アカンバロの恐竜土偶、カブレラストーン、謎の足跡「恐竜のオーパーツ」

河

創造論者は進化論をどう否定するか

聖書の記述の根拠としての、恐竜の生きていた年代

 基本的に古生物がどのくらいの時代に生きていたかは、その化石がどのような地層で見つかるかが参考にされる。
恐竜が中性代の生物と考えられているのは、その化石が中性代の地層で見つかるからだ。
恐竜 「恐竜」中生代の大爬虫類の種類、定義の説明。陸上最強、最大の生物。
 どうも、恐竜のような生物がかつて存在していたということに疑いを抱くよりも、恐竜が本当に中性代という時代にのみ、この地球上に存在していたという仮説に疑問を抱く人が多いようである。
言いかえるなら、恐竜なんて生物は実は地球のいつの時代にも存在していなかったと信じてる人よりは、 実は恐竜は中性代という時代のみに存在してた生物ではないと考える人の方が多いらしい。

 とりあえず、恐竜はちゃんとこの地球上に生きていたが、中性代の末期に絶滅してしまったという通説が、一番可能性が高いことは間違いない。
隕石衝突 「恐竜絶滅の謎」隕石衝突説の根拠。火山説の理由。原因は場所か、生態系か。
しかし仮に、その通説が間違っているとしよう。
普通の人からしてみれば、おそらく恐竜が実際にはいつの時代に生きていたかということなど、興味深いことではあっても、重要な問題ではない。
しかしいわゆる「創造論者(creationists)」、ようするに聖書の記述を信じている人にとっては、それは非常に重要な問題なのだ。
なぜなら聖書を参考とした神学者たちの伝統的な計算によると、おそらくは紀元前3000~6000年くらいのどこかで、全世界規模の大洪水が起こり、ノアという人が作った方舟に乗せられた者たちを除くあらゆる生物が死滅してしまったはずだからである。
また、そもそも世界(地球?)が作られてから、ほんの数日後には人間が作られてもいる。

巨大生物との共存のシナリオ

 また、明らかに聖書は進化論と矛盾している。
ユダヤの寺院 「ユダヤ教」旧約聖書とは何か?神とは何か? 「ダーウィン進化論」自然淘汰と生物多様性の謎。創造論との矛盾はあるか
だから聖書の記述を全面的に信じている人は、基本的には反進化論者である。
さらに聖書には、巨大生物がかつてはいたような記述がいくつかあるという。

 早い話が、人間と恐竜が共存していた時代があり、しかもそれはほんの数千年前くらいのことで、ついでに数千年前くらいに一気に絶滅してるなら、創造論者にとっては喜ばしいのである。

 そこで、これまで世界中で、恐竜と人間が共存する時期があった証拠が、たいてい創造論者の学者により発見されてきた。
ただし、そのような創造論に関係するような証拠に強い関心があるのは、当然のことながら同じ創造論者の人たちである
なので間違いや不正があった場合、それを最初に発見している者も、たいていの場合、創造論者らしい。

(注釈)真実を語っていない聖書

 一応、誤解なきように書いておくけど、聖書はたいていの場合、矛盾しているというよりも、何も言ってない。

 例えば、聖書の創世記の記述には、まるで1週間で神様がこの世界のほとんどを作った、というように書かれているが、ここでは、1日のはっきりとした長さは示されていないらしい。
だとするとその1日は、とてつもなく長い時間かもしれない。
そういうふうな感じに、ちょっとばかり通説と異なった解釈をしていけば、聖書は進化論とさえ矛盾しないという人がいる。

 問題は聖書が、地球のプレート構造とか、特別な道具を使わなければ見えないくらいに小さな大量の生物とか、この宇宙の銀河系構造とか、そういったことに関して全く触れていないこと。
プレート地図 「プレートテクトニクス」大陸移動説からの変化。地質学者たちの理解の方法
そんなことは当時の科学的知見を考えれば仕方がないという人もいるだろうが、そもそも生物がほとんど滅びてしまったはずのノアの大洪水以前のこととかまで記録している聖書なる書物は、なら何なのか。
霊感だか、神自身の言葉を聞いた人が書いたというなら、 当時の人たちが知らないような科学的事実を書いてても、何もおかしくはないのではなかろうか。
だが書いていない。

バラクシーの恐竜と人間の足跡

恐竜の足跡が見つかる公園

 テキサス州サマーヴェル郡グレンローズのバラクシー川付近で発見されたという例の足跡が、注目されだしたのは1960年代からという話がある一方、1930年代から議論になっていたという人もいる。
その最初のものが発見された時期自体はもっと古く、20世紀の最初の方らしい。

 これがどのようなものか簡単に言うなら、恐竜の足跡の化石なのだが、それと同じ地層に人間の足跡らしきものも見つかったために、議論になったわけである。

 1972年からここは「恐竜峡谷州立公園(Dinosaur Valley State Park)」として一般公開もされるようになった。
おそらく、このくらいからメディアに取り上げられることも多くなったのではなかろうか。

地質学者への攻撃

 実際にこの公園の区域では恐竜の足跡が多く発見されている。
しかし、いつからか、ジョン・ホイットコムやジョン・モリスといった著名な創造論者が、「全て恐竜とされているが、いくつかは人間の足跡である」と主張。
しかも彼らは、まともに相手をしない一般的な地質学者、進化論者が「自分たちに都合の悪いことを無視しているのだ」と攻撃までしたという。

 しかし、「マクファル・サイト」という発掘場所で、カール・ボウとクリフォード・ウィルソンのチームが、マスコミの前で発掘パフォーマンスを行った時は、もう多くの創造論者たちの間でも、バラクシー川の足跡は疑惑の的になっていたとされている。

 マクファル・サイトは、マクファルとかいう人の私有地らしい。

 彼らの公開発掘は一応は成功と見られたらしい。
実際に彼らはカメラの前で足跡らしき化石を発見したのだった。

 ただし現在は、彼らが発見した足跡、それまでに発見された足跡、その大半が、「基本的には人間の足跡に見えなくもない恐竜の足跡」である可能性が高いとされている。

人間の足跡を見つけるための発掘

 そもそも1982年以前から、実はそれは単に恐竜の足跡ではないかという説はあった。
足跡化石というのはそもそも柔らかい地面などに足跡ができた後 固まったものだが更に上に地層が形成される過程で、足跡は砂とかの不純物に埋もれてしまう。
発掘によってそれらの不純物が取り除かれた時、そこに足跡化石が現れるわけである。

 しかし、創造論者の発掘者はその不純物の除去作業を十分に行わないことが時々あるらしい。
なぜ除去作業を十分に行わないのかの理由は明らかで、そこに例えば人間の足跡のような、創造論に有利なものが現れることがあるからだ。
単に知識不足という可能性もなくはないが。

 カール・ボウらを信じた科学者の中には、化石どころか、おそらくはただの自然にできたくぼみのようなものを足跡化石だと判断する彼に失望したという人もいたようだから、彼の場合はほんとに知識不足かもしれない。
ちなみに彼自身、創造論者かつ考古学者で、地質学に関しては専門外であることは認めている。

グレン・クバンの調査と、歩き方の仮説

 グレン・クバンは、カール・ボウらの公開発掘よりもやや昔、1980年くらいから、バラクシーの足跡化石の調査を開始した。

 彼は純粋にその足跡化石のミステリーに興味を持って、そこでの調査を始めたようだが、結局、たいていの足跡が、ただの恐竜化石の可能性が高いことを突き止める。
いくらかの足跡が人間の足跡みたいに見えるとされた原因は、やはり不十分な不純物撤去や、場合によっては何者かがあえて部分的に削ったりしていたからであった。

 ただ、恐竜の足跡だとしたら、確かに妙なものもあった。
特に肉食恐竜のものと思われる足跡の中には、妙に細長いものもあったのである。

 クバンは、様々な恐竜の足跡化石を比べて、ある結論に達する。
肉食の恐竜は基本的に「趾行性しこうせい(digitigrade)」、つまり爪先歩きだったと考えられている。
しかし、バラクシーの細長い足跡の場合は、「蹠行性せきこうせい(plantigrade)」の、ようはちゃんと足裏を地面につけたための足跡でないかと、クバンは推測したのだった。

 これは、実は肉食恐竜が蹠行性だったというわけではなく、獲物を狙う際に待ち伏せしたりなどする時、ぴたりと足の裏をすべて地面につけたりすることも、あっただろうということだ。
二種類の歩き方の足跡が混在していたのはそのためであろう

 クバンがこの見解を発表してから、世界中の様々な発掘場所で、同じように蹠行性な歩きでつけられたと思われる足跡が報告された。
実際にどのような場面で、その歩き方が行われたのかはまだまだ謎だが、そう珍しいことではなかったようである。

ノアの洪水か。カール・ボウの本での推測

 カール・ボウらは「恐竜のオーパーツ(DINOSAUR)」という本を書いて出版したが、その本には、バラクシー側の人間の足跡が実は恐竜の足跡ではないかという有力な説が紹介されていない。

 彼は発見される恐竜と人間の足跡がどちらも、ひたすらに同じ方向に逃げているようであり、それらはずばりノアの大洪水その時の痕跡だと考えた。
さらには、発見される人間の足跡の中には、明らかに現世人類のものよりも大きなサイズのものがあり、それらはノアの洪水前に生きていた巨人族のものと推測している。

サンダルに踏みつけられた三葉虫の化石

創造の証拠博物館の目玉

 カール・ボウという人は1984年に、「創造の証拠博物館(Creation Evidence Museum)」などという施設を設立している。
それは文字通り、創造論の証拠となるような化石などが展示されている博物館のようで、当然バラクシーの足跡も展示されたという。

 そしてここで展示されたものでも、バラクシーの足跡と同じくらいに有名なものが、サンダルに踏みつけられたらしき三葉虫の化石である。
三葉虫といえば、この地球上に生息していた時代は、恐竜の中性代よりもさらに古い。
それが単なる足跡でなく、サンダルに踏みつけられているのだというのだから、本当だったら確かにとんでもないものだ。

マイスターの足跡。そう見えなくもないもの

 その謎の三葉虫化石は、1968年にユタ州アンテロープ・スプリングスにて、それを発見した化石収集家の名をとって『マイスターの足跡』と呼ばれている。

 マイスターが厚さ数センチほどの岩を割ったところで、サンダルらしき化石が見つかったのだが、そのかかとのあたりに3匹ほどの三葉虫の化石がついていたというわけだった。

 ただし例によってこのサンダルのような化石は、単にサンダルのような形に割れた岩であると考えるのが、最も合理的なのは間違いない。
この化石がサンダルのようだという主張の根拠は、「そう見えなくもないから」というだけのことなのだ。

恐竜としか思えないアカンバロ土偶

実業家が集めた3万個以上もの土偶

 1945年7月メキシコのアカンバロという村で、獣脚類、竜脚類、角竜類などあまり種類は問わず、様々な恐竜らしき土偶が発掘された。
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発見者は、 ドイツから移住してきた実業家のヴァルデマール・ジュルスルードであるという。
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 伝えられるところによると、ジュルスルードは最初、彼を乗せていた馬が土偶に足を引っ掛けたことでそれに気づいたらしい。
彼は地元住民を雇って、次々と土偶を掘り起こした。
また、住人たちが先に発掘したものなどを購入して集め、数年かけて3万個以上の土偶を集めたという。

放射性炭素年代測定の結果

 1968年。
地質学者のチャールズ・ハプグットは、これらの恐竜土偶のいくらかを、有機物(炭素が含まれた物質)の年代を調べる「放射性炭素年代測定(radiocarbon dating)」にかけてもらおうと、専門会社に依頼。
結果は、紀元前数千年くらいという結果であったという。
化学反応 「化学反応の基礎」原子とは何か、分子量は何の量か
 ただしこの年代測定は、有機物の年代を測るものであり、土偶の年代を測るものでないことは注意する必要がある。
測定は破壊された土偶の破片に対して行われたらしいが、それで出た結果は、素材の土の中に含まれていた有機物がいつ頃からそこに含まれていたかということにすぎない。
つまり、土偶がいつ作られたかということにはあまり関係がないと考えられる。

熱ルミネッセンス年代測定の結果

 恐竜土偶に対しては、土偶そのものがいつ焼かれたのかを計測することができる「熱ルミネッセンス年代測定(Thermoluminescence dating。TL年代測定法)」というのも、少なくとも二回は行われているらしい。
創造論者はよく、その一度目の測定結果ばかりに注目する。

 一度目の測定はハプグットの友人のアーサー・ヤングの依頼を受けたペンシルバニア大学が行った。結果は、紀元前2500年くらいというものだった。

 しかし熱ルミネッセンス年代測定というのは、かなり正確な数値が出せるとされている一方で、少しのミスが、結果を大きく揺さぶりかねないと言われる。
特に当時の技術水準ではそうだった。

 そこで二度目の測定は、最初の測定が正確であったのかどうかに疑問を持った、ゲイリー・W・カリボーとマーク・C・ハンという人たちが1976年に行ったという。
結果は、それらの土偶は1930年代か、1940年代くらいに焼かれたというものであった。

その他の土偶の謎

アカンバロの土偶には恐竜だけではなく、ゾウとかワニのような顔を持ったヒトや、翼を持つドラゴンのような土偶もあるという。
そこで、単に恐竜ぽいものを選び出して騒いでいるだけなのではないか、という仮説がある。

 恐竜土偶の特徴は、基本的にそれが発見されていた時代の恐竜の知見に基づいているようで、現代までにわかっている恐竜学の常識とは異なっている部分も多いとよく指摘される。

 また、1950年代半ばくらいに、考古学者のチャールズ・ディ・ペソ(1920~1982)は、アカンバロを調査し、土偶の発掘場所とされるところに、埋め戻しの跡を発見したことから、インチキであると推測したという。
ただしペソは、3万以上という膨大な土偶の数から、はなから疑いを持ってかかっていたようだ。
逆に彼に反論するハプグットなどは、それほど大量の土偶を、インチキで用意できるわけがないとしている。

 年代測定は基本的に恐竜の土偶のみに行われている。
確かにそれらは膨大な数だ。
だから、実際に古い土偶と、新しく作った恐竜の土偶が混在しているのかもしれない。
そうなると創造論の証拠には使えなくなってしまうわけだが、土偶自体は興味深いものとは言えよう。

カブレラストーン。恐竜が描かれた石

カブレラ博士のイカストーン

 『カブレラストーン』は1961年、ペルーのイカにて見つかった、不可思議な絵が描かれた大量の石である。
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この名前は、それらの石を収集し大量に保存した、医師のハビエル・カブレラ(1924~2001)に由来していているが、地名由来で「イカストーン」と呼ばれることもある。

 カブレラ博士は、自身がそれを発掘していたとかではなく、地元住人が見つけたものを買い取っていたとされる。
特にバジリオ・ウチュヤという人がお得意さんで、大量にそれが見つかる発掘場所も聞いていたそうだ。
ただしその発掘場所が具体的にどこなのかは、それを博士自身が誰かに言う前に亡くなってしまったから謎である。

 また、イカ州では、カブレラストーン以前に、フリードリッヒ・マックス・ウーレ(1856~1944)、フリオ・セザール・テッロ(1880~1947)、アルフレッド・ルイ・クローバー(1876~1960)、ウィリアム・ストロング・ダンカン(1899~1962)、ジョン・ハウランド・ロウ(1918~2004)といった、著名な考古学者たちが発掘調査をしているようだが、恐竜が描かれた石など見つかっていないそうだ。

不正確な年代

 1967年にはマウリシオ・ホッホシルト社が年代測定をしたが、結果は、それらの石が彫られたのは、12000年以上も前というものだった。
ただし発掘された環境がまるでわかっていないため、年代測定はかなり難しいだろうから、間違いである可能性は高いとされている。

 また、これらの石には恐竜だけでなく、外科手術や天体観測をする様子なども描かれていて、創造論とか、人間と恐竜の共存だけでなく、高度な古代文明の証拠とされる場合もある。

捏造の告白は本当だったか

 バジリオ・ウチュヤという人は、カブレラストーンは実は自分が作ったインチキに過ぎないと告白、後に撤回するということを何度か繰り返していたそうだ。

 1977年のイギリスの番組にて、ウチュヤが明かしたところによると、自宅近くで見つけた石を、金属工具を使って加工し、墨を塗ってから、動物の糞などと一緒に焼いて、古い感じに装飾しているのだという。
イングランド 「イギリス」グレートブリテン及び北アイルランド連合王国について
また、その番組の取材班がカブレラストーンを、ロンドン地質学研究所で鑑定してもらったところ、模造品という結果となった。

 石に描かれている専門的なシーンなどは、一介の農民には書けないだろうという反論もあるが、ウチュヤは新聞や漫画や雑誌などを参考にしていたらしい。
絵自体は、あまり上手くないともよく指摘されている。

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