『シーサーペント』目撃談。正体。大海蛇神話はいかに形成されたか

UMA(未確認生物)というより神話の生物か

 15世紀頃。
エンリケ航海王子などが、始めた航海事業は、やがて新天地を求めた船乗り達の時代、『大航海時代』へと発展していった。
エンリケの羅針盤「エンリケ航海王子」世界史における、大航海時代を始めたポルトガルの王子  地球が丸い事を知る者はとっくにいた。
海を果てしなく行けば、そこに巨大な奈落へ落ちてゆく果てなどないだろう事も、知る人は知っていたろう。
それでも、海洋はまだまだ、果てしなく広がっていくかのような世界だった。
海洋海はなぜ塩水なのか?地球の水分循環システム「海洋」  その海に出て、遠くまで旅し帰ってきた者達は、旅先で多くの未知を体験した。
もちろんたいていが妄想か、大ボラであろう。
美しく歌う意味の精霊たち。
髑髏の海賊達が操る幽霊船。
沈没船「幽霊船」実話か、幻覚か。ありえない発見、海の異世界の記録 そして海の怪物。

 『(グレイト)シーサーペント』、いわゆる大海蛇は、そういう伝説的な海の怪物と、代表的存在である。

レヴィアタンはシーサーペントか

 海の怪物の伝説自体は、神話時代にまで遡るとされている。
というか神話において海の怪物が登場するのはそんなに珍しくはない。
例えば聖書には、原初の時代から生きているというレヴィアタンなる怪物が出てくる。
レヴィアタンは火を吐く巨大ドラゴンとされているが、その正体はクジラでないかという説もある。
ユダヤの寺院「ユダヤ教」旧約聖書とは何か?神とは何か?ドラゴン「西洋のドラゴン」生態。起源。代表種の一覧。最強の幻獣 東洋世界の龍などは、よりシーサーペント的である。
龍「東洋の龍」特徴、種類、一覧。中国の伝説の最も強き神獣  また、アメリカ先住民たちの伝承にも、やたらと大海蛇、あるいは大水蛇の伝説は多い。
ということは、そのような存在の概念は、ベーリング海の方の氷の道が溶けたとされている1万年くらい前には、もうあったのかもしれない。
山の精霊「精霊の一覧」アメリカ先住民の宗教世界の住人たち「世界地図の海」各海域の名前の由来、位置関係、歴史雑学いろいろ  ただし当然のことながら、神話や伝説に登場するそのような怪物たちのイメージを、(そういう話が伝えられているというだけで)そのまま実在の生物として想定するのはちょっと無理がある。

 昔は、偉い人が神様の声を聞いたという記録だけで、神様が実在する強い証拠になったかもしれない。
しかし今は、偉い人が見たと言う記録だけでは、怪物のいる証拠としては弱い。

人はよく間違う

 光や角度や神経伝達などの問題で、アシカやイルカやクジラやその群れ、あるいは大きめな魚、流木、時には大型船が残した航跡こうせきや単に波などを、謎の生物と見間違えてしまうことは、現にありうるとされる。
少なくとも、そういう錯覚に見舞われることは、レヴィアタン(火を吐く巨大生物)が本当に存在している確率よりは、はるかに高いと思われる。
「視覚システム」脳の機能が生成する仕組みの謎。意識はどの段階なのか  仮に、何かを怪物と見てしまうような勘違いが、誰かにとって10000年(3650000日)に1度くらいの稀な出来事なのだとしよう。
それでも、世界人口は75億人くらいらしいから、毎日206回(つまり7分に1回)くらいは怪物の目撃(という勘違い)が発生してることになる。
(3650000 ÷ 750000000 = 0.00486……
1 ÷ 0.00486 = 205.761……)

伝えられる様々な目撃談

 海の悪魔とも称されるシーサーペントは、1種のみの生物ではない可能性もある。
しかし伝えられるスタンダードな情報から考えると、そもそもこいつは本当に我々が生物というような生物なのかがまず怪しい。

 スタンダードなシーサーペント像は以下のようなものである。
とりあえずでかいヘビ。
ヘビと餅「ヘビ」大嫌いとされる哀れな爬虫類の進化と生態 哺乳類というか、ウマのそれのようなタテガミ。
並ぶ哺乳類哺乳類の分類だいたい一覧リスト 体色は褐色か、濃い緑色。
目が赤い。
先が尖った頭。
ノコギリ状の歯。
船などに巻きついて、壊し、船乗りたちを吸うように丸飲みする。
おそらく毒を持つ。
水かきのついた足か、ヒレが確認される事も多い。
体を上下にくねらせて泳ぎ、かなりの速度を出せる。
クジラのような潮を吹く事もある。
クジラとイルカ「クジラとイルカ」海を支配した哺乳類。史上最大級の動物 また、昆虫のような体節らしきものが確認される事もある。
虫取り網「昆虫」最強の生物。最初の飛行動物  最大の問題はやはり大きさ。
胴の長さが10メートル~200メートルくらいあるという。
50メートル越えてたら、普通に(初代)ゴジラ級である。

驚くべきは、その胴の長さを変化させられるという話まで伝わっている事。
こうなると、もはや魔法生物である。
音楽魔術「現代魔術入門」科学時代の魔法の基礎

グロースターのシーサーペントは集団パニックだったか

 ある地域で一度怪物が目撃されると、しばらくの間、まるで怪物がそこを気に入りの住みかと定めたかのように、一定期間、怪物の目撃が連続することがある。
『グロースターのシーサーペント(Gloucester sea serpent)』と呼ばれる話は、その典型例といえよう。

 1817年8月
アメリカ、マサチューセッツ州グロースター湾近くのアン岬で、女性ふたりが20メートルくらいの怪物を目撃。
頭部はウミガメに似ていたという。
さらにこの怪物は、その後しばらく様々な人に何度も目撃され、ブームは年を跨いだ1819年まで続いたそうである。
それはまさしく集団パニックのごとく、100人以上に目撃が報告されているらしい。

 グロースター湾の辺りでの、最も古い怪物の目撃報告記録は、1638年の、ジョン・ジョッセリン(John Josselyn。1638~1675)という旅行家の記録に遡るとされる。

 1817年に目撃が相次いだ時には、自然科学の促進そくしんを目的としていた組織、ニューイングランド・リンネ協会(Linnaean Society of New England)の調査もあったらしい。

 後には、こぶを持つ小さな黒いヘビも発見され、怪物の子ではないかと騒がれもした。
しかし、自然主義者で探検家でもあったシャルル・アレクサンドル・レズール(Charles Alexandre Lesueur。1778~1846)は、標本を調べた上で、脊椎に腫瘍がある普通のヘビと結論したという。

 目撃談のいくつかは、生き物の頭から槍が突き出ているとしていたみたいだが、それらに関してはイッカクでないかという説がある。

よく話題となるディーダラス号の遭遇

 これはシーサーペントに関して、特に有名な目撃談とされている。

 1848年8月
東インドから帰還中だったイギリス海軍のフリゲート艦ディーダラス号の乗員たちが、喜望峰とセントヘレナ島の中間くらいの海域で、茶褐色のシーサーペントを目撃。
海上に晒していた部分だけで20メートルくらいあったという。
また、海草のようにも見えるタテガミや、口にギザギザの歯が見えたなど、わりと具体的。

 この一件は当時かなり話題になったようで、高名な古生物学者のリチャード・オーウェン(Richard Owen。1804~1892)も調査をしている。
オーウェンは、怪物の正体はゾウアザラシだろうと推測したが、証言者たちは、「アザラシなら私たちはよく知っている」と強く反論したらしい。

プレシオサウルス型か? ニューネッシーとは何だったのか?

 1915年7月。
北大西洋で、ドイツの潜水艦U-28の乗員たちが、イギリス船イベリアン号を撃沈した際に、その船の爆発と共に、海上に吹き上げられた20メートルくらいのワニのような怪物を目撃している。
この怪物は、水かきのようなヒレがあるなど、どちらかというとネッシーのようなプレシオサウルス型に近いと考えられている。
ネッシー「ネス湖のネッシー」愛されしスコットランドの怪物の正体プレシオサウルス「首長竜」恐竜時代の海の覇者。種類、進化、化石の研究記録  1977年4月には、日本のトロール船(トロール網というでかい網を使う漁を専門とする漁船)が、ニュージーランドのクライストチャーチ沖で、やはりプレシオサウルスのような生物の死骸を引き上げた。
この死骸は写真にも撮られ『ニューネッシー』などと騒がれたが、持ちかえられたサンプルを調べたところ、ほぼ確実にウバザメという結果が出たらしい。

(注釈)ウバザメ

 ウバザメはジンベエザメに次いで巨大なサメで、時に10メートル以上の個体も現れるという。
このウバザメは、骨の形状の関係上、死んで腐敗し、肉が削げ落ちると、(ニューネッシーがそうであったように)まるでプレシオサウルスのような姿となる。

 また生きて泳ぐウバザメも、普通に巨大かつ、ジンベエザメに比べればマイナーな事もあり、目撃者に怪物と思われやすいようである。
そこでサメの研究者には、海の怪物の話は、たいていがウバザメで片づくと考える者もけっこう多いという。

その他、様々な目撃例

 1734年7月
ハンス・エゲデ(Hans Poulsen Egede。1686~1758)という宣教師が、グリーンランド南西部にあるゴッドホープ沖合で、怪物を目撃した。
海面上に、高く首を突き出していたその怪物は、ウロコで体を覆われ、鼻先は長くとがっていたという。
また、ヒレ状の足をもち、下半身がヘビに似ていた。
それに潮を吹いたという。
「グリーンランド」緑より氷河の多い、地球最大の島  1746年8月
ドイツのローレンツ・フォン・フェリー(Lorenz von Ferry)艦長が、ノルウェーのモルデ沖で、頭部が馬に似たシーサーペントを目撃。
銃を発砲し、怪物に血を流させたという。

 1875年7月
イギリスの貨物船パウライン号が、アフリカ東部海岸のザンバジル港に向かって航行中、甲板にいた船員たちが、マッコウクジラに巻きつくシーサーペントを目撃。
格闘の末、マッコウクジラは息絶えたようで、海中に引きずり込まれていったという。

 1947年12月。
ニューヨークからコロンビアに向かう客船サンタ・クララ号が、謎の巨大生物と衝突し、瀕死の傷を負わせたと報告。
体長は13メートル、直径は1メートルほど。
ウナギのような生物で、最後に目撃された時は、海上でもがきながら、没していったのだという。
これは、胴長の大型深海魚であるリュウグウノツカイでないかという指摘がある。

 1964年5月。
アメリカ、マサチューセッツ州沖のナンタケット島近くで、ノルウェーの漁船ブルーシー号の乗員アルフ・ウィルヘムゼンとその兄たちが、100メートルくらい離れた海上を泳ぐ、20メートルくらいの怪物を目撃している。
怪物は、ワニのような頭に、エビのような尾を持ち、背中には丸みのあるコブが確認出来たという。
この目撃談が本当だとしたら、その怪物はまさに未知の生物で、ヘビともプレシオサウルスとも、どこか違ってそうである。

大海蛇伝説の起源

怪物は爬虫類か、哺乳類か

 現代的なシーサーペントは、これが想像された生物だと言うなら、明らかに爬虫類をベースとしている。
砂漠のトカゲ「爬虫類」両生類からの進化、鳥類への進化。真ん中の大生物 しかし、シーサーペントにはしばしばタテガミがある。
そのタテガミが体毛なら、それは明らかに哺乳類だということを示す特徴である。
哺乳類「哺乳類」分類や定義、それに簡単な考察の為の基礎知識 さらにいうなら、タテガミ以上に、体を上下にくねらせる泳ぎ方が、かなりの数の目撃談に共通しているらしい。
これもまた哺乳類の(そして爬虫類どころか、両生類や魚類にも普通見られない)典型的特徴である。
両生類の手「両生類」最初に陸上進出した脊椎動物。我らの祖先(?)「魚類」進化合戦を勝ち抜いた脊椎動物の始祖様 シーサーペントと見間違った候補の動物として、クジラやイルカ、アシカなどの、哺乳類の名前がよくあげられるのは、この泳ぎ方のためと思われる。

ギリシャ美術世界のケートス

 古代におけるシーサーペントの目撃例のいくつかはクジラであろうか。
そうかもしれない。
古代ギリシャ語では、クジラを『ケートス』と言ったが、この名前はまた、海の怪物を意味する名称だったとされる。

 クジラは調査が難しい生物で、古代ギリシャ世界では、わりと勝手なイメージも作られたと考えられている。
だから、ケートス(クジラ)はしばしば、クジラとも思えない怪物として美術家たちに描かれた。

 初期のケートスは、たいてい巨大な魚みたいに描かれたらしいが、 時に独特なセンスを持つ者が、グロテスクだったり情緒的だったりするケートスを描いた。
やがて、そのような勝手な空想に刺激された、次世代の芸術家たちの飽くなき創造心によって、様々な形状のケートスが、二次元の世界に現れる。
そしてその中には、クジラでも魚でもなく、明らかにヘビと言えるようなものもあった。

 シーサーペントがヘビの怪物なら、なぜ爬虫類でなく、哺乳類のように、体を上下にくねらせるのか。
その疑問は、その原点がケートスなら、あるいは、現在の完成されたシーサーペント像に至るまでの要素として、ケートスの影響が強いなら、簡単に説明できる。

 それは、三次元の世界のものを、二次元の世界に描く時に、どうしても付きまとう問題に関係する。
ようするに、芸術的表現としては、横のくねりよりも、縦のくねりの方を採用した方が、優れたものが作りやすい傾向にある。
そこで、現実には横の動きの方が主流であっても、二次元の世界では縦の動きが主流になるわけだ。
四次元「四次元空間」イメージ不可能、認識不可能、でも近くにある  シーサーペントのイメージの形成に、ギリシャ芸術が関連していると考えるのは荒唐無稽だろうか。
だが、アレクサンドロス大王(Александар III。紀元前356~紀元前323)が大陸のかなり広い範囲を征服したことで、ギリシャ文化(ヘレニズム)は、その後の西洋世界に非常に大きな影響を残したとされている。
芸術家たちが空想した海の怪物が、後の時代に、本物の怪物のイメージとして再現されるのは、そんなにおかしな話ではない。

 現代でも、映画などに影響された(宇宙人に誘拐されたとかの)妄想を見る人は数多い。

なぜ海馬か、なぜ上下にくねるか

 ケートスの他にもう1種。
ギリシャ美術には、シーサーペントと関わりが深いかもしれない生物が見られる。
それは『海馬かいば(ヒッポカムポス)』である。

 おそらくはタツノオトシゴを参考に作られた、この半馬半魚のキメラ(合成獣)は、普通にクジラでもあるとされるケートスよりも、さらに完全な架空の生物と言える。
芸術の世界では、大きな力を持った神々の乗り物などとして、描かれていることが多いという。

 重要なことの1つとして、この生物も、彫刻などに描かれる際、やや長めの胴体を上下にくねらせているような構図がわりと多かった(それはおそらく芸術家たちが、躍動感を生成するための常套手段だった)

 やはり、シーサーペントがヘビの怪物なら、なぜ多くのイメージにおいて、その頭部はウマに似ているのか、タテガミがあるのか。
それらの疑問の答こそ、海馬の影響なのかもしれない。

北欧世界の伝承

 大海蛇を単に文化的伝説(はっきり言ってしまうなら我々の妄想)と考えるなら、その起源は、北欧神話に登場する、巨大な蛇ヨルムンガルドだという説がある。
北欧神話のあらすじ「北欧神話のあらすじ」オーディン、ロキ、トール、エッダの基礎知識 この場合、文字通りの意味というよりも、さらに昔の共通の起源が共通している。
あるいは、現代の大海蛇伝説に繋がる系譜の中でも、辿っていける最古のものがヨルムンガルドという程度に考えるのが正しいと思われる。

 蛇型にこだわらないなら、海の怪物というのは、昔から数多く噂されている。
しかし、少なくとも中世くらいの西洋世界では、大海蛇型の怪物となると、やはり北欧の海の存在というイメージが強かったようである。

 アイスランドには、少なくとも12世紀くらいから、「フロッシュヴァルー(Hrosshvalur)」という怪物の伝承があった。
「アイスランド」海底火山の上に、ヴァイキングたちが作った国 この生物の名前は「馬鯨」の意味とされる。
そして名前の通り、頭がウマで、体がクジラのようであるらしい、いかにもシーサーペント的な怪物である。

邪悪なクジラ族

 アイスランドには、「イルフヴェリ(illhveli)」、つまり邪悪なクジラの伝説がいくつかあって、フロッシュヴァルーは、その中で最も恐ろしい存在なのだという。

 イルフヴェリは船を襲うのが好きで、船に乗る全ての人たちの恐怖の対象であった。
興味深いことに、邪悪な存在であるため、食べることが禁じられているのだという。
もし食べようと火にかけても、その肉は鍋の中で消えてしまうそうだ。

 フロッシュヴァルーに匹敵するほどに邪悪なイルフヴェリとして、「ストックル(Stökkull)」と「ラウドケムビングル(Raudkembingur)」というのもいるらしい。
ストックルは、どうも高く飛んで大きな波をたてるクジラ(この名前はイルカの呼称としても一般的なようである)。
ラウドケムビングルは、最も血に飢えた凶暴なクジラなのだという。

 ただ、ウマの頭という特徴は、フロッシュヴァルーに独特である。
他のイルフヴェリは、実際にクジラか、あるいはクジラから想像されたような怪物であるというのに、これだけはキメラである。
ここに、ギリシャから巡り巡って伝わってきた、海馬の影響を見る向きもある。
実際、伝統的に描かれてきたフロッシュヴァルーの絵は、ギリシャ美術における海馬にかなり似ているという。

シーサーペントは北欧の怪物だったか

 ヨルムンガルドやフロッシュヴァルーは、北欧の海のシーサーペントのイメージに直結しているのだろうか。
シーサーペントという怪物が、本当に文化的産物にすぎないのなら、そう考えるのはむしろ妥当かもしれない。
もちろん逆に、それらの幻獣が、実際に存在するシーサーペントの影響を受けて、作り出されたもの、という考え方も可能ではある。

 ところで19世紀 においては、シーサーペントはおそらく、真面目な生物学者が真剣に存在を考える海の怪物の筆頭であった。
中世(5世紀~15世紀くらい)の時代にはそうではなかった。
海の怪物は、いくつも想像され噂されていたが、少なくとも記録的には、シーサーペントの人気はあまりなかったようである。
近世(15世紀~18世紀くらい)に入ってからですら、しばらくの間はそうだった。

 フロッシュヴァルーをシーサーペントと考えたとしても、それは地方の怪物にすぎなかった。

 だが、18世紀以降。
シーサーペントは世界中の海に、その生息域を急速に広げていくことになる。
その世界に散らばった現代的シーサーペントは、やはり北欧で、いつからか形成されていた大海蛇であったとされている。

 おそらく、その現代的シーサーペントのイメージが完全に確立されたのは17世紀である。
だがそれも、17世紀の時点ではまだ、北欧の海の怪物にすぎなかった。
その地方神話が世界中に広がり、各地方の古くからの怪物伝説と、それぞれ独自に結びつけられ、まるで大昔から世界中にあった伝説かのように、シーサーペントの話は語られるようになっていく。

 上記のようなシナリオは正しいだろうか。
それはともかくとして、現代まで語られ続けるシーサーペント伝説 を、世界中に広めた立役者が、北欧の人であるエリック・ポントピダン(Erik Pontoppidan。1698~1764)という司教だったことは、かなり間違いないようである。

ポントピダンのノルウェー博物誌

 1747年から1754年までノルウェーでベルゲン司教をしていたポントピダンは、王立デンマーク科学アカデミーの会員という、科学者としての顔も持っていた。

 そんな彼が、『ノルウェー博物誌(Versuch einer natürlichen Geschichte Norwegens。The Natural History of Norway)』という2巻本を出発したのは、1752年と1753年のこと。
彼はこの本で、クラーケンや人魚と共に、シーサーペントも実在する生物として、自信をもって紹介したのだという。

 高位の聖職者で、かつ科学アカデミーの会員である人が、怪物を肯定的に扱ったとして、この本は当時のヨーロッパ中に、一大センセーション(大評判)を巻き起こしたらしい。
そして、この本を転機として、現代的なシーサーペント伝説は、舞台を北欧の海の外にも広げていったのだという。

 ちなみにポントピダンは、はっきりとした証拠を掴んでいたわけではなく、その目撃情報のあまりの多さと、目撃者たちのかなり一貫している証言の数々を受けて、この怪物の存在を信じるに至ったのだという。
なんだかよく聞くような話である。

古代にいたなら、現代にもいる?

 ポントピダンの本以降、シーサーペントの目撃例は世界中で明らかに増えたとされている。
そして19世紀には、その目撃例の数はさらに増し、この生物に関して、真剣に存在を証明しようとする科学者たちの数も、圧倒的に増えたという。

 19世紀における、このシーサーペント熱の高まりは、明らかに、地質学分野の発展と、進化論の登場だとされている。
進化の分かれ道「進化論」創造論を最も矛盾させた生物学理論  1821年には、メアリー・アニング(Mary Anning。1799~1847)がプレシオサウルスの骨格化石を発見。
1842年には、リチャード・オーウェンが、まさしく怪物のようでもあった古代の爬虫類群の名称として『ダイナソー(Dinosaur。恐竜)』を提案。
1859年には、チャールズ・ダーウィン(Charles Robert Darwin。1809~1882)が、「種の起源」を出版したのである。
メアリーアニング「メアリー・アニング」化石に生涯を捧げた女の子ダーウィンの家「ダーウィン」進化論以前と以後。ガラパゴスと変化する思想。否定との戦い  どうやら古代には、とてつもない怪物が存在していたらしい。
それならば、まだ人類が、そのヴェールを取りきれていない広大な海に、まだそういう生物が生き残っている可能性を考えて、なぜいけないだろうか。
そういう考えを持ってる人は、現代にすらけっこういるのではないだろうか。