「電気の発見の歴史」電磁気学を築いた人達

電気実験

目次

電気を捉えた人達

ウィリアム・ギルバートの磁石論。なぜ方位磁石が北を向くか

 エリザベス1世(1533~1603)の侍医を任されるほど優れた医者でもあったギルバート(1544~1603)は、物理学者としての名声も大きかった。

 1600年。
ギルバートは『磁石論(De Magnete)』という本を公表するも、ラテン語で書かれていた為か、母国イギリスにおいてはあまり人気でなかった。
しかし、シモン・ステヴィン(1548~1620)、ガリレオ・ガリレイ(1564~1642)、ヨハネス・ケプラー(1571~1630)といった当時のヨーロッパ有数の頭脳達の間では、事情は違っていたも言われる。

 ギルバートは磁気を非常に重要視していた。
 彼は、方位磁石が北を向くのは、地球内部の磁気が原因だと考えた。
プレート地図「プレートテクトニクス」大陸移動説と地質学者たちの冒険  さらに重力の正体を磁気だとして、惑星が動くのは必然だと説き、それらを最初に起動させた何者かを否定すらしたという。 

 また、彼は磁気の原因は霊的な存在だと考えていたらしい。

トーマス・ブラウン。エレクトリシティの始まり

 ギルバートはまた、琥珀をこすったら発生する、物を引き付けたりする力を『エレクトリカ(electrica)』と名付け、磁気力とは違う力だとした。
エレクトリカの語源はギリシャ語の『エレクトロン(琥珀)』からである。

 そして『electricity(電気)』という言葉が最初に使われたのはトーマス・ブラウン(1605~1682)の1646年の著書『プセウドドキシア・エピデミカ(Pseudodoxia Epidemica)』においてだったとされる。

オットー・フォン・ゲーリケ。帯電するもの

 真空ポンプを発明し、原子発見にも関与しているゲーリケ(1602~1686)は、電気の効率よい発生機の発明家でもある。

 琥珀などを布とかで擦ると、電気(静電気(Static electricity))が発生するのはわかっていた。
 そこでゲーリケは、その従来のやり方を繰り返す内に、電気には引き寄せる力の他に、反発する力もある事。
電気力を帯びた、つまり『帯電(Charged)』した物質に、別の物質を近づけたら、それも帯電する事などをに気づいた。

硫黄球による電気発生装置

 ゲーリケは実験を重ね、最も強く帯電しやすい物質は硫黄(sulfur. N16)だと判断した。

 ゲーリケは、硫黄を球状に固めた、硫黄球に回転軸をつけて、レバーで回転させられるという装置を開発。
1660年頃の事である。
 回転中の硫黄球に、乾いた手のひらなどで触れると、硫黄球は帯電したという。

 このような電気発生装置は、ゲーリケ以降も改良を続けられ、だんだんと扱いやすくなっていく。

スティーヴン・グレイ。シャルル・フランソワ・デュ・フェ。ガラス電気、樹脂電気

 18世紀の始め頃。
 イギリスのスティーヴン・グレイ(1666~1736) は、物質には2種類の電気があり、この2種の電気が摩擦によって分離する時に、静電気というものが生じるのだと考えた。

 グレイに影響を受けたフランスのシャルル・フランソワ・デュ・フェ(1698~1739)は、何と何をこすると、どのように電気が発生するかを調べ、やはり電気には2種類あり、片方を『ガラス電気(glass electricity)』、もう片方を『樹脂電気(resin electricity)』と名付けた。

 2種の電気は、同じ種類の電気同士は反発しあい、別種の電気同士は引き合うようだった。

ピーテル・ファン・ミュッセンブルーク。ライデン瓶

 電気発生装置のパイオニアがゲーリケなら、『蓄電(Accumulation)』、つまり電気保存装置のパイオニアは、オランダのピーテル・ファン・ミュッセンブルーク(1692~1761)である。

 その蓄電の為の装置は『ライデン瓶(Leyden jar)』と呼ばれる。
これは、ゴム板に乗せられたガラス瓶の内外それぞれの表面に、薄く伸ばした錫(Tin. N50)を張り、瓶の口はゴム栓で塞いで、そのゴム栓をくりぬいて、先端に鎖のついた鉄の棒を差し込んだもの。
 ゴム栓に突き刺した鉄の棒に、帯電した物質を触れさすと、
電気は鉄の棒を伝い、内側の錫に帯電。
そしてあらかじめ外部の錫に帯電させておいた別種の電気と、互いに引き付けあい、結果、2種の電気それぞれが維持される訳である。

 ライデン瓶はまた、ミュッセンブルークとは独立に、ドイツのクライスト(1700~1748)にも発明されているらしい。

ベンジャミン・フランクリン。プラス電気。マイナス電気

 アメリカのフランクリン(1706~1790)が電気の研究に着手しだしたのは40歳くらいの時からだという。

 1744年、スコットランドからアメリカにやってきたスペンサーという人に、電気の実験装置を見せられ、フランクリンは衝撃を受ける。
 それからというものフランクリンは、時間を作っては電気の実験を繰り返し、数年も経つ頃には、その知識はもうすっかりヨーロッパの先駆者達に並んでいたとされる。

 彼はまた、ガラス電気を『プラス電気(Positive)』、樹脂電気を『マイナス電気(Negative)』と名称変更した人としても知られている。

雷の正体

 ライデン瓶などにより観察する事が出来る、電気と、大自然の脅威である『雷(Thunder)』との間には、共通点がいくつもあった。
 どちらも光を発するし、屈折する事があるし、パチパチというよな音がするし、危険だし、瞬間的である。

 フランクリンは1752年の雷雨の日に、ライデン瓶と糸で繋げた凧を空に飛ばした。
 結果は予想通りだった。
後で回収されたライデン瓶にはたっぷり電気が貯まっていたのである。
 つまり、雷の正体は電気だった訳である。
雲「雲と雨の仕組み」それはどこから来てるのか?

方程式への道

シャルル・オーギュスタン・ド・クーロン。数学的な最初の記述

 電気の相互作用を数学的に最初に記述した最初の人は、フランスのクーロン(1736~1806)だとされる。

 彼は当時の技術では測る事が難しいとされた微小な力を測る事に強い感心を抱いていた。

 力を測る道具と言えばバネによるものがあったが、これは小さい力を測るのには向かなかった。
 そこでクーロンは、まっすぐたらした針金の先に、棒をつけて、その動き、すなわち針金のねじりを基準にした、計測道具を考案した。

 クーロンはそのねじり計で、電気の引力(gravitation)、斥力(repulsion)を調べつくし、1785年、そこにある法則を発見する。

クーロンの法則

 すなわち電気の力、クーロン力Cは、k(何らかの係数)×qA(帯電した物質Aの電気力)×qB(帯電した物質Bの電気力)÷r(物質同士の距離)の2乗なのである。
クーロンの法則
 これは『クーロンの法則』と呼ばれるものであり、物質に帯電した電気力qAやqBは、『電荷(electric charge)』と呼ばれる。

磁気力にも似たような法則

 クーロンはまた、例によってねじり計を利用し、磁石の磁極(magnetic pole)、すなわちSNの別極同士が引き合い、同極同士が反発する力にも、同じような法則を見いだした。

 つまり磁気の強さVは、
クーロンの法則2
 という事になるのである。
式のmA、mBとはもちろん物質AとBの磁気の強さである。

電気と磁気の決定的な違い

 クーロンの導いた電力と磁力のそれぞれの法則は、このふたつの力の同一性を示しているようにも思える。

 しかし電気と磁気とが違う力であるという有力な証拠もあった。
 それは電気はマイナスのみの状態とか、プラスのみの状態とかがありえるが、磁力にはS極のみとか、N極のみとかいう状態がありえないという事実であった。
 マイナス電気に帯電した物質はあっても、S極のみの磁石とかは存在しないのである。

ルイージ・ガルバーニ。アレッサンドロ・ボルタ。電池の発明

 1790年頃。
死んだカエルの筋肉を電気を浴びせて痙攣させ、生物の機構も電気と深い関連があるのではないかと、イタリアのルイージ・ガルバーニ(1737~1798)は示唆した。

 このガルバーニの実験を繰り返す内に、単に二種類の金属を食塩に浸けるだけで、電気が発生する事を発見したのがイタリアのアレッサンドロ・ボルタ(1745~1827)であった。
 ボルタはこの発見を応用して、亜鉛(zinc. N30)と銅(copper. N29)を硫酸の水溶液に浸けた世界最初の『電池(battery)』を開発する。

イオンと電流

 ボルタの開発した電池は、銅の電気が流れ出る部分、すなわち『電極(electrode)』から出るプラス電気が、亜鉛の電極に流れているようだった。
 電池を使うと、亜鉛の電極部は徐々に溶けてしまい、銅の電極の周囲には、水素(hydrogen. N1)が発生しているようだった。

 そしてボルタ電池の一連の現象から、電池が機能する仕組みとして、ある仮説が立てられる。
 つまり銅と亜鉛が浸けられた水溶液中には、プラス電荷を持つプラス水素が存在している。
そのプラス水素が、まず銅の電極で、プラス電荷を銅に与え、ただの水素となる。
そして亜鉛へと流れてきたプラス電荷は、亜鉛につき、プラス亜鉛として水溶液に溶けていく。
 というような仕組みである。

 後に、そのプラス水素やプラス亜鉛は、マイケル・ファラデー(1791~1867)により、『イオン』と名付けられた。
また、電極から電極への電気の流れは『電流(electric current)』と呼ばれるようになる。
「マイケル・ファラデー」逆転人生と逸話、場を定義した物理学者の伝記

ハンス・クリスチャン・エルステッド。アンドレ・マリー・アンペール。電磁気の始まり

 電気と磁気を結びつけた電磁気学(Electromagnetism)、その真の始まりは、デンマークのハンス・クリスチャン・エルステッド(1777~1851)が1820年に、電流により磁気が影響を受ける事を示した時かもしれない。
雷「電磁気学」最初の場の理論。電気と磁気の関係  エルステッドの発表に感化されたアンドレ・マリー・アンペール(1775~1836)は、自身も電流と磁気の相互作用を確認し、これらは統一的に記述されるべきだとした。

 アンペールは、地磁気の正体は、地球内部にボルタ電池のような構造があるからだとさえ述べた。
これは現代人の視点から見ればかなり的を得ていると言えるだろう。
 
 また、実用化はされなかったものの、『電信機(telegraph)』を構想するなど、アンペールはエレクトロニクスの時代を最も早く先読みした人物でもあるという。

アンペールの法則

 アンペールは実験を重ね、直線を進む電流の周囲には、磁力が生じ、その強さは、電流から離れるごとに弱くなる事を見いだした。

 つまり強さIの電流が発生させる磁気力Hは、
アンペールの法則
 という事になるのである。
これは『アンペールの法則』と呼ばれる。

 アンペールの法則は、無限の長さの直線を進む電流を想定したものだが、そんなものは(多分)現実に存在しない。
 そこで、後にはビオとサバールという人達が、短い距離Δsを流れる(短い距離だから、組み合わせて様々な長さや曲線にも応用出来る)電流を想定した「改良版アンペールの法則」を考案している。
以下のような式である。
ビオ・サバールの法則

ジョン・アンブローズ・フレミング。フレミングの左手の法則

 アンペールはまた磁気が発生している中に電流が流れた時も、何らかの力が発生する事を確かめている。

 例えば左右に磁石が置かれた間を、直線に電流が走ったとすると、その上下に力が生じる。
 この磁気の間を電流が走った時の力で稼働する仕組みになっているのが、『モーター』とかいうものである。

 また、こういう時に、電流、磁気、発生した力それぞれが働く方向を表すのが、ジョン・アンブローズ・フレミング(1849~1945)が考案した『フレミングの左手の法則(Fleming’s left hand rule)』である。
 左手の中指と人差し指と親指を互いに直角にしたら、中指が電流の方向、人差し指が磁気の方向、親指が発生する力の方向というもの。

マイケル・ファラデー。高等教育を受けれなかった天才

 ガルバーニの生物電気や、ボルタ電池の話は、ファラデーに多大な影響を与えたという。
 貧乏な家庭に生まれ、高等教育を受ける事も出来なかった少年時代の彼の唯一の幸運は、製本職人の職につけた事だった。
 教えてくれる先生はいなくとも、知識への愛だけを武器に、仕事の合間に本を読みあさったファラデーは、やがてそうして身につけた知識を頼りに、科学の道を歩んでいく事になる。

 実は、貧乏な家庭に育ったが製本職人の職から成り上がった、電気史の重要人物として、他にベンジャミン・フランクリンもいる。
フランクリンは科学以外にも様々な分野で活躍したが、ファラデーの道は科学一本であった。
 そしてその科学の道において、ファラデーは最も大きな灯火のひとつとなった。

 人は言う。
彼の情熱にうたれ、師となった、電気分解(Electrolysis)の先駆者ハンフリー・デービー(1778~1829)の生涯最高の業績は「マイケル・ファラデーの発見」であったと。(注釈)

(注釈)ハンフリー・デービー。6つの元素を発見した化学者

 デービーは、電気分解を駆使して、ナトリウム(N11)、カリウム(N19)、カルシウム(N20)、マグネシウム(N12)、ホウ素(boron. N5)、バリウム(N56)の6つもの新元素を発見した、イギリスの化学者。
 彼もまた、貧しい家の生まれであったという事実は、アマチュア時代のファラデーの強い励みになったと言われる。

 また電気分解という言葉を考案したのはファラデーらしい。

エーテル。場の理論の始まり

 経歴的に当たり前だが、数学が苦手だったファラデー。
そんな彼の最大の武器は、凄まじい想像力による物理のアイデアだった。
 彼の時代、重力もクーロン力も、『遠隔作用(action at distance)』、つまり離れた所に及ぶ力だという考えは当たり前であった。
 だが、ファラデーは、それらの力がいずれも『近接作用(action through medium)』、隣同士のものに伝わっていく力ではないかと考えた。

 例えば音は、音源からまずは空気に伝わり、その空気から我々の耳に届く。
 ファラデーは同じようにクーロン力などが、仲介となる何か、『媒体(medium)』を通して伝わる力なのではないか、と考えたのである。
 
 その電力を伝える媒体は、やがて『エーテル』と呼ばれるようになる。
しかしそういうものが存在するとして、それは目に見えず、聞く事も出来ず、触る事も出来ない。
しかし電力が伝わるあらゆる領域にそれは確かに存在しているというようなものとなる。

 ファラデーの仮説は、『場の理論(field theory)』の第一歩であった。

電磁誘導の発見

 磁気が発生する場『磁界(magnetic field)』は電流によって生まれる。
そこで多くの人がその逆パターン、電流が磁界によって生み出される可能性を追求した。
しかし、その可能性は見事に見当違いであった。
誰が電線を磁石の側に置いても、電流は発生しなかったのだ。

 しかしファラデーは、これまた意表をついた発想を見せる。
つまり電線の周りの磁石を動かし、磁界の強さを変化させたのである。
 するとどうなったかというと見事に電流は流れ、この現象は『電磁誘導(electromagnetic induction)』と名付けられた。

電圧と電子と磁気、現在の知見

 『電圧(voltage)』、あるいは『電位差(potential difference)』は、電子発見以前の知見のみで説明するのが、非常に難しい概念である。

 まずこのふたつの言葉は、ほぼ同じ意味である。
いずれも、ある物質同士の電子バランスの差の事。

 どういう事かというと、物質というのは、原子から出来ている。
そして原子とは、原子核と電子で出来ている。
 原子には安定な電子の数があるが、その安定数より、過剰か、不足状態の場合に、電子は安定状態となるべく他へ飛ぼうとする。
 この電子の安定、過剰、不足という考え方は、原子の集まりであるあらゆる物質にも適用出来る。

 電子はマイナス電荷を持ち、原子核はプラス電荷を持つ。

 つまり、実はマイナスに帯電してるという状態は、電子の過剰状態。
プラスに帯電してるという状態が、電子の不足状態なのである。
 それでマイナスに帯電してる物と、プラスに帯電してる物を近づけると、(電位差のある)両物質が電子数の安定化を図って、マイナス(不足)からプラス(過剰)への電子の移動が発生する。
この電子の移動が電流である。
 電流はプラスからマイナスに流れるという話もあるが、単に昔の人達の勘違いである。

 磁気は、量子論の領域になってくる。
スピンという、粒子の持つ性質が関係していると考えられているが、本質的な事は現在でも謎が多い。
実用的には、電子が動く時に発生する力、と考えてあまり問題はないと思う。
量子「量子論」波動で揺らぐ現実。プランクからシュレーディンガーへ

電磁気学の完成

フレミングの右手の法則

 フレミングには、右手の法則(Fleming’s right hand rule)もある。

 これは、誘導電流(induced current)と呼ばれる、電磁誘導によって発生した電流の方向を示すものである。

 磁場内を導体(電流が流れる物質)を動かす事で、電磁誘導を誘発した場合の話。
右手の中指と人差し指と親指を互いに直角にした時に、中指 が誘導電流の方向、人差し指が磁場における磁力の方向、親指が導体の動いた方向、というもの。

ジェームズ・クラーク・マクスウェル。マクスウェル方程式

 多くの名のある科学者達が明らかにしてきた、電気、磁気、そしてそれらを伝える場。
それまでに明らかにされた、それらに関するあらゆる知見を体系的にまとめあげる仕事に、イギリスのマクスウェル(1831~1879)が取りかかり始めたのは1855年頃かららしい。
「マクスウェル」電磁気学の方程式、土星の輪、色彩、口下手な大物理学者の人生  マクスウェルは1864年に、電気と磁気の学問、すなわち電磁気学のあらゆる物理法則の関係を表す20の方程式を考えた。
 そして後には、整理されて、4つとなったそれらこそが、いわゆる『マクスウェル方程式(Maxwell’s equations)』である。

マクスウェル方程式

マクスウェル方程式
 これらの式のEが電場の強さ、Hが磁場の強さ、Dが電場の密度、Bが磁場の密度、pが電荷の密度、jが電流の密度である。
また、div(発散) とrot(回転)は、何らかの量の幾何学的な広がり方を示すようなものである。

 これらの式が表す事実は、単一の磁極は存在しえない事、電磁誘導、クーロンの法則、アンペールの法則などである。
インフレーション「インフレーション理論」ビッグバンをわかりやすくした宇宙論

オームとキルヒホッフの法則

 ゲオルク・ジーモン・オーム(1789~1854)やグスタフ・ロベルト・キルヒホッフ(1824~1887)が導いた、電気回路におけるいくつかの法則は、全てマクスウェル方程式からも自然と導けるという。

 オームの法則は、電気回路において、電流がI、導体の材質などの電気への抵抗力がRなら、電位差Vが、
オームの法則
というもの。

 キルヒホッフの法則はオームの法則を、より実用的に記述したもの。
 つまりある回路内で「流れ込む電流と、流れ出る電流の量は等しく」、かつ、「隔絶された回路内の起電力(電圧を発生させる力)と、抵抗で消費される電圧の量は等しい」という法則。
電気回路「電気回路、電子回路、半導体の基礎知識」電子機器の脈

相対性理論へ

 マクスウェルは自らの方程式から、電場と磁場の連続した波である『電磁波(electromagnetic wave)』を予言。
 またその電磁波の速度が一定不変の定数であり、しかも観測出来る光の速度と一致していたという事実から、アインシュタインは相対性理論(theory of relativity)を着想したという。

 また電磁気の知識は我々の世界を確実に一変させた。
電磁気を築いた人達とは、まるで夢の運び手のようである。