「バミューダトライアングル」怪奇現象は本当にあったか。謎は解明されたか

悪魔が巣くう三角海域

 まるで「悪魔が巣くう三角海域(demon triangle sea area)」とか表現されたりすることもある『バミューダトライアングル(Bermuda Triangle)』は、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカの三つの大陸の間にある「大西洋(Atlantic Ocean)」の一角。
地図上における、北大西洋はフロリダ半島、プエルトリコ、バミューダ諸島を結ぶ線が形作る三角の海域である。

 特に、地球上の現在位置を人工衛星からの電波により知る「gps(global positioning system)」のようなシステムがなく、レーダー技術もまだまだ未熟だった頃。
電波「電波とは何か」電磁波との違い。なぜ波長が長く、周波数が低いか離陸「航空管制の仕組み」流れの管理、飛行機が安全に飛ぶために そこを訪れる船や飛行機が、原因不明の消失を繰り返しているとして、多くの人々に噂されていた。

 別に、その海域をゆく全ての船や飛行機が、全て例外なく消えているわけではない。
消失は穏やかに晴れた日にも起こるとされることもあるが、実際には大半の事件が、天候があまりよくない時に起こっているという。

 別にオカルト的な話を持ち出さなくても、この海域は単に事故の多発地帯というだけの話かもしれない。
だがそれならそれで、なぜこのエリアでは、それほど船や飛行機の事故が多いのかは、そこそこに謎と言えよう。 

この件に関する重要な2冊の本

 この海域の謎に関して、明らかに特に重要な書籍が二つある。
チャールズ・ベルリッツ(1914~2003)の『The Bermuda Triangle(謎のバミューダ海域)』。

それにローレンス・デイビッド・クーシェの『Bermuda triangle mystery solved(魔の三角海域)』である。

 まずベルリッツの本はベストセラーになったことで、比較的マニアックなミステリーであったこのトライアングルの謎を、広く世に広めている。
そしてクーシェの本は、ベルリッツの本で語られている様々な事件について捏造があることを暴露したもの。

 どちらもそれぞれ、「信奉者しんぽうしゃ(believer)」、「懐疑論者かいぎろんしゃ(skeptics)」それぞれからよく引用されている、この件に関するスタンダードである。

 ただしクーシェの本は別に暴露本という雰囲気ではない。
これはバミューダトライアングルに関する様々な事件を、なるべく原典に近い資料を調べることで再検討しているという感じの本である。

サルガッソー海。船の墓場

四つの海流に囲まれた神秘的な海

 「メキシコ湾流(Gulfstream)」、「北大西洋海流(North Atlantic Current)」、「カナリア海流(Canary Current)」、「大西洋赤道海流(Atlantic Equatorial Current)」の四つの海流に囲まれた『サルガッソー海(Sargasso Sea)』は、西端がバミューダ諸島であり、一部、トライアングルの海域と領域が被っている。

 このサルガッソー海もまた、「船の墓場(Graveyard Of Ships)」とか「失われし船の海(Sea of the Lost Ships)」とか呼ばれている、かなり曰く付きの海。

 実際にこのサルガッソー海には、やや神秘的な要素があるという。

 まず、海流に囲まれている海ということで、岸がない海とされている。
さらに地理的に、地球上に吹く大規模な風である「貿易風ぼうえきふう(trade wind)」と「偏西風へんせいふう(prevailing westerlies)」の狭間とされるこの領域は、長期的な「無風状態(doldrums)」が印象的なエリアでもある
渦巻く風「風が吹く仕組み」台風はなぜ発生するのか?コリオリ力と気圧差 くわえて、サルガッソー海の水は透明度が高く、最大で60メートルほどの水深まで透けて見えるという。
周囲の海流は、海洋植物や堆積物をこの海に運んできて、時にはそれらがはっきり確認できたりもするらしい。

船食い植物、馬の幽霊船の領域

 サルガッソー海には、幽霊線が出現するとか、生きた植物が船を絡めとり沈めようとしてくるとかの噂がある。

 幽霊船というか、奇妙な無人船の目撃証言が多いようだ。
船を絡め取る植物に関しては、この海域の無風状態により動きを停止した「帆船はんせん(Sailing ship)」と、透明度の高さゆえに確認できる「海藻かいそう(Seaweed)」の群れが、そのような恐ろしいイメージを船乗りたちに植え付けたのかもしれない。
沈没船「幽霊船」実話か、幻覚か。ありえない発見、海の異世界の記録  また、この海の無風帯は「ホース・ラティテューズ(Horse Latitudes。馬の緯度いど)」と呼ばれている。
そんなふうに呼ばれてる理由に関しては、この海域は足止めがされやすいわりに、なかなか食料となる魚も取れないから、食料源として馬を積んでいる船が多かったためらしい。
さらにそういう馬を積んでいる船が沈没し、幽霊船となるにあたり、馬は単独でさまよっているとか、馬が幽霊船長になっているとかいう説もある。

 真相はともかくとして、おそらくそれらの噂は、トライアングルの消失伝説よりも古くから知られているから、よく関連付けられて考えられる。

 サルガッソー海での事件が、トライアングルの事件のように誤解されたりする場合もあるようだ。
あるいはトライアングルにて、船員が消失し無人となった船の多くが、サルガッソー海に流れてきて、さまよっているという説もある。

コロンブスは何を見たのか

 サルガッソー海はアメリカの海と言えるが、そのアメリカ大陸がヨーロッパの人たちに発見されたのは15世紀末とされている。
アメリカの自然「独立以前のアメリカの歴史」多文化な先住民。移民と植民地。本当に浅いか そのアメリカ大陸に最初に到達したヨーロッパ人でないかとされているクリストファー・コロンブス(1451~1506)には、すでにサルガッソー海について、その奇妙な性質に関して述べた記録があるという。

 コロンブスは、高い透明度のせいで見える大量の海藻を見て、陸地が近く、船が座礁してしまうのではないかと恐れたとされる。

 陸地が見えていないことはあまり慰めにもならない。
当時そこはまったく未知の海域であり、新しい航路を見つけるための船の旅はいつでも命がけ。
広い海には、まだまだ知られていない物理現象がいくらでもあるだろうし、とんでもない怪物だって存在しているだろうと広く信じられていたのだ。
『シーサーペント』目撃談。正体。大海蛇神話はいかに形成されたか

コンパスの狂いは奇妙か

 1492年9月13日。
コロンブスは、コンパスの針が「北極星(Polaris)」を真っ直ぐに指していないことに気づく。
さらに、その針のズレは数日広がり続け、コロンブス以外にも気づいた船員も出てきた。

 そもそも地球上でコンパスの針が真に正しい北を指すのは「まれ(rare)」とされる。
ただコロンブスの時代には、そんな事実はあまり知られておらず、コンパスの針が指す向きをズラすのは、何か自然法則を揺るがすほどの事態が生じている証拠のように考える人が多かった。

 コロンブス自身は冷静に、コンパスは北極星以外の場所を指しているにすぎないと考えただけだったらしい。
もっとも彼のその解釈は、単に船員たちのパニックを抑えるための思いつき程度のものだったとも言われる。

 実際に船では、船員たちの間に不安が広がっていて、船長であるコロンブスに、進むのはやめて引き返すように求めた者もいた。

 何よりも恐れられていたのは、陸が近く、座礁してしまうのではないか、という恐怖であったようだ。
陸の幻覚を見る者はあまりに多かった。
コロンブスは、誰かがそう言った場合に、3日以内に実際の陸が見つからなければ、陸を見たなどと言った者から、最初に見つけた陸を要求できる権利を剥奪することを宣言したほどだったという。

謎の炎と光

 コロンブス一行は、透明な海水を通して海藻を見ただけではない。
彼らは謎の炎や光も見た。
謎の光「怪火とは何か」セントエルモの火と幽霊船。古い記録のUFO。原理と謎  炎、正確には海に落ちた火の球に関しては、隕石だったのではないかという指摘がある。
これは当時の記録に残っている描写などからすると、かなり可能性は高いとされているらしい。

 では光はどうか。
こちらの方は確かにかなり謎ではあるようだ。

 10月11日。
その頃には陸が近いことを示す証拠がさらに多く出ていたから、コロンブス自身もよく見張りをするようになっていた。
そして彼は、夜の10時頃。
遠くに謎の光を見る。
幻覚を見たという部下が多かったために、自分にもついにそういうものが見えたのかもしれないとコロンブスは疑い、部下にもその光を確認させた。
そして、僚船りょうせんの部下が、陸がはっきり確認できたことで信号を送ってきたのは、光が消えて4時間後くらいだったようである。

 コロンブス自身が疑っていたように、その光は極度の緊張状態からくる幻覚だったのだろうか。
しかし光は彼の部下も見ている。
陸地が発見される少し前だったことから、そこの住人の灯した灯りだったのでないかという説などもある。

だいたい脚色されている

 バミューダトライアングルと関連する船や船員、または航空機の消失事件はいくつもあるが、たいていが誇張こちょうされてたり、 いくつか余計な手がかりが忘れられがちだとされる。

 誇張というか、脚色まじりで語られるか、あるいはかなり創作の可能性が高い話も多い。

 以下のいくつかの事件は、トライアングルと関係する中でもよく語られるものであるが、それだけに特に大げさに語られたり、脚色されたりすることも多いようだ

船舶の消失例

ロザリー号。フランスの無人船

 無人船に関しては、例えばトライアングル内にあるバハマ諸島のナッソー近海で、1840年8月に、フランスの大型船「ロザリー(Rosalie)」が、無人の状態で発見されたという。
ロザリーという船に関しては記録が乏しく、同時期に似たような船として、つづりが(特に筆記体で書いた場合)似ている「ロッシーニ(Rossini)」というのがあるから、そちらと間違われているという説がある。

 ロザリーの記録に関しては、不可思議の無人船が見つかったと言う新聞記事があるくらいで、確かに謎らしい。
ロンドン・タイムズは1840年11月6日付けで、帆が張ったまま、食料や書類、積み荷などはほぼ手つかずで残されていて、船倉せんそうに1メートルほど貯まった水以外はいたって正常な、ロザリーという名前らしいフランスの無人船が、8月末くらいに発見されたことを伝えている。
船には猫や鳥も乗っていたが、人はいなかった。
船内の状況からして、発見時点では、船員達に捨てられてからまだ数時間程度だったと考えられたそうだ。

 一方でロッシーニに関しては、やはり1840年に、ロザリーと同時期に同じルート(ハンブルクからバハマ)を航海していたが8月頃に座礁し、遺棄いきされたフランス船だという。

 ロザリーがロッシーニの間違いで、ロンドン・タイムズの記者が、その座礁の件は知らなかったとするなら、謎はかなり薄まる。
だが船内が綺麗であったことなど、まだいくつか奇妙な点はなくはない。

アトランタ号。トライアングルとは関係あったか

 1880年の冬頃。
イギリス船「アトランタ号」の航程こうてい、つまり航路の長さは5000キロほどで、その内のバミューダトライアングルの範囲は、800キロほどであった。
そしてこの船は出港後、いったいどこで消えたのか定かでないから、バミューダトライアングルで消えた船のリストに、迷いなく加えられることには違和感を覚える人もいる。

 アトランタ号は航海実習船で、乗組員のほとんどが経験の浅い実習生だったとされている。
船長はベテランであったが、彼は出発以前に、船に関して不満をもらしていたという証言もあるようだ。

 アトランタ号の足取りに関してわかっている最後の情報は、十分な食料を積んでバミューダ諸島から帰還するために出発したということ。

 未来ある若者が多く乗っていたからか、この話は当時から悲劇的に捉えられていたようで、イギリス本国では連日、報道されていたようだ。

 当時の新聞には、大西洋に嵐が続いて荒れていたこと。
おそらくはそれが原因で、アトランタ以外にも多くの船が行方不明になっていることも伝えていた。
しかし後世になると、アトランタ号以外の船や天候に関しては、あまり語られなくなっていく。
そして実際にそこで消えたかもわからないこの船は、トライアングルの伝説に加えられたのだという。

 最初アトランタ号の残骸はどこにも見つからないというふうに報道されていたようだが、その残骸を見たとか、無人となっているそれを見た、とかいう証言も後には増えてきた。
また、当時の嵐で沈没したいくつもの船のうち、残骸が見つかっていたものも結構あったようだから、そこにすでにアトランタ号のものが紛れ込んでた可能性もある。

エレン・オースティン号。人を消す船との遭遇

 1881年(とされているが、正確な時期も謎)。
(イギリス船の説もある)アメリカ船「エレン・オースティン号(Ellen Austin)」はバミューダトライアングル、あるいはそこに近い海域で、謎の無人船を発見。
調べてみると、やはりというかその船はまだまだ良好な状態であり、なぜ船員たちがそれを捨てたのか不思議だった。

 しかしこの手の話が、たいてい状態の良い無人船は奇妙だ、という話で終わっているのに対し、エレン・オースティンのこの件はさらに続く。

 エレン・オースティンの船員の内、数名がその謎の無人の船に乗り込んで、二つの船は一緒に進み始めた。
しかし不運なことに嵐に見舞われ、あるいは深い霧に包まれて、二つの船は互いを見失った。
そして数日後に、再びそれらは出会うことになったのだが、なんと船に乗っていた数名は消えていて、それはまた無人船となっていたのだ。

 この話のもっとも古い記憶は1906年に、サウス・ダコタの新聞が掲載したものらしい。
事件の時期は1891年となっているようで、その辺りははっきりしない。
ただ内容はかなり簡潔で、船員が二人行方不明になってしまった、という程度のものだという。

 上記のような詳細な話を世に広めたのはルパート・トーマス・グールド(1890~1948)という人だとされる。
彼は懐疑論者であったが、ラジオ作家でもあったため、この話はやや創作混じりかもしれないという指摘もある。

 そもそもエレン・オースティンは、どういう航路を進んでいたのかもはっきりと記録に残っていないようで、バミューダトライアングルには寄らなかった可能性も高いとされる。

 またグールドが終えた続きが語られることもある。
基本的には、再び誰もその船に乗りたいという者がおらず、仕方なく放置したという説。
あるいは、 また誰かが乗ったが、やはり二つの船は陸に着く前にはぐれてしまい、そして今度はもう二度と再び、その船が姿を見せることはなかったという説。
たいていは上記2パターンのいずれかのオチが付け足されているらしい。

 しかしもしもグールドの話が悪ふざけだったのなら、それにさらに影響を受けて、その続きを語る者たちは道化というしかない。

世界を一周した男の最後

 バミューダトライアングルで行方知れずとなってしまったという話を除いて考えるとしても、ジョシュア・スローカム(1844~1909)は、世界で初めて単独での世界一周航海を成し遂げた人物として有名である。

 1909年11月に彼は、世界一周の相棒であった愛用の小型ヨット、スプレイ号に乗って、マサチューセッツ沿岸の島を出発し、そして二度と陸に戻らなかった。
彼は南米に向かっていて、その航路にはバミューダトライアングルがしっかり含まれていた。 

 もちろんスローカムは優れた船長で、スプレイ号は優れた帆船であり、ちょっとやそっとの暴風など大した問題ではなかったはずと言われることがよくある。
一方で、スローカムももうさすがに老いて衰えていたとか、スプレイ号も古い船なので、実用的にはいまいちだったろうという話もある。

 ようするに当時の海の状況は不明であるが、あんまりよくない天候だったなら悲劇が起きたことに関してはそうおかしい話ではない。
それでなくても彼の年齢的に、病気が悪化したりして航海の途中で世を去ってしまった可能性もある。

 大した根拠はないようだが面白い説に、これはそもそも彼が姿をくらますために芝居だったというものもある。

サイクロプス号。なぜSOSがなかったのか

 1918年3月に消息を経った、アメリカ海軍の「サイクロプス号(USS Cyclops)」の話に関しては、バミューダトライアングルの謎の中でも最も重要な一つのように扱われることもある。
しかし実は、第一次世界大戦(1914~1918)がまだ続いていたということ。
それに、その年からスペインかぜ(インフルエンザ)が全世界で大流行したこともあり、当初はそこまで世間の注目を集めなかったようである。

 全長165メートルにもなる大型船であるサイクロプスは、主に石炭運搬のための船だった。

 南北アメリカ大陸の間のカリブ海域にある西インド諸島のバルバドスから出港したこの石炭船は、300名ほどの乗組員と、マンガン鉱石を乗せて、北アメリカのバージニア州ノーフォークへと向かった。
しかし、この船もまた目的地に到着することはなく、トライアングルの魔物に消し去られたのだった。

 この船の大きさならば、どんな理由で沈むにしても、問題が起こってから完全に海の藻屑となるまでに時間があるはず。
だからSOS信号が発信されなかったらしいことに関しては、この船が消えた原因に関係なく謎とされている。
もちろん多く残るはずの痕跡が残らなかったことも、それなりに奇妙である。

 真相はともかくとして結果的にサイクロプス号は、歴史上において、無線を積みながら、SOSを発信することなく行方知れずとなった最初の大型船とされている。

 アメリカの敵国であったドイツの潜水艦に撃沈されたという説もあるが、ドイツ海軍の公式記録によると、当時、サイクロプスの進んでいた海域に潜水艦は活動していなかったという。

 アメリカ海軍当局も、5月に捜索を打ち切る。
当局はサイクロプスの「復原性(Stability)」、つまり船舶が傾いた際に転覆しないで持ちこたえる力を計算。
天候が悪かったなら、マンガン鉱石が荷崩れを起こしたりして、船体が大きく傾いてしまう可能性は高かったろうと結論。
しかし、同じ頃、同じ航路を走っていた他の船からの、天候が悪かったという情報はなかった。

 一応、ありえる可能性を海軍はいくつか提案。
乗組員が反乱を起こした説。
積み荷である二酸化マンガンが何らかの化学反応で爆発した説。
アメリカ政府の一部の者、あるいは船の船長ウォーレイの陰謀で、ドイツ側に引き渡された後に沈められた説など。
しかしいずれも大した根拠はない。

 サイクロプス号はかなり確かに、現に存在する大きな謎と言える。
しかしこの船が穏やかな天候の海で消えたことに関しては異論もある。
実は当時、天候が穏やかだったのは西インド諸島側、バミューダ側だけで、ノーフォーク側、その周辺の海は嵐(でなくとも強い暴風)に見舞われていたという記録があるのだという。
海軍当局も報道機関も、無線装置を積みながら出航後一度たりとも無線連絡がなかったことから、 この船は 航海の初期の段階で行方知れずになったというイメージを持っていたから目的地側の嵐を見逃していたのでないか、という推測はできる。

キャロル・A・ディアリング号。海賊の仕業か

 1921年1月。
ノース・カロライナ州の岬近くに座礁しているのが発見された、貨物船「キャロル・A・ディアリング号(Carroll A. Deering)」の船員たちもまた、バミューダトライアングルの犠牲になったのでないかと言われることがある。

 天候の悪さにより、最初は誰もその船に近づけなかったが、2月になってようやく救助隊の人たちが、船へと乗り込んだ。
しかし、その時には人がもう乗っておらず、猫が2匹いただけ。
救命ボートもなかった。
それだけでなく、船員たちの手荷物や、衣類の大半もなくなっていて、不測の事態に慌てて逃げ出したという感じでもない。
逆に、調理台の上には料理が残っていて、急を要する事態が生じたようにも考えられた。
それに船は座礁によって破損もしていたが、そこに来るまでは良好な状態と見られた。
さらに船長室のテーブルの上には海図が置かれていたが、筆跡からして、途中から書き込む者が変わったようだった。

 ディアリング号は1920年の9月頃にノーフォークから出港。
ブラジルのリオ・デ・ジャネイロへ向かい、無事に到着もする。
そして目的地から北米への帰りの航海途中で、一時行方知れずとなり、翌年に座礁したのを発見されたわけである。

 実はこの時期、ディアリング号以外にも、アメリカ船が行方知れずになる事件が多発していたようで、海賊の仕業なのでないかという噂も流れた。
船が発見された海岸の近くで、「タンカーか潜水艦の衝撃を受けた。我々は手錠をかけられている。この手紙を拾った人はただちに本社に連絡を」などと書かれたメモが入ったビンが見つかり、この噂はかなり真面目な疑惑となる。

 このビンのメモが本物か偽物かは、当時かなり議論されたようだ。
後には発見者の人が、メモは自分が用意した偽物だったと白状した が、何らかの圧力があったのではないかと疑いを抱く人は多い。

 また、当局は、ディアリング号の後に続いていたという、よくわからない情報がある蒸気船が怪しいと考えているという節もあった。
その蒸気船とは、行方不明になったいくつかの船のひとつヒューイット号だったのでないかという推測もされた。
ロシア人の労働者組合の者が、アメリカの蒸気船の船員となり、暴動を起こして、船をソ連に引き渡す計画を立てているという噂も真実味があると考えられていたという。

 もっと単純に、猛威を振るっていた嵐が原因であったという説や、保険金目当ての船乗りたちの自作自演という説もあった。

 ディアリング号も蒸気船も謎である。
座礁された状態で発見される数日前に、ディアリング号は、その岬近くで灯台船によって目撃されていた。
灯台船の船長は、赤毛の男が「嵐でいかりを失ってしまったと陸に伝えてほしい」と叫ぶのを聞く。
船は行ってしまったが、灯台船の無線は壊れていたため、船長はさらに後からやってきた蒸気船に、伝言を伝えようとした。
だが蒸気船は呼びかけに一切応じずに去ってしまったらしい。

航空機の消失例

スター・タイガー。人間と機械を圧倒した何か

 1948年1月にトライアングルで消えたらしい「英国南米航空(British South American Airways)」に所属する旅客機「スター・タイガー(Star Tiger。Star Tiger(G-AHNP)」は、専門家から見ると細かい欠陥が目立ったようで、整備状況はあまりよろしくなかったという。
ただし乗組員はベテランそろいだったらしい。

 この旅客機の飛行経路はロンドンからキューバのハバナだった。
アゾレス諸島で、一時着陸したスター・タイガーだが、キューバまでのバミューダトライアングルを含むルートを行くには天候があまりよくなかった。
しかし向かい風が弱まったタイミングで、結局スター・タイガーは 天候が完全に回復するよりも早く飛び発つ。
同じタイミングで飛び発った別の旅館機は、バミューダの空港に無事たどり着いたが、スター・タイガーは空から帰ってこなかった。

 スター・タイガーの無線は不調でもなく、陸の基地と何度も交信をした記録が残っている。
風は予想より強く、スター・タイガーは予定の経路をずれてしまったりもしたようだが、特に深刻な異常を感じさせるような通信はなかったとされる。
しかし、通信の遅れが発生していたようではあり、本来なら無線局は、実際よりも早くに非常事態の手続きをするべきだったろうという指摘はある。

 最後の交信は午前3時15分頃で、非常事態発生とされたのは、4時50分くらいだったようだ。
しかし遅すぎたのはほぼ間違いなく、熱心な捜索にも関わらず、スター・タイガーは残骸も発見されなかった。

 天候があまりよろしくなく、飛行時間も予定より長くなって燃料が足りなくなってきていたろうから、不運な事故に見舞われてしまったことに関してはあまりおかしくない。
しかし、それならそれで、問題が発生してから無線で助けも呼ばなかったのはなぜか。

 普通に考えるなら、無線は単に壊れたのだろう。

 このスター・タイガーの消失に関して、民間の航空省は、「何らかの外的要因が人間と機械を圧倒したのだろう」と報告書に書いたが、この外的要因というのは、天候などのことをさしているのだろうが、一部ではUFOでないかと推測されたりもする。

ダグラス・ダコタDC-3便。一瞬で消えたか

 1948年12月。
プエルトリコのサンファン空港から、フロリダのマイアミへ飛んでいた「ダグラス・ダコタDC-3便(NC16002)」も、SOSを発信せずにバミューダに消えた旅客機のひとつである。

 フライトは順調で、マイアミまではあと80キロほどの距離だったという。
だがこの位置予測はミスでないかと考えられている。
当時の気象データは、ダコタDC-3がマイアミに近づきつつあった時に、風速はそのままで、風向が北西から北東に変わっていたらしい。
その事実に搭乗員たちが気づかず、ダコタDC-3は実はかなりコースをずれていたのでないか、という疑いはある。

 このダコタDC-3の話では、機長のロバート・リンクィストたちが近づくマイアミの灯りを見たという(本当に80キロくらいに迫っていたならそれほどおかしくない)場面が挿入される場合もあるが、もし同機のコースがずれていたなら、それはおかしいと言えよう。

 この事件は、ほとんど一瞬のうちに起こったとされることも多い。
マイアミの管制塔との通信が突然途切れ、目的地を目前にしていたこの機が唐突に消えてしまったというふうに。

 実際には、ダコタDC-3の送信機ははなから調子が悪かったという記録もあるようで、管制塔と最後の通信が行われた時に、この機が本当にマイアミに近かったかは、やや怪しい。

 最後の通信の時、すでにダコタDC-3は離陸から6時間ほど経っていたらしいことを重要視する人もいる。
この航空機は燃料的に7~8時間ほど飛べると考えられていたから、おそらく通信後に飛べたのは1時間半程度。
もし予想外に目的地と距離があったなら、危険は大きかったかもしれない。

 送信機はまず間違いなく最後の通信の後に故障したのだろうと考えられる。
そうでないならおそらくこの機は、何らかの原因で突然に爆発か、墜落したと考える必要があろう。

スター・エリアル。墜落はいつだったのか

 スター・タイガーには、「スター・エリアル(Star Ariel。G-AGRE)」という姉妹機があったが、この機もまた1949年1月17日に行方知れずとなっている。

 スター・エリアルはその日の朝。
バミューダのキンドリー空港を飛び発ち、ジャマイカのキングストンへと向かった。
機長のマクフィーは、飛び初めてから1時間後くらいに「予定通りに飛行中、天候はよし。通信機の周波数をキングストン側に切り替える」と連絡。
そしてそれを最後に、この機も消息を絶ってしまった。

 スター・エリアルは、すでに350時間以上飛んでいた機体で、機械トラブルの可能性は低いとみられていた。
また、どうように機長のマクフィーを初め、搭乗員たちは優秀なベテランが揃っていたし、飛行コースも彼らにとって初めてというものではなかった。
気象状況も、多少雲があったくらいで、ほんとにかなり安定していたようだ。

 ついでにこの機は、万が一のための用意もしっかりしていて、 脱出用のゴムボートに、乗っていた全員分のライフジャケット。
それに、ゴムボートには、しばらく分の食料や、自動でSOSを発信するラジオもついていた。

 最後の通信から4時間ほどが経った時。
キングストン側が、バミューダの方に、スター・エリアルからの連絡がまったくないと報告。
それから2時間後くらいには、捜索機も出された。

 スター・エリアルに何があったのかはまったくの謎だが、仮にこの機の通信機が壊れていなかったなら、おそらくは、バミューダと連絡を絶ってから、キングストンと新たに連絡を取るまで(普通なら一時間くらい)の間に、墜落してしまったのだろうと考えられる。

 機の実績的に、空中分解の可能性はかなり低いとされていたようだ。

 もっとも奇妙なことは、順調に飛んでいたならそれはそれで、この機はキングストンまでの1760キロのルートの、まだ240キロくらいの地点を飛んでいたはずであること。
通信をキングストンの周波数に切り替えるタイミングとしてはあまりに早すぎるのでないか、という指摘がある。

真相まとめ。やはり作られた伝説か

 ロザリー号やアトランタ号、スローカムの件、スター・タイガーやダグラス・ダコタDC-3便などは、大袈裟に語られる典型であろう。
これらはいくつかの情報を語らなかったりすることで、実際よりも強烈な謎として扱われやすい。
しかし冷静になって単独で見ると、別にたいして不思議でもない事件も多い。

 エレン・オースティンに関しては、実際にあった話を元にしてはいるようだが、語られる話に大きな脚色があるらしい。
ひどくなってくると、出典がそもそも創作ということもあるとされている。
もしかすると事件に関する詳細を書いた原典が不明な話は、基本的にほぼ創作かもしれない。

 脚色と言えば、多くの事例が、実は天候があまりよくない日の出来事であるのに、なぜか気象状況は良好であった、などと紹介される場合が多いことは注意すべき点であろう。
バミューダトライアングルに関するどのような消失事件であれ、「当時の天候は穏やかで晴れていた」という決まり文句は、基本的に怪しい。

 しかし他はともかくサイクロプスやキャロル・A・ディアリング、スター・エリアルの場合はどうか?
これらなどは真の謎なのではないだろうか?
だがこれらくらいに不可思議な事件は、多発しているというほどよくあると言えるかはあやしい。

 総合的に考えるとやはり、バミューダトライアングルはある程度作られた伝説にすぎないのかもしれない。

メアリー・セレスト号について

 謎の無人船の発見は、どうもバミューダトライアングルとその周辺ではよくある現象のようである。
そして、そういう話の中でももっとも有名なものと言えば、まず間違いなく「メアリー・セレスト号(Mary Celeste)」の件であろう。

 ポルトガル沖で発見されたというこの船は、多少大げさに語られることが多いものの、確かにそれなりの謎である。
発見された時、無人であったが、救命ボートもなくなっていたようだから、嵐にあったのでないかという推測がよくされている。

 そしてこのメアリー・セレスト号も、航海の経路にトライアングルが含まれていて、船員たちはそこで消えたのでないかと推測されることがある。

 しかし実際にはこの船の航路(ニューヨークからイタリア)は、バミューダとかすりもしないという指摘もある。

魔の海とは何か。日本のバミューダトライアングル

 日本の(どこの海岸からかはわからないが)東100キロほどに、古くから日本人に「魔の海(デビルズ・シー)」と恐れられている海域があるという伝説は、古くから日本人に恐れられているはずであるのに、どちらかというと日本ではマイナーらしい。

 この日本版、あるいはアジアのバミューダと呼ばれてたりするらしい魔の海に関してだが、特にアメリカでその話が広まったきっかけは、 1950年代にニューヨーク・タイムズが報じた、日本の漁船が魔の海と呼ばれる海域で事故にあったというニュースいくつかだったようである。

 実際のところ、日本の漁師はよく、天候が崩れがちだったりする比較的危険な海域を、「魔の海」とよく呼んでいたらしい。
ただいくつもある危険な海域、というくらいの意味合いでしかないが、これが海を渡って伝わるにあたり、かなり大げさに解釈され、そのままその大げさな解釈が広まってしまった、というのが真相だという。

幾何学的構造、魔の渦動はあるか

 すでに前提が間違ってるような気もするが、バミューダトライアングルと別の地域に似たような魔の海が見つかったため、もしかすると、地球上には他にも、このような消失現象が多発する領域があるのではないかという説も出てくる。

 そして航空機などの不可解な消失事件が起きた地域がいくつかピックアップされ、それらの地域自体が、幾何学的な巨大三角を構成したりしているのでないかという発想も生まれた。

 人為的なものすら感じさせる、その幾何的な構成は「魔の渦動かどう領域(Devil’s vortex zone)」などと呼ばれ、不気味な説も多く囁かれてきた。

 しかし、航空機が世に増え始めた一方、ナビシステムがまだまだ未熟だった20世紀中頃くらいまでは、航空機に関する(それに船も)原因不明の事故は今よりもはるかに多かったことは、考慮するべきである。
魔の海のように、やや勘違いされがちな地域も、他に多くあるにちがいない。

第十九編隊。バミューダ最大のミステリー

 1946年12月。
航空史上最大のミステリーにして、バミューダトライアングル最大の謎。
あるいは空のメアリーセレストなどと呼ばれる「第十九編隊」の事件は起きた。

訓練生ばかりだった

 1945年12月6日午後2時。
5機の「雷撃機らいげきき(Torpedo bomber)」からなる第十九編隊が、フロリダのフォート・ローダーデール基地から飛び発った。

 雷撃機とは、雷爆撃と呼ばれる、航空魚雷による対水上艦攻撃に特化した軍用機である。

 第19編隊の飛行の目的は訓練(あるいはパトロール)であった。
東へ250キロ、北へ60キロ飛んだ後に、その時には200キロほど離れているはずの基地に真っ直ぐ戻るというもの。
飛行時間としては、2時間の予定だった。

 実際には訓練で正しいのだろう。
編隊長であり飛行教官だったチャールズ・C・テイラー中尉以外のパイロットは、全員が訓練生だったとされている。

本当にフロリダキーズであったのか

 海軍基地教官のロバート・F・コックスは、午後3時40分頃に、後になっておそらく第十九編隊のものと明らかになる無線会話を傍受する。
どうも誰かが訓練飛行用周波数の通信で、パワーズなる人物に、コンパスの目盛りに関して何度も繰り返し聞いているようだった。
そして、その誰かはこう言った。
「現在位置は不明。さっきの旋回の後に迷ったんだろう」

 パワーズは十九編隊の訓練生の一人の名である。

 コックスはすぐにフォート・ローダーデール基地の通信本部に「飛行機か船が迷子になっているようだ」と報告。
さらに、その迷子になっているらしい相手にも呼びかけた。
「こちらFT74(コールサイン)、パワーズを呼んでいる船、あるいは飛行機、応答してください」
しばらくすると返事が返ってくる。
「こちらMT28です」

 第十九編隊のテイラー中尉のコールサインはFT28だが、最初コックスは聞き間違えていた。
ただすぐに、基地の方から、「MTじゃなくFTでないか?」という問いがあり、相手にも確認して間違いに気づいたという。

「何か問題が起こったのか」とコックスが確認すると、相手は「 コンパスが二つとも狂ってしまった。フロリダのフォート・ローダーデールに行きたいが、 自分が今どこに飛んでいるのかがわからない。陸の上のようだがきれぎれだ、おそらくキーズだ」

 キーズとは、フロリダにあるサンゴ礁から成る細長い列島である。

 コックスは「キーズ上空なら、太陽を左翼に見て、海岸線沿いにマイアミまで北上すれば、フォート・ローダーデール基地はそこから30キロほど先だ」と伝えた。
相手もそれで現在位置を理解したようだった。

 これは奇妙だろうか。
「とにかく迎えに行く」というコックスに対して、FT28は「追ってこなくていい」と返してもいる。

 そしてまたしばらくするとFT28の方から、「マイアミに連絡して、レーダーで我々の位置を確かめてもらいたい。そんなに遠くには来ていないと思うんだが」という連絡がきた。
コックスは「君の機の非常用のIFF(identification friend or foe。敵味方識別装置)をつけろ」と言ったが、FT28は、それは持っていないと返してきた。

 しかしこれも奇妙である。
後にはFT28はIFFをオンにしたらしいからだ

 コックスはさらに基地への方向を指示する「ZBX追跡受信機(ZBX homing receiver)」を使うように言ったが、なぜか返事はなかった。

 通信状況はだんだんと悪くもなってきた。
コックスはフォート・ローダーデールから、FT28に、編隊の他の者にも連絡を取るよう言ってくれと頼まれ、そのままそうしたが、またしても返事はなかった。

「君の送信が受信できなくなってきた。そっちの高度は?」
この問いには答が返ってきた。
「1350メートル」
そしてそれを最後に更新は途切れた。

 追って来なくていいとは言われていたが、コックスは相手の機の飛んでいるはずのルートの逆を飛んでいた。
通信が途切れた時、彼はマイアミから南に40キロくらいの地点だったという。
なかなか風が強く、海はひどく荒れていたという。

西に飛べば助かったか

 コックスの通信が途切れてから少しして、今度は「エヴァグレーズ港(port everglades)」がFT28、つまりはテイラーとの通信に成功した。
「聞こえるか?」というエヴァグレーズからの問いに、彼は「よく聞こえる」と返してきた。
テイラーはさらに「小さな島の上空を通過したが、他に陸は見えない」と続けた。

 テイラーの証言は、彼が飛んでいるのが本当にキーズなのだとすると、奇妙に思われた。
また、この時点で時刻は4時半くらいだった。

 テイラーは、「IFFはつけている。レーダーに捉えられたら教えてほしい」とも言ってきたという。
エヴァグレーズ側は、正常なコンパスを備えている機があるなら、指揮を譲って、本土に導いてもらった方がいいだろうと提案。
テイラーは了解と返すも、他の機に指揮は譲らなかったようだった。

 しかし、少ししてテイラーは「我が編隊の一機が270度旋回すれば、本土に接近するはずと主張しているが、どうか?」と訪ねてきた。

 フォート・ローダーデールのドナルド・J・プール中佐は、ポート・エヴァグレーズを通して、同じく270度旋回し、太陽の方向へ飛ぶように提案したが、 この指示がテイラーにしっかり伝わったかは疑問だとされる。
ほぼ同じ時間にテイラーは、「ここがメキシコ湾上空でないことを確かめるために、方位030(北北東)への少しの飛行の後に、北に向かう」と言ってきた。

 エヴァグレーズは、通信がまた途切れそうになってきたため、周波数を緊急用チャンネルに切り替えるよう指示したが、テイラーは従わなかった。

 プール中佐はまた5時頃に、訓練生らしき二人の会話を聞いている。
「西に飛べばいい。そうすれば基地に帰れる」
「そうだ。西へ行きさえすれば帰れるんだ」
彼らの声の調子はイライラした感じだったとされる。

 5時20分くらいにテイラーは「海岸を見つけるか、燃料切れになるまで方位270(西?)に飛ぶことにする」と告げた。

 5時50分頃にエヴァグレーズは、再びテイラーに周波数を緊急用に切り替えるよう指示したが、彼はやはり断った。
この時テイラーは「周波数は変えられない。編隊を掌握している必要があるからだ」など返してきたそうである。

 編隊の他の者と通信できなくなることを恐れてたのだろうと考えられている。

 6時10分くらいには、テイラーは自分たちがメキシコ湾にいると考えて、東に方向転換すると連絡。
しかし編隊は実際には、フロリダを挟んだ反対側(東側)の海(バミューダトライアングルの方)を飛んでいたとされる。
だとすると東へ飛ぶのは、陸から離れることを意味している。

 テイラーは実は、フロリダの基地には転属されて間もなく、土地勘が薄かったかもしれないらしい。
つまりバハマ諸島をフロリダキーズと間違えてしまった可能性も高かった。

 通信状況も天候もどんどん悪化し、7時頃にはほとんど雑音ばかりで、もう何を言ってるのかもほとんどわからないという状況だった。

 この話が語られる時、しばしば編隊が行方不明になった時も天候は快晴だったと語られるが、実際には快晴だったのは離陸する時で、以降は、どんどん悪くなっていったのが実際らしい。

 第十九編隊は燃料的に8時くらいまで飛行可能だったようだが、だとすると通信はかなりぎりぎりまで続けられていたということになる。

 しかし、結局エヴァグレーズとの通信も途切れ、十九編隊は行方知れずとなった。

二次被害。マーチンマリナー機は爆発したか

 状況はかなり悪かった。
捜索機がいくつか放たれたが、ほとんどの機が、乱気流が厄介だと報告していた。

 テイラー率いる十九編隊は、自分たちがフロリダの東西、つまり大西洋とメキシコ湾のどちらにいるのかわからなくなって混乱し、燃料切れになるまで悪化する天候の中、飛び回ったのだろうか。

 さらに創作に使われた航空機の内の一機「マーチンマリナー(PBM-5)」も、編隊とエヴァグレーズの交信が途切れたくらいの時に、行方知れずとなってしまった。

 ただしこのマリナー機に関しては、ちょうど飛んでいたと考えられる空で、何かが爆発したようだという目撃報告がある。
そもそも、このマリナー機は、ガソリン漏れをよく起こすのが問題視されていた機体だったという。

 時々、このマリナー機はとても頑丈で、これ以上ないほどに優れた救助機などと語られるが、デマとされる。

公式記録と矛盾する奇妙な報告

 後にテイラーが、飛行直前に、別の教官に交代を頼み、しかし却下されてしまったという話も出てきて、そこから、彼は病気のような何らかのトラブルを抱えていたのでないかという推測もされるようになった。

 さらに、400ページにもなるというこの件に関する軍の公式記録にないし、事実だとするとその記録とはっきり矛盾するため、後から付け加えられた創作でないかとも言われるが、4時頃に編隊はかなり奇妙なことを基地に報告していたという噂がある。

「非常事態が発生した。我々はコースを外れてしまったらしい。陸が見えない」
そう言うテイラー、あるいは編隊の誰かはかなり緊張した様子であった。
現在位置を聞くと、彼はさらに動揺したようだった。
「現在位置がはっきりしない。わからないんだ」
続いて基地側は、とにかく機体を西に向けるように言ったが、彼は少しの沈黙の後に、こう返してきた。
「どっちが西かなんてわからない。何もかもおかしい、方向がない。海が、いつもと違う」

 基地からすればわけがわからないが、それは編隊の者たちも同じであるようだった。
やがて唐突にテイラーは編隊長の座を他の一人に譲った。
そしてその譲られた一人は、すぐにこんなことを言った。
「どこにいるのかわからない。我々は基地から300キロぐらいのところにいるはずだ。だがここはまるで」
そこで通信は途切れてしまったらしいが、通信を聞いていた何人かは、さらに続きを少し聞いたそうだ。
「白い水に入る」
あるいは「完全に迷った」
だったとされる。

 このほぼ間違いなく後付けされた噂と、公式記録の最後の、通信が途切れがちになっていた事実を組み合わせ、仮にまだ無事であるとしても燃料は切れているはずの時間に、新たな通信を海軍基地が捉えていたという伝説も語られるようになった。
その通信は、ただ「FT28、FT28」と、おそらくは編隊長へ呼びかける他のパイロットの声だったという。

生還者たちの話は信用できるか

 バミューダトライアングルで、不気味な体験をしながらも、無事に生還したという人たちもいる。
ただし、たいていは研究者に送られてきた手紙に書かれていたとか、そういう類いのものらしい。

 また、実際問題、バミューダトライアングルで消えたとされている多くの船や航空機が、実際になんらかのオカルト現象によって消えているのだとしても、そのようなオカルト現象自体がはっきりと記録された例はぜんぜんない。

 しかし生還したという者の体験談は、SFなどで描かれる異次元のイメージそのままみたいなことが多い。
海、空、水平線が一緒くたになって、まるで四方八方から押し寄せてくるようだったとか。
電気設備から一切の電気が消えてしまったとか。

 個人が語るこうした体験談は、その舞台がバミューダトライアングルのような曰く付きの場所でないのなら、普通、酔っ払いの戯言とそう変わらないと判断されよう。
だからバミューダトライアングルの伝説には誇張があると考える者からは、あまり問題にはされない傾向がある。

驚くべき話。基本的にはナンセンスだが……

UFOとの関連

 バミューダトライアングルの事例は、20世紀以降、かなり増えたとされている。
単にその伝説が有名になったから増えただけとか、それまでは記録に乏しかっただけという見方も出来ようが、一部のオカルティストは別の見解を持つ。

 注目すべきは1947年のアーノルド事件以降。
明らかに増えたUFOの目撃例。
レーニア山「ケネス・アーノルド事件」空飛ぶ円盤、UFO神話の始まりとされる目撃譚 つまりは、謎の飛行物体は、消え去った航空機などが亜空間をくぐり抜けて、再び現れたものなのではないか、などという仮説があるわけである。

 それでなくともバミューダトライアングルは、地球外からやってきたUFOの搭乗員たちのお気に入りの狩場なのだという仮説はよく言われる。

 ただし、実際に不可解な謎が多い一部の事件においてすら、わざわざ地球外の高度な文明を考慮に入れる必要は明らかにない。

 また、地球外生命体でなく、水中や地底の超文明の者たちを犯人と考える向きもある。
地球空洞説「地球空洞説」否定の根拠、証拠。地底人はありえないのか。

超古代文明の動力機構

 アトランティスのような超古代文明が持っていた、何らかの動力機構がバミューダトライアングルの海底深くに沈んでいる。
幻の大陸「アトランティス大陸の謎」実在したか。オリハルコンとは何だったか それが、近づいてきた現在の乗り物など何らかの影響を受けると、作動して、電磁気的な渦を発生させたりして、機械の不調などをもたらす。
雷「電磁気学」最初の場の理論。電気と磁気の関係 というような仮説もある。

 時には、人工的な反物質機構が次元空間を歪ませるとか。
反物質「反物質」CP対称性の破れ。ビッグバンの瞬間からこれまでに何があったのか? 電磁気力と重力が同一の力として働く統一場の影響で、亜空間への道が開いているとか。
高エネルギーが時に、一時的な(おそらくは被害が大きくならないよう調整されている)ブラックホールを発生させているとか、推測されることもある。
ブラックホール「ブラックホール」時間と空間の限界。最も観測不可能な天体の謎  もちろんこういう話はまず、そのような高度な機械を作れるか、未知の動力源を使うような古代文明の存在が前提となる。
しかしアトランティスが実在したとしても、そのようなすごい文明を持っていたという話に関しては怪しいので、基本的にはこの仮説もナンセンスとするのが普通である。

超古代文明VS地球外生命体

 さらには古代文明と地球外生物を組み合わせた、もう根拠とか何もなく、ただ純粋に作られたとしか思われない物語もある。

 例えば深海には、地上の我々よりも優れた何らかの文明があるのだが、それらは長い間地上と関わりを持たないようにして存在していた。
だが我々の方の科学文明が発達したことによって、彼らが住む海が 汚染され、彼らは地上に対して危機を感じるようになってきた。

 一方で、地球を監視していたUFOの搭乗員たちは、深海の古代文明にいつからか気づいた。
彼らは先に発見し、友好関係を築こうとしている、あるいは支配しようとしている地上の人類に、警告しようとしている。
あるいは、地上の者を助けようという派閥と、ほっておこうという派閥に分かれているから、今のように中途半端に偵察したりしてるだけとか。