細菌。病気の原因としての微生物
通常は目に見えない『微生物(microorganism )』という存在を、「顕微鏡(microscope)」にて初めて確認したのは、メガネ職人であるアントニ・ファン・レーウェンフック(1632~1723)だったとされている。
レーウェンフックの時代。
「病気(sickness)」や「腐敗(corruption)」という現象は、蒸気の中にある毒のせいとか、悪魔の悪戯とか、惑星の動きの影響とかにされがちだった。
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そのような古い見解が大幅に塗り替えられるきっかけとなったのは、ルイ・パスツール(1822~1895)やロベルト・コッホ(1843~1910)の研究成果であった。
自然発生説の否定
古くは、生物というのは無から偶発的に生じるという「自然発生説(Naturally occurring theory)」が、一般的にあった。
特に、様々な飲食物などに、カビが自然と生えてくるような現象が問題視されていたという。
パスツールは、肉を加熱処理してから、微粒子との接触を断絶することで、それが腐敗しないことを示した。
これは文字通りに、カビの原因は空気中の微生物であり、それらが無の状態では、何か新たな生物が発生したりもしない事も示していた。
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コッホの原則と病原菌の発見
コッホは1876年に、「炭疽菌(Bacillus anthracis)」が「炭疽症(Anthrax)」の『病原体(Pathogen)』、 つまり病気の原因であることを証明する。
これは、微生物が病気を引き起こすという、初めての「証拠(evidence)」であった。
コッホはある病原体を明らかとするため、以下のような四つの基準も考えている。
(1)特定のある病気に、ある一定の微生物が見出される
(2)そのある微生物を分離できる
(3)分離した微生物を、別の個体に感染させれば、同じ病気となる
(4)さらにその同じ病気の発症部から、同じ微生物が分離できる
3と4は、よくセットにされたりもする。
上記の基準は、「コッホの原則(Koch’s principle)」と呼ばれていて、後の微生物研究にも大きな影響を与えている。
コッホの原則は、実際には新しくコッホが考えたというより、彼の恩師であるヤーコプ・ヘンレ(1809~1885)の原案を発展させたものとされる。
また現在では、コッホの原則を満たさない病原菌も多く発見されている。
細胞生物
初期に発見された病原菌はどれも、『細菌(Bacteria)』と呼ばれるものだった。
細菌は、「細胞壁(Cell wall)」に囲まれた「細胞質(Cytoplasm)」の中に、DNA構造を持っている。
つまり目に見える生物の細胞と同じような構造となっている。
ただし、 目に見える生物のほとんどが、複数の細胞が共存し合う多細胞生物であるのに対して、細菌は単細胞構造が普通。
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細菌は、基本的に細胞一個が自立している存在で、自身の生存に必要な全てのタンパク質を自力で代謝する。
古くは多細胞生物に比べて単細胞生物は単純というイメージがあったが、実際には一つの細胞で生きなければならない単細胞生物のそれは、一個の細胞として見た場合、むしろ複雑な傾向にあるともされる。
より小さな存在、ウイルス
コッホ以降、病原体の細菌は次々と発見されていったが、「天然痘(smallpox)」、「麻疹(measles)」、「おたふく風邪(mumps cold)」、「風疹(rubella)」、「インフルエンザ(influenza)」など、 よく研究されているにもかかわらず、なかなか「濾過フィルター(Filtration filter)」などに原因微生物がひっかからない例も多かった。
単純に、より小さな細菌と考える人が多かったようだが、実際の原因は、新たな分類であった。
タバコモザイク病の感染研究
今は害ばかりの嗜好品としてよく知られるタバコ(Nicotiana tabacum)の葉に、モザイク状の斑点ができて、成長が妨げられてしまう「タバコモザイク病(Tobacco mosaic disease)」というのがある。
そのタバコモザイク病に関して、まずアドルフ・エドゥアルト・マイヤー(1843~1942)という人が、病気の葉を、健常な葉に擦りつけることで、それが感染することを示した。
さらに19世紀も末頃。
マルティヌ・ベイエリンク(1864~1920)が、フィルターに引っかからないその微小な病原体の物質が、分裂する細胞の中で「培養(culture)」できることを確認。
さらに植物に感染させた場合は、いつでもその病原性を再現できることも示す。
ベイエリンクは、 その微小な病原体は 何らかの新しい生物であると考え、それをラテン語で毒という意味の『ウイルス(Virus)』と呼んだのだった。
ウイルスは、小さすぎるためにその構造はかなり謎に包まれていた。
だが1939年に、「電子顕微鏡(electronic microscope)」が発明されたことで、その解明もかなり進んだ。
ウイルスは生物か否か
細胞はよく、生物の最小単位と言われることもあるが、そうだとすると、細胞構造ではないウイルスは生物ではないということになる。
ビリオン、カプシド、ウイルスゲノム
ウイルスの構造は、全体としては『ビリオン(virion)』と呼ばれる。
ビリオンの構造を包むような『カプシド(capsid)』という外殻は、「カプソメア(capsomere)」という「タンパク質(protein)」ユニットで構成されていて、 ウイルスの種類によって様々な形状パターンがある。
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ウイルスは細胞はないが、カプシドの中に遺伝子情報をコードしたゲノムは持っている。
ゲノムがDNAか、RNAかは種類によって異なっている。
基本的にウイルスのサイズは20~300ナノメートルくらいとされていて、これは細菌の数百分の一くらいとされている。
ただ時には、「ミミウイルス(Acanthamoeba polyphaga mimivirus)」のような、小さな細菌よりも大きいくらいの巨大ウイルスも発見されたりしている。
他者に依存する偏性細胞内寄生体
「生態(Ecology)」的にウィルスの大きな特徴の一つは、単独で生存を維持できないことであろう。
単独で生きる細胞は、タンパク質を作る「リボソーム」、エネルギーを作る「ミトコンドリア」などの様々な「細胞小器官(organelle)」と呼ばれる構造を持っている。
それらのないウイルスは、生きるために、生きた細胞に感染する必要があるわけである。
ウイルスの細胞への感染は、いわば細胞に対する侵略であり、それらの細胞小器官を、自分たちのために勝手に利用する行動である。
そして、利用された細胞は、基本的には寿命を縮めることとなる。
つまりウイルスは、自身が単独では増殖できず、他者の細胞内でのみ増殖可能な『偏性細胞内寄生体(obligate intracellular parasite)』である。
ウイルス以外の偏性細胞内寄生体としては、「リケッチア(Rickettsia)」や「クラミジア(Chlamydiaceae)」、「ファイトプラズマ(Phytoplasma)」などが知られている。
いかにして我々を支配しているか
植物細胞、動物細胞、それぞれの方法
細菌や植物の細胞には、動物の細胞は持たない細胞壁というシールド構造がある。
「植物細胞」構造の特徴。葉緑体、細胞壁、大きな液胞、
それらに感染するウイルスは、細胞壁の隙間から侵入したりもするが、植物の液を吸う昆虫などを媒介として利用することもある。
感染に成功するとウイルスは増殖し、「原形質連絡(Plasmodesma)」という細胞同士で分子をやり取りする経路を使い、多細胞に広がっていく。
動物に感染するウイルスは、『受容体(receptor。レセプター)』と呼ばれる、外部からの刺激を受け取り、情報として取り込む機構を利用するとされる。
細胞により、発現するレセプター分子は限られていることもあり、さらにウイルスにより、対応するレセプターも異なる。
これはよく、鍵穴に例えられる。
ある鍵穴(レセプター)に対応する鍵のウイルスが、細胞内へと侵入できるという感じだ。
細胞のレセプターに結合したウイルスは、細胞内に入れたカプシドから、自身のゲノム(DNAかRNA)を放出する。
ウイルスゲノムは、あたかも元からその細胞内に存在していた DNAやRNAかのように振る舞い、細胞小器官を利用して、自らを複製したりする。
そうして数を増したウイルスは、細胞膜から静かに出て行くこともあるが、宿っていた細胞を突き破って死なせてしまうことも多い。
逆転写するレトロウイルス
有名な「HIV(Human Immunodeficiency Virus。ヒト免疫不全ウイルス」などは、RNAタイプに属する『レトロウイルス(retrovirus)』と呼ばれる類のウイルスである。
普通、DNAの塩基配列を基準とした「転写産物「transcription product)」とも呼ばれるRNAを合成することを「転写(Transcription)」と言う。
レトロウイルスはその逆、RNAからDNAを合成を促す「逆転写酵素(reverse transcriptase)」を有している。
レトロウイルスは実に巧妙な方法を使う。
合成したDNAを「インテグラーゼ(integrase)」という酵素により、細胞側のDNAに組み込ませるのだ。
この『プロウイルス(provirus)』と呼ばれる、組み込まれた状態は、実質的な保管状態を維持することができ、細胞分裂の際に、組み込み先のDNAと一緒に複製されていく
バクテリオファージとの共存
細菌をターゲットにするウイルスを『バクテリオファージ(bacteriophage。細菌を食らうもの)』、あるいは単にファージと言う。
ファージの中には、特に、宿主の代謝を強くする遺伝子を持っている場合もある。
ウイルスは宿主の小器官などを利用するから、働きすぎると宿主自身がすぐに弱ってしまう。
だがすぐに死なれては困るということで、あえて宿主を(自身の影響から)助けるウイルスもあるわけである。
細菌を介して、 目に見えるサイズの生物と共存関係を作るファージもある。
例えば、ある種の「アブラムシ(Aphidoidea)」と共生している「ハミルトネラ菌(Hamiltonella defensa)」に寄生しているファージの放つ毒素が、アブラムシにとって天敵のハチへの防御になっていたりする。
地球の生態系までもコントロールしているか
ウイルスは、生物として考えた場合は、この地球上で最も数が多く、多種多様と考えられている。
海洋にも凄まじい数が存在しているが、その多くはファージとされる。
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海における食物連鎖の最下層には、大量に漂う植物プランクトンがいる。
ファージ(ウイルス)は、まるで何者かのコントロールの道具であるかのように、プランクトンに適度に感染して、それに関連するあらゆる集団の状態や、相互作用に関わっている。
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さらにウイルスは時に、(もちろんまず間違いなく偶発的に)宿主から持ち出したDNAの断片を、別の宿主のDNAに与えたりすることもある。
このような、持ち出された遺伝子のウイルス間での受け渡し行為は『ウイルスの遺伝子配合(viral sex)』などと呼ばれるが、これは海洋では、特に盛んに行われているという。
ウイルスによって伝播されてきた遺伝子が、新たな宿主にとって有益な場合も稀にあり、そうなった場合はもちろんその形質は種の中に広まったりする。
ウイルスは、我々(ウイルスが寄生する対象)の進化をもコントロールしているかもしれないわけである。
ウイルスはいつからいたか
ウイルスの起源に関してはかなり謎だが、いくつか有力とされている説もある。
まず、ウイルスは(おそらくは40億年ほど前に誕生した) 最初の地球生物だったという仮説。
その最初の頃には自立できていたのが、そのための能力を失い、現在のような寄生物質になってしまったという推測である。
それに、遺伝物質としてRNAのみが利用されていた、原始的な細胞時代に、RNAの一部がタンパク質の殻をまとい、感染性が発生してきたという説。
RNA細胞のいくらかが、複雑化していく他の細胞を上手く出し抜くような進化をして(イメージ的には、あえて退化して)ウイルスが誕生したという説もある。
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いずれにしても、ウイルスは基本的に生物ではないと考えられているにもかかわらず、分類学における三つの基本ドメイン、「古細菌(archaea)」、「細菌(bacterium)」、「真核生物(Eukaryota)」と共通する祖先、「LUCA(Last Universal Common Ancestor。全生物最終共通祖先)」からの系統という見方が強い。
これは、各ドメインとウイルスに共通の特徴などが認められがちだからである。