プレシオサウルスか?
医者の写真について
メアリー・アニング(1799~1847)が、『首長竜(Plesiosauria)』、あるいは『プレシオサウルス(Plesiosaur)』の全身骨格を発見したのは1822年。
スコットランドのネス湖には、1000年以上前から怪物が潜んでいるという噂がある。
しかし、『ネス湖の怪物 (the Loch Ness Monster)』と称されるその生物、ネッシー(Nessie)の形状がはっきりと人々の心に定着したのは、実際にその怪物が1934年4月に写真に撮られてからであろう。
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撮影者が産婦人科(obstetrics and gynecology )の医者なのに、なぜか『外科医の写真(Surgeon’s photograph)』と呼ばれているその写真は、現在では偽物だと有名である。
なぜ偽物かというと、関係者が「潜水艦の玩具に首をつけた偽物」だと白状したからだ。
もっともこの写真は、もとから胡散臭い類のものだったので、マスコミと、マスコミの手のひらの上にいる人たち以外には、大した衝撃を与えなかったとも言われる。
外科医の写真が、古くからの伝承を、現代の伝説に変えたきっかけか。
あるいは、興味深い真実を覆い隠す、大量の嘘のひとつにすぎないかはわからない。
まあしょせん偽物なのだから、考察する意味はあまりないのかもしれないが、「ネッシーはプレシオサウルスのような見た目の怪物」というイメージを世間に植え付けただけでも、この写真は重要だと思う。
20世紀以前のネッシー
ネッシー最初の目撃例としてよくあげられるのが、『聖コロンバ伝(Life of St. Columba)』の『水獣(water beast)』である。
これはアドムナン(624~704)という人が書いたコロンバ(521~597)という聖人の伝記である。
舞台はネス湖でなく、当時ネス湖と繋がってたかも怪しいらしいネス川。
これはでも、単に湖と川を間違えただけかもしれない。
最大の問題は、この聖コロンバ伝なる話には、怪物に関して、プレシオサウルスぽい描写がないらしい事だと思う。
またこの時代の伝記に怪物が登場するのはそんなに珍しくもないし、そもそも「著者が生きてない時代に書いた聖人の伝記」なんて、その時点で怪しいと考えるべきだと思われる。
また、1872年10月。
バルネインという村のマッケンジーとかいう人が、謎の物体を見たと言う。
その物体は「水をしわくちゃに、かき回した(wriggling and churning up the water)」そうである
また、「最初はゆっくり動いていたが、消える時は速かった(object moved slowly at first, disappearing at a faster speed)」 らしい。
「その物体は丸太や転倒した船に似てた(object resembling a log or an upturned boat)」らしいから、プレシオサウルスと断定するには厳しすぎるが、スピードの緩急は生物ぽい。
医者の写真以前の写真
1933年11月12日。
犬の散歩中だったヒュー・グレイという人が、撮影した写真は、「世界最初のネッシー写真」、あるいは少なくとも「世界で最初に世間に公表されたネッシー写真」である。
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まず、犬の散歩になんでカメラなんて持ってったんだ?
と疑問にしたい所だが、多分ひょっとしたらという期待もあったのだろう。
1933年は、3月にマッケイ夫妻なる人たちが、謎の怪物をネス湖で目撃してから、怪物の目撃ラッシュが起きていた、いわばブーム真っ只中だったのである。
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グレイの写真はそもそも不鮮明で、本物か偽物か以前に何が写ってるのかよくわからない。
しかし1963年に、動物学者のモーリス・バートン(1898~1992)が、グレイの写真を詳しく調べたところ、「個性的なスタイルで(水の)表面を転がるカワウソ(otter rolling at the (water)surface in characteristic fashion)」だったらしい。
また1933年から、怪物がよく目撃されるようになった理由としては、ネス湖周辺に道路が整備されたからだと、よく言われている。
これまでの、世界中のネッシーマニアたちによる記録漁りによって明らかになっている事実の1つは、1933年以前にもネス湖で謎の生物の目撃報告はあるが、それはまず確実にプレシオサウルス型ではないこと。
そういう怪物としてのネッシーのイメージは、1933年に大ヒットした映画「キングコング」の、恐竜(ディプロドクス)の描写の影響があるのではないかという説もある。
陸での目撃
1933年7月22日。
ドライブ中のスパイサー夫妻が怪物を見たのは、なんと道路であった。
その大きな怪物は、触手のような長い首を持ち、汚いゾウみたいな色だったらしい。
また彼らは「首が長い巨大カタツムリ(a huge snail with a long neck)」みたいだったとも述べている。
道路を横切ってネス湖に消えてったとの事。
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現在では珍しい陸での目撃談だが、本当なら、プレシオサウルスどころか、とんでもないモンスターである。
1934年1月5日。
バイクで走っていたアーサー・グラントが、長い首に小さな頭、それにヒレみたいなのがついた、小山ほどに巨大な生物が、湖に飛び込んでく姿を目撃。
モーリス・バートン曰く、アーサーが見た生物は、「外見と行動がカワウソのそれと一致している(it was consistent with the appearance and behaviour of an otter)」という。
本当にいても、信じられないなら、いない
外科医の写真は、もしかしたら作った人たちは、竜脚形類恐竜(Sauropodomorpha)のつもりだったのかもしれない。
しかし、結局「それはプレシオサウルスではないか?」という説が有名となり、世間にはそのイメージが定着した。
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実際にネッシーが白亜紀(1億4500万年前~6600万年前)に絶滅したはずのプレシオサウルスである確率はかなり低い。
仮にプレシオサウルスみたいな生物がネス湖にいるのだとしても、それはあくまでもプレシオサウルスに似た生物にすぎないだろう。
外科医の写真以降、陸での目撃があまりなくなった理由は、多分そのプレシオサウルスっぽいイメージゆえだと思う。
でなければ、もっとカワウソを怪物と間違える人も多かったのではないだろうか。
最大に厄介な点が、やはり偽物の写真によって、ネッシーはプレシオサウルスみたいな生物というイメージが広まった事だと思う。
我々の思い込みや先入観というのは本当に制御が難しい。
その事を知ってる理性的な人たちには、結果的にネス湖にいるかもしれないプレシオサウルス的な何かが胡散臭く思えてしまうのではないだろうか。
ほんとにそういう生物がいるとしても。
ネス湖とは?
ネス湖は、スコットランド北部のハイランドにある。
ハイランドの中心都市であるインヴァネスから、南西伸びる、『淡水の湖(freshwater loch)』。
その表面は海抜16メートルほど。
周囲の土壌が『泥炭(Peat)』を多く含んでいる影響で、水はかなり濁っている。
湖の端から端まで直線にして最大の長さが36kmほど。
その南端は『オイホ川(River Oich)』と、『カレドニア運河(Caledonian Canal)』の一部から『オイホ湖(Loch Oich)』へと通じている。
北端は『ボナ海峡(Bona Narrows)』から『ドッチフォア湖(Loch Dochfour)』へ通じている。
一方、幅は最大で2.7kmほど。
平均的な水深(Average water depth)が132m。
最大水深(Maximum water depth)が227m
また、オイホ湖にもネッシーと同種と見られる生物の目撃証言がある。
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ネス湖に関わらず、スコットランドの湖に怪物が生きているなら、それはわりと最近に、そこに住み着いたのだろうと考えられている。
少なくとも1万8000年前くらいまでは、この辺りには氷河期の影響が強くあって、今ある湖は全部氷河に閉ざされていたはずだからである。
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音波による調査
探知されたふたつの物体
1968年8月。
バーミンガム大学電子工学部のゴードン・タッカー率いるチームが、ネス湖のほとりの『アーカート城(Urquhart)』近くの水中に『音波探知装置(Sound wave detection device)』を設置した。
装置の設置から数日間は何事もなかったが、8月28日16時30分頃に、興味深い現象が起きる。
大きな物体が、岸から0.8kmほど離れたエリアで、水中を上昇したのである。
装置の反対方向、斜めに進むその速度は秒速3mほど。
上昇の速度は秒速0.5mほどだったらしい。
それから物体は、13分ほど、一定の深度を保ちつつ、進行方向や速度を変えながら音波探知の圏外へと消え去ったという。
さらに面白い事に、実はこの動き回る物体が消えるまでの間に、第二の巨大物体が、桟橋から0.5kmくらいのエリアを秒速2mほどの速度で移動しているのが探知されている。
あまり速くはない
「これは、ネス湖の怪物の水中での動きを捉えた初めての記録だ」
タッカーと共に装置を管理し、バーミンガム大学に戻ってから記録フィルムを入念に調べたブレイスウエイトは自信を持って述べたという。
本当にそうだろうか?
その速度から、いずれの物体も生物のようだと言われる事もある。
しかし捉えられた物体が生物だとして、その泳ぎの速度は、水生生物としてそんなに優れてはいないと思われる。
参考までに、シャチは秒速20mくらい。
ホオジロザメは秒速12mくらい出せるらしい。
第一の物体に関しては、さらに動き方が複雑な事から、何らかの複数の生物の集合とは考えにくいという意見もある。
逆に単純な動きの第二の物体は、単純に魚の群れの可能性が高いと言われる。
怪物はどれほど珍しいか
視界の悪いネス湖において、音波を使った調査はゴードンらが初めてなわけでも、最後でもない。
より注目するべきは、このような調査はいずれも、成功率、つまり怪物らしき物を捉えられる確率が低く、しかも調査期間の内に1回か数回程度しか成果を上げれない事かもしれない。
人は失敗を恐れるものだ。
金と時間をかけ、調査したものの、怪物でなく魚の群れの影を捉えただけなんて、信じたくないであろう。
そこで、あれはもしかして、これはもしかして、というような心理状態が、つまらない検討違いを引き起こしている可能性はある。
一方で、これは単に怪物は、ネス湖に大量にいるわけではないという事を示しているだけかもしれない。
ネッシーの正体
オオナマズ説
魚の大群を、何らかの巨大生物に間違えるよりも、そこそこ大きな生物を、かなり大きな生物と間違えてしまう方がありえそうに思える。
よく言われるのがナマズ(catfish)である。
ネス湖には、3~4mくらいに達するヨーロッパオオナマズ(Silurus glanis)という種が生息しているらしい。
形態的に、直接の目撃は厳しいかもしれないが、音波探知の誤認に関しては、こいつの可能性が高いのではないだろうか。
ネッシーがいない根拠として、巨大生物を養うだけの餌がないなどという指摘がされる事もあるが、ヨーロッパオオナマズの存在は、少なくともそのくらい(3~4m)の生物なら、ネス湖に生息出来るのだという完全な証拠でもある。
仮に4mくらいのサイズのプレシオサウルス(みたいなの)がネス湖にいるなら、興奮した目撃者の過大評価として、倍の8m程度のネッシー像が作り上げられる事はありえると思う。
また、餌が足りないという指摘は、ネッシーの食性もわかっていない現状では、ちょっと微妙だろうという意見もある。
霊的な存在説
なぜか様々な(ネッシーのような未知動物を含む)オカルト現象を信じる人たちには、根拠もなくジャンルに線引きしてる人が多い印象。
つまり、幽霊もネッシーも信じてる人には、なぜか幽霊は物理法則が通じないような存在なのに、ネッシーはそうではないと決めつけてる人も多い。
仮に霊のような存在があるなら、ネッシーを生物でなく霊だと考えてもよいはず。
むしろそういうふうに考えた方が、様々な疑惑や矛盾を無視しやすいし。
個人的には、怪しさは否めなくとも、「プレシオサウルスの幽霊」というアイデアには不思議な魅力を覚える。
ただし、やはり多くの真面目な未確認動物研究者には、このようなオカルト説はナンセンスだと考えられやすい。
ネス湖は未知の世界か?
ネッシーが爬虫類(reptiles)や哺乳類(mammals)なら、肺呼吸のはずだから、もっとハイペースで水面に顔を出すはず。
だからネッシーは両生類(amphibians)か、あるいは魚類(fishes)だという説もある。
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たまには生物の方でなく環境の方を考えてみてはどうだろう。
ネス湖は、実は我々の叡知が今だ及ばぬ、特殊な領域。
あるいは特殊な領域があり、その恩恵により、ネッシーなる生物は生きているのだと。
例えば湖の底に、呼吸が可能なギミックが備わってるとか。
今のところの結論
いずれにしても、これまでの数多くの目撃事例が示しているのは、ネッシーがプレシオサウルスみたいな生物である事。
水面に顔を出すのはごく珍しいという事。
また一方で、これまでの数多くの調査や研究成果は、「ネッシーは幻にすぎない可能性が高い」と示している。
だからもしネッシーがいるなら、それはおそらくプレシオサウルスよりもずっとトンでもない化け物だろうと思われる。
もしくはネス湖は異次元か。