼ばれる、ねばねばする黒い液体はイカも吐くが、タコも吐く。
どちらも、鰓の間などにそなわった『墨汁嚢ぼくじゅうのう(ink sac)』でそれを生成し、必要に応じて使う。

 墨を吐き出すつつ状の部分は「漏斗じょうご(funnel)」という。
素早く移動するために、鰓から取り入れた水などをここから噴射することもあるようだ。
また、勘違いされることもよくあるようだが、口ではないとされてる。
タコの本当の口は足の根本にあり、あまり大きくはなく、餌となる魚などを食うのにも、結構時間がかかったりするらしい。

 漏斗は「ろうと」とも読む。

 墨も基本的に防御用とされるが、イカに比べると、タコのは拡散するのが早いらしく、目くらましの意味合いが強いと考えられている。
ちなみにイカのは、相手の気をそらしたりするためのデコイ的な要素が強いとされる。

 墨を吐くのはどうも反射運動のようで、意思に関係ないらしく、状況によっては自滅を招くこともある。
例えば水槽の中など狭い範囲にいるタコは、墨を吐いてしまい、それによって鰓がおおわれ、窒息死してしまうこともあるのだという。

 頭足類の墨は化学的に分解されにくいようで、キュヴィエなどは、化石から採取した墨で、絵を描いたりもしたという。

吸盤と感覚

 タコの足は、筋肉のほか神経性もかなりの量あり、 ロボットアームの理想型とされるほどに柔軟性が高いという。

 個々の足にはたいてい100を超える『吸盤きゅうばん(Sucker)』がついていて、その吸い付く力はかなり強い。

 吸盤には刺激しげきを受けとる「受容体じゅようたい(receptor)」となる細胞もかなりあって、その感触感知能力はかなり高いとされる。

 触ったものの形や硬さなどだけでなく、その匂いなども、タコは吸盤で感知できる。

再生能力。自分でなぜ食べるのか

 タコの足は基本的に再生するから、絶体絶命の時などは自らちぎった足を差し出して、捕食者から逃れたりする場合もあるという。
しかしヘクトコチルスだけは再生が不可能らしい。

 妙なことに、自分の足を食べる場合もあるようだ。
これは餌がなくなってしまった場合の行動だとする説が古くからある。
しかし研究者の間では、強いストレスを発散するための行動とする説の方が有力らしい。

頭足類の進化

 頭足類の最盛期はシルル紀(Silurian period。4億4370万年前~4億1600万年前)と考えられている。
その時代の頭足類は基本的に殻を持っていて、非常に種類が多かった。

 しかしデボン紀(Devonian period。約4億1600万年前~約3億5920万年前)になると、魚の数が増えてきて、生態的に頭足類の立場は危うくなった。

 頭足類の中に、殻を捨てる(退化させた)者が増え始めたのは、そのデボン記の頃からだったとされている。
数が増し、強力にもなってきた捕食者の脅威から逃れるため、あえて守備力を弱くして、機能性を高めたわけである。

生きるために賢くなった

 殻を失った頭足類である鞘形類の進化は、脊椎動物のヒトに似ているという説もある。
殻を失い、捕食動物に対して無防備となったが、代わりかのように頭足類は、軟体動物としては例外的に「脳(brain)」を大きくした。

 生存戦略として鞘形類は、なるべく素早く危機を「察知(perception)」できるように、「思考能力(Thinking ability)」、あるいは「判断力(judgment)」を強化したわけである。

 生きるために賢くなる進化をしたということでは、確かにヒトに似ていると言えるかもしれない。

 ヒトが持たなかった技も選択している。
体色変化のカモフラージュがそうだろう。
殻の無くなった頭足類にとっては、最大の防御手段は、体の色を変えて周囲に隠れることなのだ。
この能力の第一の理由はやはり防衛だったろうとされている。
コミュニケーションに使われたりしているのは二時的なものというわけだ。

最も賢い無脊椎動物

 タコは愚かな動物だと考えられていた。
それも仕方ないことだろう。
この生物は寿命が短く、生涯のほとんどを1匹だけで、しかも巣穴にひきこもって暮らしている。
こんな生物に、知性が必要な理由がないと考えられても無理はない。

 現在でもタコの知性に関しては、懐疑的な態度の生物学者がけっこういることも確かなことだという。

食道に巻き付いた脳

 タコの脳は、口から胃までの食道に巻き付いた構造になっているという。

 20世紀以降。
脳科学が発展したことで、タコの脳は実は、解剖学的な構造や、脳波のパターンが、哺乳類のそれと似ていることがわかってきた。
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 つまり、こういうこと。
おそらくタコの脳は、魚や両生類や爬虫類など、哺乳類以外の脊椎動物よりも複雑化しているのである。
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 さすがに人間には敵わないだろうが、タコは、犬や猫ぐらいの知能を有していると考える研究者は多いという。

高い学習能力、記憶能力。脳の左右非対称性

 脊椎動物の固有の特徴とされてきたものに、脳の左右非対称性がある。
つまり利き腕などの現象を生じさせる脳のことだ。

 実験によって、タコは基本的に左右どちらかの目に、特に頼っていることが明らかとなっている。
つまりタコには利き目がある。
これは、タコの脳にも左右非対称性があるということの根拠とされる。

 また、哲学者のヤーコプ・フォン・ユクスキュル(1864~1944)や、心理学者のルイス・チャールズ・アンリ・ピエロン(1881~1964)やフレデリック・ヤコブス・ヨハンネス・ボイテンディク(1887~1974)など、実験によって、タコが非常に高い学習能力を持つことを確かめた人もけっこういる。
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 例えばフレデリックは、一枚の白いカードをタコに近づけた。
タコは最初は怯えた反応を見せたが、15回ほど連続して見せたら、もう慌てるのはやめた。
その後5分してから、またカードを近づけたると、またタコは怯えたが、今度は6回で怯えなくなった。
さらに5分後では、2回目でもう怯えない。
明らかにタコは学習能力も記憶能力も持っているのだ。

自己認識するか

 タコに対して行われてきた大量の学習実験によって明らかになったことは、その知能の高さだけではない。

 同じ種類のタコを同じ実験にかけても、明らかに反応が異なることがあるという。
タコは個体によって、他の個体があっさり参加してくれた実験に対して、不機嫌になり、怒るばかりの反応を見せたりもする。

 こういう兆候ちょうこうは、個体ごとの個性を示しているように見える。

 ようするに、タコはおそらく自己認識を持つ。
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観察して学ぶことができるか

 20世紀も末頃には、タコの知性はさらに暴かれる。
神経学者のグラツィアノ・フィオリートなどは、タコは自分が体験せずとも、別のタコの様子を観察しているだけで、学ぶことができることまで示唆したのだ。

 1992年。
フィオリートは、餌をつけたボール(赤か白)と、それと色違いの電気ショックが発生するボールを使い、タコに学習させた(本当にタコは色が識別できないのだろうか?)。
なんとか失敗(というよりハズレ)を繰り返した後、タコはちゃんと餌をつけたボールを選ぶようになった。

 この実験が行われた隣の水槽では、単なるオブザーバー(観察者)のタコもいた。
タコは基本的に好奇心旺盛だが、そのオブザーバーのタコも例外でなく、実験を受けるデモンストレーター(実演者)のタコを熱心に観察していたという。
特にオブザーバーは、デモンストレーターの動きを真似して遊んでいるようだったらしい。

 いよいよオブザーバーにもふたつのボールが与えられると、白ボールが餌のデモンストレーターを観察していたタコは、70回中49回白ボールに突撃した。
赤ボールの場合の方はもっと優秀で150回中で129回、赤ボールを狙ったという。

 ただ、フィオリートの実験は批判的な人もけっこういるし、再現性が弱いとされる。

遊びを楽しむことができるか

 フィオリートの実験と同様に、ローランド・アンダーソンや、ジェニファー・マザーの1998年の実験も、けっこうな議論を巻き起こしたという。

 二人は、ミズダコ(Enteroctopus dofleini)をゆるやかな水流のプールに入れて、それらに向けてプラスチックのビンを流した。
すると8匹の内2匹のタコが、流れてきたビンを水の噴射で水流と逆に飛ばし、再び近づいてくるそれをまた吹き飛ばすということを、数十回繰り返したのだ。

 二人はこの実験結果に関して、明らかにタコが遊ぶことがあることの根拠だとした。
これもまた古くからの常識を破壊する考えであった。
やはり遊ぶという行為も、脊椎動物(それも比較的賢いやつ)にしか見られないことだと考えられていたからである。
ゲーム中 ゲームとは何か。定義と分類。カイヨワ「遊びと人間」より

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