2020年代。今の日本のSF作家たちの世界観
2020年から、世界的に様々な変化をもたらしたコロナウイルスのパンデミック。普通には、SF界に与えた影響も小さくないと思われる。
それで、おそらく、SF的未来はどんなふうに変わったか、というようなコンセプトで、出されることになった、複数作者によるSF短編集が、『ポストコロナのSF』。
『2084年のSF』はその企画第二弾的な感じ。
『2084年のSF』ポストコロナのSF
黄金の書物
古い本を運ぶ、運び屋的な仕事をすることになったが、実際は一体何を運んでいるのか、というような話。
中学校の卒業文集での将来の夢に 「世界平和」と書き、大人になった頃に、そんなもの不可能とわかった。そんな話に続き、ある本に登場した「世界平和」を達成した宇宙人の話。
現実と理想(妄想)の違いが最初にあって、最終的には、選べない妄想に迷い込む恐怖みたいな部分もある印象。
本の宇宙人が「世界平和」を達成できた理由の1つとしては、「ベストフレンド制度」というものが紹介される。
成人した日に「ベストフレンド」を選ぶ。その「ベストフレンド」側もまた自分を選んでいると、二人は生涯のペアになるが、「ペア」を作れなかったら殺される。
作中では、ベストフレンドを選ぶのに重要なのは、絶対評価でなく相対評価だ、つまり、とても仲の良い友達というより、自分以外にベストフレンドに選べる友がいなさそうな相手を見つけられるかが重要になるはず、というような考察もある。
そのかなり実用的観点と言うか、現実社会での妥協の上手いやり方みたいな考え方が、また終盤の展開の恐怖感を上昇させるのかもしれない。
オネストマスク
日本はもともとマスクするの好きな人が多いが、コロナパンデミックは、(健康な人がマスクするという考え方があまりない)他の様々な国でも、とにかくみんながみんなマスク、マスクみたいな状況を生んだ。
ただ、「目は口ほどに物を言う」ということわざがあるが、どうもこれに納得できる民族は少ないらしい。基本的に、口元が隠れていることによるコミュニケーションの難しさが色々と問題視されたから。
それで、表情に関連する神経活動を読み取り、隠れているはずの表情の変化を表示するというようなマスクが、もし開発されたら。というような話。
実際問題、社会の中で、人間関係の多くは嘘にまみれているだろう。仕事上の付き合いとか、学生でも(極端に言えば)はみ出し者としていじめられるのを避けるためとかで、嘘にまみれることは珍しい話ではないと思う。
これは、(少なくとも作中世界ではまだ大したものではないが)ある種の管理社会の問題点を描いた作かもしれない。
テクノロジーで本音が常にさらけ出されているような世界で、人間同士は今ほど上手くやれるかどうか。
透明な街のゲーム
パンデミックの外出規制の影響で、ゴーストタウンみたいな光景もわりと見られたが、そうした、たくさんの人が利用していないために、誰もいなくなってしまったかのような街についての話。
街の人はいないというより透き通っている。
群衆という塊は、結局は個人の集合。何らかの理由で人が一か所に集中すると、ひとりひとりのアウトラインが溶け合い、群衆と呼ばれるようになる。それで、主人公の誰かと、モブの見分けがつかなくなる。
科学的にはそうなる。生物的な差がなくなる。
そして、街という場は群衆からできていて、群衆は街が街であることの証明みたい。
そんな考えがちょっと興味深い。
オンライン福男選び
パンデミックで、実際には行えなかった祭りをバーチャルで行い、しかし本家とはまた別の競技として定着する。 そして それが バーチャルテクノロジーの発展とともに、そういうものに対する人々の意識の変化、身近になるとともに、そこにどんなドラマが生まれるだろうか。
システムやマシン性能、バーチャルならではな裏技を利用した戦い。
さらには、バーチャルだからこそ実現できるようなすごく大げさなコース設定。しかし無茶をしすぎた設定で、人間の認識能力が追いつかなくなってしまったり。
例えば、現在(これが書かれた時点)と同じようなネット、SNS文化が続いてるなら、毎回、非常に盛り上がってるイベントだろう。これは。
熱夏にもわたしたちは
一番普通の日常らしい作品と感じた。
ただ、《バリア水(anti-virus-liquid。抗ウイルス薬液)》なるものが社会のあらゆる場に導入されている設定で、いっそう温泉バブルみたいな。
しかし、普通の日常的。ポストコロナのある市民らの生活みたいな感じの雰囲気は一番かもしれない。
献身者たち
紛争地域や発展途上国で働く医師の、経験とか思想とか通して、 現代の世界の格差の現実を表現しているような作品。
「医学研究費の多くが先進国の富裕層のために投下されている。貧困と飢餓に苦しむ人が何億人もいる中、先進国は過食にともなう糖尿病の治療薬開発に投資しまくってる。
困っている人を助けたい、と思って医療の現場に立ったのに、送られてくる患者たちは、本人は深刻な問題を抱えてるつもりで、世界全体から見れば「困っている人」の部類じゃない」みたいな。
ドラマ要素が特に強い作品かもしれない。
COVID-19制圧のために構築したが、需要が急減してたRNAの大量生産体制。 必要なくなっても、必要な時の量が残ってしまったりすることが 、資本主義の普遍的欠陥としてまず語られる。だから、必要(需要)を作り出す必要があるとか。
作中では、癌治療にRNA医薬を使う技術が実用化された設定。患者の癌細胞を取り出し、変異を特定して狙い撃ちできるRNA配列が設計されている。
他のアイデアとして、医療施設ごとに導入できる、小規模生産用のワクチン ・プリンターとかがある。
「DNAプリンターと人工造血機を組み合わせみたいで、ワクチン配列のDNAを酵母に導入し、産生するmRNAを抽出精製、脂質に内包させてワクチンとして用いる」
仮面葬
コロナウイルスがもたらした状況が、もしも数十年ひたすら続いたら、というようなストレートの作品で、新しい形の葬儀を描いている。
葬儀の代行参加サービス。
仮面の他人が葬儀に参加するのだが、仮面表面にテクスチャーマッピングでクライアントの顔を貼り付ける。さはに仮面に内蔵したカメラとマイクで、映像や音声をクライアントと共有。 それで遠くにいながら、VRと重なったリアルで葬儀に参加できるみたいな。
砂場
光学感染というアイデアが印象的。
その伝染を防ぐためには特別なメガネやコンタクトレンズが必要みたいな。
ただ、見たもので感染し、 目の色が重要だったりするらしい。
これが現在の、我々に理解されてるようなウイルスの延長線上 の存在が原因であるとすれば、 まず思いつくのが目の構造、構成細胞を介して、 人の相対的な構造に 侵入するというような ものだろうか。
だがもしも、本当に「見る」という行為を介して感染するというようなものだとすれば、「何かを見る」というのはどういうことだろう。
粘膜の接触について
直接的に触れ合うということが基本的になくなった社会での、若者たちの性的遊びについて。
新しい文化とか概念というより、ある種の性科学的にありえそうな世界観の一例というような印象。
ただ、人と関わるためにまとう。それを介して、五感を再現した人工スキン。 これを単純に、現代社会で言う服みたいなものだと考えれば、もしもこの服なんてものがすごく不便なものだったら、というようなifにも、少し思えるか。
最終的には、人間も状況によっては、集合体としての個体生物の各要素になりえるかどうか、というような疑問も示される。
どうだろうか。
書物は歌う
SFというよりファンタジー的な印象だったが、個人的には結構好きな類の作品。
いわゆる荒廃した未来世界で人間の寿命がかなり短くなっている。
しかし、その世界観はともかく、大量の本を中に含めた図書館というものに対して、キャラは実際に見たのか、妄想にすぎないのか、巨大生物としてのそれのイメージが興味深い。
図書館は歌う。それは例えば、コウモリの超音波のような コミュニケーションの道具かもしれない。
図書館は動きもする。だけどなぜ昔の人たちは、これが動くこと、 歌うことも知らなかったか
つまり、人間たちの社会の騒音が、その活動のためのエネルギーの動きを妨害していたみたいな。
実際、図書館に限らず、人間の作った、つまり生きていないとされる何かの構造が、実は、それが誕生した時から周囲にあるだろう 人間たちの動作のせいで、生命機能を最初から停止させられている。というような考え方はアリだろうか。
少なくとも面白い考え方とは思う。
空の幽契
作中作と思われる物語の劇と、それを完成させようとする者。テーマとして関連していると思われる2つのドラマ。
特に作中作『空の幽契』は、物語というよりもほぼ世界観設定が語られるだけだが、なかなか興味深く面白い。
二十一世紀中葉の四十年間、呼吸器に炎症を起こす多様な感染症が全世界を何度となく襲った。 そんな世相が影響を与えた作。
「環境汚染と気象の苛烈化で、究極の毒性と執拗な感染性をそなえたインフルエンザが誕生し、鳥、イノシシ、ヒトがほぼ絶滅した世界」
人は生きるために、他に生き残った一部の鳥とイノシシの遺伝的性質を自分たちに導入。そうして、身体を変容させた二式人類たちが生きる未来。
カタル、ハナル、キユ
ハナルという民族と、その伝統音楽イムに関して。
時には「狂ったドレミ」ともされる、物理的機構として謎の音階。
民俗音楽の実地調査による、音楽進化論におけるミッシングリンクの探求。
おそらく架空と思われる言語に関しての考察。
少しばかりマニアックかもしれないが、現代と近い世界観のSFとして、興味深いガジェットが多いと思う。
木星風邪
木星の環境ならではというだけでなく、ある未来のパターンにおける、特殊な生き方を選んだ人間たちに起こりうる悲劇可能性。
太陽系最大の磁場に沿って飛ぶ線が、大気を満たすヘリウム分子に衝突する。そのような木星嵐。体を貫くγ線の危険。
しかし木星圏の市民は基本的に、癌化した細胞を除去する拡張免疫処置を受けている。
重要なのは問題は、体内に埋め込まれた半導体メモリ欠損と、それに伴う発作とされる。
ようするに、「〇・二ナノメートル級の微小トランジスタにγ線が当たると、百個近くの素子が死ぬ。容量にすると二〇バイトほどだが」それでもたいていは問題ないが、体内でGCE-73という小プログラムが走っていたなら話がちがってくる。
つまり「GCE-73は欠けたメモリを修復しようとするOSの機能を乗っ取り、自分自身の複製で、メモリ空間を埋め尽くし、人体通信で他のインプラントに乗り移って、同じようにメモリを複製で埋めていく」
ようするにサイボーグとなった人類を利用するタイプのウイルス。
愛しのダイアナ
これはさらに、サイバー世界観。いわゆる精神をサイバースペースに移したりする、マインドアップローディングのテクノロジーが実用化されている未来。
そんな世界で、おそらく宇宙からやってきたと思われる、量子コンピューターを利用した謎のウイルスが、その未来のデータ世界にパンデミックを引き起こしたという話。
それは現実世界の巨大サーバから、広がった。量子コンピューターにとりつくケイ素の筐体を有し、電力を使って覚醒したとも。
死を克服したはずのデータ人格が次々に死ぬことで、 事態の重大さが発覚という流れは、このサイバーパンク的世界における設定はもちろん、死とはどういうものかという疑問も示唆してるように思う。
ドストピア
ギャグ漫画か、基本的にはシリアスな雰囲気で進むものの設定がぶっ飛んでいる漫画的な。
未来世界で、裏社会の者たちに流行るタオリングなる、つまりタオルで戦うスポーツの話。
2229年、宇宙的パンデミック以降に変わった社会の影響で、というような設定だが、むしろその時代に、変わる前の社会がどういうものだったのか。
社会と、反社会的的な何か、みたいな構造が、どういうふうに残っていたか。
後香 Retronasal scape
普通には超能力的な何かを身につけているというような印象もある民族と、それに関わったある兵士の体験記録。
特殊な能力みたいな嗅覚言語。水や火によってにおいを生み出し、読み取ることに長ける。
雨は、森の空気から様々なにおいを洗い流すはずだが、土に溶けた濁った水は、それが多様なにおいを含む。その民族、アガルの民は、その風味を感じ取る。糧になりえる獣や果物の場所を探り、仲間たちで共有できる。
兵士はウイルスのために嗅覚神経を失っていたはずだった。ただし、それはアガルの民の、特有の嗅覚認識の獲得に必要かもしれないとされる。
アガルの民の歴史、始まりの伝説の話では、聖体として保存されていた第一世代が重要。それから採取された遺伝サンプルには、嗅覚遺伝子の異常が見つかったから。
受け継ぐちから
かなり未来まで、コロナウイルスのシリーズがひたすらに続いて続いたら、こうなったみたいな世界観。やはり人間はサイボーグ的というのも普通みたいでもあるが、 ここではあまり特殊なものでなく、あくまでも昔ながらの病原菌の、普通の延長線上にあるみたいな、例えばCovid‐629が登場する。
問題は、地球も離れた人々の、空間的な広がり。それが実質的にいくつもの閉鎖系世界を生んでしまって、だからこそ、 古い記録に残っているようなウイルスでも、その閉鎖系に現れてしまったら、また昔のどこかでのように流行ってしまうというような。
愛の夢
コールドスリープ。すなわち長く、しかし一時的と予定される眠りについた人類と、目覚めるまでの世界の管理、あるいは目覚めた時の世界づくりを任されていた機械の話。
機械には理解できない、愛と呼ばれた関数についての考察をどう考えるべきであろうか。
「無限を志向するその過程において、幻のように立ち現われる」とか、「寛容と誠実と平安から成る合成関数で、完全な善の定義を求めて創造され、完全な善の実現を求めて運用が開始された」とか、考え方として、ちょっと一神教を背景とする哲学世界の影響があるように思う。
愛なるものが、文明の原因的に理解されてるのもまた興味深いか。
作中でのコールドスリープは単に眠りというだけでなく、停止的な感じがする。「生体情報や意識のアルゴリズムパターンを電子データに変換して、惑星中のデータセンター内のストレージに保存」とか。
ようするにこれは、生物とか人間を、かなり物質的に捉えている世界観ぽく、その上で、人間は特別に愛を理解していたかもしれない、というような印象もある。
愛なるものを考える別のヒントは、愛を知らないがゆえに実現できた管理世界の描写だろうか。
「わたしたちの認識する世界では、入力と出力は寸分たがわず完全に一致している。 この文明では、解析と生成は同時に行われる。事象は事象のままに扱われ、事象を知ろうとするときには、わたしたちはその事象そのものに姿を変える。 そうしてわたしたちはこの惑星の観測と管理を行っている」
ここでは、自然現象のみならず、植物や動物も自然世界の要素として含まれている感があって、やはりそこは一神教哲学の雰囲気がある。
ようするに、伝統的な西洋哲学SFみたいな。
不要不急の断片
ごく短い物語がひたすら連続。
例えば以下は個人的に好きなものの1つ。
「死を記号化することでその恐怖を見えなくするという方法でなんとかやってきたところにいきなり記号化できない死が出現したが、記号化できない死として受け入れるべきか記号化できない死という記号化を試みるべきか」
深い意味が込められてるとしても、やはりどうしても短すぎて(ほとんど、もっと長い作のキャッチコピー読まされてるような気分)、個人的には微妙な印象ある。
2084年のSF
タイスケヒトリソラノナカ
未来の世界、サイバーパンク的な世界観の、ヒキコモリ問題。
仮想空間(バーチャルリアル)で生きるために(つまりそういう世界が機能し続けるために)、まだ普通の社会での、人の働きも必要な世界であり、「現実に生きていないだけ、誰にも迷惑かけてない」という言い訳は普通に難しい。
構造的には、死にたいからさっさと死ぬ方が、(倫理的なことを度外視するなら特に)上記のような言い訳もまともと言えるかもしれない。しかし、死なれるよりマシという考え方が、ヒューマンドラマという感じか。
Alisa
AIアシスタントの助けが当たり前になった日常。
シェアペットというシステムが出てくる。
多量のデータから適切なものが、ネット回線介して送られてきて、VR、ARで体験できるというような。
部屋全体が、拡張現実のためのプロジェクターというのが普通になる未来。
しかし、こうした、地球上でのネットワーク世界で、情報的な限界はあるだろうか
「ネットワークの仕組みの基礎知識」OSI参照モデル、IPアドレスとは何か自分の墓で泣いてください
サプライズニンジャ理論ネタを含めたサイバーパンク系と思う。
つまり、「物語のある場面で、いきなり忍者が登場して暴れまくる展開の方が面白いなら、本来の場面は大して面白くないのだろう」みたいなやつ。
サブカルやオタク文化と言えば、 今はけっこう、漫画やアニメや映画、あるいは音楽とかのイメージが強いかもしれないが、科学やオカルトに関する雑学的知識を好むオタクも多い。
これには、ニンジャの他、バンシーという妖精も、キャラクターとしてバーチャル世界で活躍する。
目覚めよ、眠れ
無眠社会が実現された未来で、眠りを捨てれない者が出来損ないであるような社会。
「福祉のお世話になります」がし死刑宣告同然と、とにかく、働きすぎと言われる現代日本社会が、いくところまでいってしまったような印象の世界観。
これもある種のディストピアか。
男性撤廃
基本的に、世界からほぼ完全に排除されてしまった世界観。
性科学や進化研究を参考にしていると思われるが、そういう観点に立つとこれは、男性と女性の戦いで、テクノロジーによる力業で女性が勝利したif世界と言えるかもしれない。
また、女性のみの世界が理想と考えたのは、社会の管理を任されたAIであり、この点で、この作のAIは、古典的な、優れた計算機械のイメージが強いかもしれない。
「人工知能の基礎知識」ロボットとの違い。基礎理論。思考プロセスの問題点まで 「女性と科学」メスという性、神が決めた地位、大衆向け科学のよき面R―R―
ロック音楽のネタに溢れた作品。個人的には、この短編集の中で最もよくわからないと思った作。サイバーパンク的印象もある。
「ヒトの中から自己責任みたいな、いらないかもしれない観念のみ根絶するのは、脳の働きに介入できるナノマシンでも難しい。そこで責任という観念自体が発生しないよう、ヒトの認知の在り方を変容させた。脳内報酬系の賦活状態を調整し、あらゆる行為を「される」と「させられる」という形でしか認識できなくなるように」
認識される世界に良い変化をもたらそうと、認識の原理自体に変化を与えるテクノロジー。だけどそんなふうにコントロールできるなんて、本当に死人みたいだろうか。
情動の棺
これも、拡張現実というか、現実操作のために、制御チップが人に埋め込まれるのが普通である未来。
イーコンというコントロールチップ。「頭蓋内に張り巡らされたケーブルを通し、ユーザの情動制御を行う」
パンデミック時などの人の行動の制御は精神に負担をもたらすから、その精神への負担を軽減するための方法。問題は、これが例えば洗脳とかそういうものかどうか。しかしチップ自体の機能は各自ユーザーがかなりコントロールできる、あるいはそれは性質を変化させたり奪ったりはしないから、洗脳とは違うはず。みたいな議論も。
カーテン
普通の脳の機能に異常をきたしたと思われる数学者が、証明について考え、人の知のシステムに触れてみようとするみたいな。
しかし全体的にはただ、数学的に物事を考え、論理的に理解しようと試みている時の、 心の動作やそこから創出できるようなイメージ を、ひたすら書きまくっているというような印象もある。
もちろんこの世界には様々な場があって 様々な概念があって 時に 何かの証明は 組み合わさった 状態での本質的なものを浮き彫りにするみたいな。
そんなふうな流れを実感できる証明の時が、幸福な時間というのは、数学好きな人にはあまり珍しくないのかもしれない。
見守りカメラis watching you
AIの監視や追跡をくぐり抜け、ある施設から逃げようとする。
どちらかというとAI によって変わった社会というよりも、AIはどんなふうな存在になりうるか、人間との関わりはどんなふうになるかの説みたいな。
雰囲気はなんとなくほのぼのしていて、なんというか、ゆるい感じかもしれない。
フリーフォール
個人的には、特に好きと感じた話。
これも、コンピューター、バーチャルテクノロジーが、物理世界、精神世界を拡張したような未来。
量子ネットが、思考速度を変化させることもできる時代。15秒ほどで死ぬことが決まっている状態で、高速化した思考で、スローな世界でのいくつかの出来事。
「脳に埋め込まれたナノマシンが旧式なら、量子エンタングルメントを利用した無遅延通信に対応してない」
しかし、量子ポテンシャルが利用でかるような最新版ナノマシンとは、実際どういうふうに機能しているものか
短い時間の間に長く生きる術は、停止したコマを使ったボードゲームかのような世界の動かし方も実現するかもしれない。そんな可能性も示唆されている。
春、マザーレイクで
世界規模の厄災のために、1つの島だけに生きることになった人たち。しかし島に生きていて、それ以外の地球上のことはほとんど何もわからなくなってしまっている。もしかしたら、どこかにまだ生き残りがいるかもしれない。
そういう話。
決して文明がすっかり失われてしまった世界というわけではなく、島内で完結した生活サイクルを可能にしているのは、例えば自動運転のAI漁船。それは決まった分の漁と、水質調査のために動く。
The Plastic World
自然環境を、棄てられたプラスチックが汚染する問題。 お解決するために人工的に生み出された、プラスチック分解細菌がやりすぎてしまって、プラスチックが重要な様々なものが使えなくなってしまった悲惨な状況。
ただ、特に人工的に開発されたプラスチックは、それほど大昔から人類の便利な道具だった訳ではないだろう。
一旦、社会の様々な部分は崩壊してしまうだろうが、 人類を滅ぼすまでの影響はないと考えられる。
この話でもある新素材の可能性が、未来の希望として示されて終わる。
しかし世界を滅ぼすほどでないにせよ、この作で示唆されてるように、火星とかの基地の者たちは、通信や物資を運ぶ乗り物が使えなくなってしまったところで、絶滅の危機だろう。
確かに、繋がりのあるまだ無事な世界があるとしても、自分が今生きていて、出られないような状況の場が絶望的状況である時、その時どんな気持ちになるだろうか。遭難を描いたサバイバル話とかにもちょっと近い印象かもしれない。
祖母の揺篭
人類世界の未来が暗い場合には、どうにかしてその記録を残す、あるいはそのテクノロジーのために生まれた跡継ぎたちを残そう、残したいという思想も強まるだろう。人間の知性は、なんだかんだ人間が好きなパターンが普通であるような気もする。
これは、誰かが海の生物となり、三十万人の子たちの母となり、人間の様々な記録を保管しておく図書館の役割を果たす。という計画に関連した話
海の子供たちはもちろん、特殊な人間となる。「全身を覆う薄い生体膜で、水中から酸素を取り出して血液に還元したり、寒さや水圧から身を守る。表面に並んだ色素胞や虹色素が色を変えたり光を反射することによって、声による会話の代わりもする」というような。
黄金のさくらんぼ
博物館に展示された、(それもリアルよりは未来だが)過去のある発明品に関する話。
最初、幼児や高齢者の見守り用として売り出された、 それをつけた者が、見たもの、聞いたものを記録して、後から再生もできる装置。
最初は、プライバシーの問題がありながら、防犯用として利用されていた。それはやがて、もっと個人的な人生の記録を取るため、ようするに思い出を記録するための機械として使われるようにもなっていった。とか紹介される。
至聖所
これは設定もそうだが、文体というか、雰囲気も、昔ながらのサイバーパンクに影響を受けてるような感じが強い作品と思う。
人間の記憶をデジタル映像データに変換し、深層ニューラルネットワークへ翻訳することで、言うなれば心、意識、記憶を物質的に扱えたり。
移動遊園地の幽霊たち
ネットワークで広がる情報の関して。
例えば「アポロ社はそういうメタデータこそ独占する。 過去を創造するものが、未来を支配するゆえに。インターネットや携帯電話さえ、百年前に自分たちが発明したと宣伝している」とかは、適当か、何か深い意味があるかはともかく、情報世界と物質世界の関係を四次元的に考えることを、少し示唆してくれてるように思う。
BTTF葬送
オカルト寄りと言うか、SFとして見るなら、かなり古い感じの発想の作品と思った。
映画には魂があり、その魂が有限量のために、つまり人々が傑作を忘れないために、新たな傑作がなかなか生まれなくなってしまった。というような理論。
個人的には興味深くはあるが、それは多分、個人的にサイエンスだけでなくオカルト的な話も好きだからと思う。
傑作映画ネタ(?)に関しては、自分も自分なりの映画作品の好みはあるが、絶対的評価が可能かは疑わしいと考えてる系なので、 この作品の世界観はちょっと妙とも思う。
未来への言葉
地球外の環境を利用したテクノロジーを示唆する描写がいくつかある。
運び屋が、緊急の品と聞いている荷が薬と知った時に、低重力環境でしか結晶化できない薬の話を思い出したり。
月資源がないと作れない薬、木星圏産の薬、太陽系外産の薬とか。
上弦の中獄
歴史改変未来と、宇宙生物の侵略系を合わせたような話。
歴史改変の方は、近代に中国が、眠れる獅子状態から起きた獅子となって、世界をさっさと征服してたら。というようなもので、正直、個人的には、意味があったかはよくわからない。ある秘密と関連したプロパガンダのための完全創作なのかもだが。
宇宙生物は、不死で、人食いのようである。
星の恋バナ
量子宇宙論との関連を思わせる設定が多い。
「量子論」波動で揺らぐ現実。プランクからシュレーディンガーへ 「超ひも理論、超弦理論」11次元宇宙の謎。実証実験はなぜ難しいか。 生物巨大化の方法として、「四次元の光」を利用するものが出てくる。つまり「三次元の光を遮れば二次元の影が生じ、遮蔽物が光源に近づくほどに影は大きくなるが、四次元の光においても同じ。そして四次元の光が作る影は三次元。また、三次元に無限の面積が格納されているように、四次元には無限の質量が格納されている。高次影絵は高次元領域に格納された質量を粒子幕という有限のカンバスに降ろす行為」
分厚い鼓膜は振動を音に変換できないとか、電子の通る道が長くなったことで思考速度も鈍くなってしまうというように、いくつか巨大化した場合の物理的デメリットも語られる。
巨大化の理由は謎の怪獣に対抗するため。
ビッグブロッサム(BB)という怪獣。
土壌や海水を餌にし、肉体の分子構造を変化させて高密度の縮退繭を形成し、脱皮して、巨大化するという生物。
それは結果的に、量子もつれ現象と関連した原理による、宇宙全体を理解してるような知覚を有することが示される。万物をただ万物として見ている生物。
「概念が全部横並びで、独立していると、例えば『あなた』のことを好きになっても、 『あなた』は他の全てと対等。だから『あなた』を認識するためには、他の全ての存在が『あなた』ではないことを、まず証明しないといけない」
その生物の恋愛の問題。
ただ個人的に、話というより設定で興味深いのは、常に膨張する宇宙で、人類社会も、あらゆる知的文明も、時間と共に複雑さを増し、それがつまり世界の情報量を増加させ続ける。というもの。
「彼らが巨大化するのは、膨れ上がる宇宙を記述し、悪魔の証明を行う脳の容積を確保するため。たとえ全てのことがわかっても、その判断自体に自信がなければ意味がない。どんなに知覚が進歩しても、本当に信頼できるのは、光の速度以下でしか進めない他者からの”会いたい”だけ」
量子もつれの原理はともかく、とにかくそれが無効化する世界の中の部分としての距離とかはいったい何であろうか。
宇宙の膨張が、宇宙の情報量を増やすのは、各物質の間の空間を広げるか、あるいは何もない空間を広げることで、それと関連した情報量を増やしていると考えることができるかもしれない。
しかし文明の発展が情報量を増やしているということは、単純に(特に膨張している、大きくなっていく宇宙なのだから)有限と思われるこの宇宙の中で(普通に考えるなら)有限量であろう要素群が、組み合わせによって情報量を増やしているということになる。
その情報量というのも、物語の展開的に、おそらくかなり本質的なものであろうが。そういうふうな世界観だろうか。
かえるのからだのかたち
火星に移住した地球人たちの未来、火星という星にあったかもしれない歴史。
これもまた、色々と興味深い設定が出てくる。
迷路のなかの都市となった、迷路のなかのかえる。
「溶岩チューブの奥底。三十七億年前のノアキス紀後期に、タルシス平原の三つの火山、アスクレウス山、アルシア山、パヴォニス山から流れ出る溶岩の津波が造った地形。流れゆく溶岩の表層は、大気にさらされて冷え、岩と化す。しかし中身はまだ熱がこもっている。熱いマグマは重力に従い、流れ続ける。結果としてなかをくり抜かれたような構造の岩だけが残される。崩落して穴があくことで天窓ができ、 大規模な崩落は溝状地形(フォッサ)を造る。幾世代にわたり、溶岩が流れ着き、その都度、奇妙奇天烈な地形が誕生した。 太古の流水や氷河による浸食もあいまって、ここだけにしか見られない迷路が生まれた」
その迷路が、最初に火星にやって来た人々が住み着いた場所。
また「磁気遺伝学を基盤としたバーチャル・リアリティー技術」
レトロウイルスを使って、神経細胞に神経塵(ニューロダスト)を送り、磁気活性化。さらに外部から磁場変動を起こし、細胞のイオンチャネルを操作できる。それで意識の共有が実現。
「コンピュータ・シミュレーションのなかで進化させた細胞機械セノボット」
RNA分子をメモリとし、磁場遺伝学の機能する場で重要にもなる。電磁場に生じる意識。自由に変化可能な形。
そういう方法を使って、植民都市になったとか。
混沌を掻き回す
未来の宇宙開発に関連した、ある種の戦いと陰謀の話。
日本神話と関連したいくらかの用語と計画、発想が、SF的ファンタジーな雰囲気も演出しているが、全体的にはファンタジー色は薄いか。
簡単には、太陽のエネルギーを集約し、利用するのだと考えられる、他の惑星のテラフォーミングのための機器。しかしそれはやはり、恐ろしい兵器を生むことにもなりかねない。
火星のザッカーバーグ
それぞれは短い、未来の都市伝説か、噂か、案外実現してしまったリアル話かが、次々と語られるだけ。みたいな感じだが、なかなか面白いの多いと思う。
例えば、 人類が火星に到達した時すでに先人がいたといくつかの伝説。
ある熱帯雨林のコミューン(共同体)の人たちが見つけていた超時空ゲート。
先発の自律機械群の制御部として、人の脳を移植していたが、隠蔽されていた。そして、しっかり人間の自分も失ってなくて、みずからを火星人と呼び、火星と金星と木星の領有権を主張する。 さらには探査隊のメンバーがみな人間の脳を有していないことが判明。では誰が脳を持っていて、誰が持っていないのか。
宇宙船の到着直前の、偉い人の「犬も人類に含める」理論により、調査隊より先にいた犬。そしてポーカー勝負に勝ちまくった犬は、火星どころか地球まで手に入れてしまったとか。
また、ある会話。
「いま、地球はどうなってる?」
「地球には生命が存在しない」
「えっ、人間は?」
「生命の定義が変わったので、人類は生命ではない」
……
「人格がデータ化されたということ?」
「人格というものはない」
「でも、人間には人格があるよね?」
「人格は虚構であることが証明された」
興味深くて、面白くていいと思う。