オオカミに変身する人間
マルケルス・シデテス(Marcellus Sidetes)、ウェルギリウス(Vergilius Maro。紀元前70~紀元前19)、ヘロドトス(Herodotus)、ポンポニウス・メラ(Pomponius Mela)、オウィディウス(Publius Ovidius Naso。紀元前43~紀元18)、プリニウス(Gaius Plinius Secundus。23~79)、ペトロニウス(Gaius Petronius。~66)など、かつては多くの作家がオオカミ人間(Werewolf。人狼)の話を語った(もちろん肯定的にとは限らない)。
体の半分が人間で、半分がオオカミという現代的イメージは、20世紀以降の映画などにより広められたものである。
他、銀を弱点としたり、噛んだり傷つけたりしたものもオオカミ人間に変えてしまう能力などは、完全に近代の創作とされることも多い。
古い記録のオオカミ人間(Werewolf)はどちらかと言うと、オオカミに変身できる(または変身してしまう)人間とか、精神がオオカミになった人間などを指すのが基本。
ようするにオオカミ人間は、シェイプシフター(shapeshifter。変身妖怪)の1種である、とされることも多い。
ペトロニウス(Gaius Petronius。20~66)や、ティルベリのゲルウァシウス(Gervase of Tilbury。1150~1220)のように、その変身を、月の満ち欠けと関連づけた人も、わりと古くからいる。
しかし通常、変身に関しては、好きな時に可能とする場合が多い。
「日本狼とオオカミ」犬に進化しなかった獣、あるいは神
オオカミ憑きの信仰
古代ギリシャにおいては、人間がオオカミに変身するという現象は『リユカントロピー(Lycanthropy。オオカミ憑き)』と呼ばれていた。
リユカントロピーは、ギリシャ語の「Lukos(オオカミ)」と「Anthropos(人間)」の組み合わせとされる。
通常、オオカミ憑きのような、変身能力を有するものは『ヴェルシペリス(Versipellis。皮膚を変える者)』とも呼ばれ、尊敬の対象でもあったという。
オオカミ人間の呼称として、ライカンスロープ(Lycanthrope)というのもあるが、語源はリユカントロピーと同じとされる。
また、オオカミ憑きという信仰は、スカンジナビアのサガや、 オリエント系の書物の中でもよく扱われていたようだ。
「北欧神話のあらすじ」オーディン、ロキ、トール、エッダの基礎知識
落ち着かない、神を認めぬ者
S・ベアリング=グールド(Sabine Baring-Gould。1834~1924)の『オオカミ人間の書(The Book of Were-Wolves, being an account of a terrible superstition)』には、英語の「WereWolf(WehrWolf。オオカミ人間)」という名称の由来が紹介されているという。
それによると、Wereは、古いスカンジナビアの言語であるノース語の「Vargr」かららしい。
Vargrは、「オオカミ」、「神を認めぬ者」、「落ち着かない」というような意味があるとしていた。
一方で現在は、Wereは、単に古英語の「wer(男)」という説が有力とされる。
特に有名な神話の例
神話の中でも、ギリシャのリカオン(Lycaon)の伝説は、オオカミ男の話として代表的である。
伝説では、ペラスグス(Pelasgus)の息子リカオンは、子供の遺骨(あるいは内臓)を使った食事をゼウスに提供したことで、神の怒りに触れてしまう。
ゼウスは怒りのままに、リカオンとその息子たちをオオカミに変えてしまったのだという。
「ギリシア神話の世界観」人々、海と大陸と天空、創造、ゼウスとタイタン
また、北欧においては、ヴォルスンガのサガ(The Saga of the Volsungs)が有名。
それは、10日間、人をオオカミに変身させられる、特殊な毛皮を手にいれた父子の物語とされる。
父子は、その毛皮によってオオカミに変身し、森で暴れまくった。
しかし調子に乗りすぎてしまい、ついに父は息子を傷つけてしまう。
後悔した父に同情したカラスが、癒しの力を与えてやり、結局息子は死ななくてすんだ、という内容。
その魔法をどこでかけるのか
オオカミ人間は広く知られた伝説ではあるが、広く信じられていたのは近世(15~18世紀くらい)までのこととされる。
オラウス・マグヌス(Olaus Magnus。1490~1558)曰く、人間が変身したオオカミは、キリストの降誕祭の夜に、特定の場所に集まって、他の動物や、時には人間も襲う。
特に森に住んでいる人の家を襲っては、住人を殺そうとし、地下の貯蔵室のビールや蜂蜜酒を飲みまくっては、去っていく。
オオカミ人間が集まった場所には、不吉な影響があり、そこでひっくり返った馬車に乗っていた人などは、その年のうちに必ず死んでしまうともされる。
マグヌスはさらに、ただの人間がオオカミに変身する魔法について語っている。
リトアニア(Lituania)、サモゲティア(Samogetia)、クロニア(Curonia。Curoniansの土地?)の3つの地域の間に、 家壊された城壁が残っていて、そこへ特定の時間に集まった数千人の男たちが、それぞれ跳躍を披露し、壁を飛び越せなかった者は、首領から鞭で打たれる。
オオカミ人間になりたい者は、魔法使いとエール酒(Ale)で乾杯した後に、そのための呪文を唱えてもらう。
一度魔法を受けると、それからは好きな時に変身できるようになるらしい。
呪い、毛皮マント、足跡の水。変身方法
オオカミに変身する人間の伝説は数多く存在している。
そのため、変身する方法、あるいは変身できるようになったきっかけも、様々である。
ただたいていは、呪いか、毛皮マントなどの魔法のアイテムによって、変身能力を得ている。
変身は、一度体得すると自由自在にコントロールできる場合もあるし、一度オオカミに変身してしまったら、二度と戻れないということもある。
一応、人々がオオカミ人間にひっかかれたり、噛まれたりした後にオオカミになってしまった、という話にも、古いとされるものはあるらしい。
他に、 オオカミの足跡にたまった水を飲むとか、満月の光の下で眠るとかいった変身方法もよく語られる。
また、なぜかはよくわからないが、7番目の息子は、先天的にオオカミ人間になりやすいとも言われる。
満月は人間に影響を与えるか
満月の夜にオオカミに変わる、というのは、古くはそれほど知られたオオカミ人間の特徴でもなかったようだが、月が関連していると考えられた場合には、たいてい満月が変身時期ともされる。
月の満ち欠け、特に満月が人の凶暴性を増長させるという仮説は、典型的にニセ科学的ともされる。
しかし温度の変化や、天候など、様々な自然現象から、生物がそれぞれの時間を把握するということは、よく知られている(またはよく推測されている)現象ではある。
もし、種としての人間(ホモ・サピエンス)に、定期的に凶暴さを増すことによるメリットがあるなら、そのような月の満ち欠けに合わせたサイクルがあるのは、それほどおかしい話でもないと思われる。
月の満ち欠けの理由。月、地球、太陽の位置関係
そもそも月の満ち欠けは、月の光が太陽光を反射したものであるために起こる。
月は地球のまわりを回っているわけだが、それにより変化する、月、地球、太陽の位置関係により、 結果的に月のどの部分が、地球上から見て光っているかが変わってくるわけだ。
月が太陽とちょうど同じ方向にある時は、月自体が影となってしまうので、その光は見えなくなる、つまり「新月(new moon)」というやつである。
一方で、太陽側のちょうど反対に月が来た時には、ちょうど地球から、月が反射する光すべてが確認でき、それがいわゆる「満月(full moon)」である。
新月も満月と同じように、特別視する信仰もある。
どっちにしても、地球、月、太陽が一直線に並ぶわけだが、それが何か特別な影響を発生させるのではないか、という考え方である。
もちろん、外部から地球に影響する重力の大半を担っているとされる、太陽と月の位置関係の変化が、重力場(でなくとも何らかの場)に重要な変化をもたらすかもと考えることもできる(コラム1)
「物質構成の素粒子論」エネルギーと場、宇宙空間の簡単なイメージ
(コラム1)とてつもないスケールの何か
重力の影響力は、発生源の質量と距離に関連している。
だとすると、もし、かなり遠くに、しかしとてつもないスケールの質量の何かがあるとしたら……。
人体を構成する水への潮汐力
満月が与える人への影響に、水が関連しているという推測は、少なくてもアリストテレスの時代(紀元前4世紀ぐらい)にはあったともされる。
現在理解されているように、いわゆる「潮汐(Tide。潮の満ち引き)」という現象に、月が関連しているという説も、その頃にはあったとされる。
潮汐と月の関連を最初に提唱したのは、マッシリアのピュテアス(Pytheas of Massilia)なる人物とされる。
支持していたかは謎だが、アリストテレスも、この仮説は知っていたろうと推測されることもある。
人体は70%以上が水成分とされている。
そこで、月は神経系の水分子の配列を、潮汐的な作用によって破壊するなどして、結果的に精神を狂わせるのではないか、という説もあるわけである。
ただ、月は確かに、 我々のスケールにおいては巨大で、重力も大きいと言えるが、距離的な問題もあり、地球上の人類への影響は非常に小さく、脳に影響を与えられるなんて信じがたいともされている。
そもそも、我々にかかる単純な重力なら、地球上の多くの物質のそれの方が、遠くの巨大な月よりもずっと強いのだ。
トランシルバニア効果。月の魔力の統計学的検証
『トランシルバニア効果(Transylvania effect)』とも呼ばれる、月の満ち欠けが地球生物に与える影響の研究は古くからある。
20世紀以降では、「月の魔力(Lunar effect)」という本を書いたリーバー(Arnold L. Lieber)という人の研究は有名である。
彼は、特定の地域の、10年くらいの犯罪率のデータを収集し、満月の夜にピークを迎える犯罪発生率のサイクルを示した。
ただ、リーバーとは別の地域で、似たような方法を取った何人かの後追いは、彼の結果が偶然だったことを実質証明した。
そもそもリーバーは、大量のデータの中から、自分の推測に都合のいいものだけを利用しているという指摘がある。
少しのミスによる、結果の大きな間違い
ロットン(James Rotton)、カルバー(Roger Culver)、ケリー(Ivan W. Kelly)といった、 広範囲の記録を使い、満月と精神の関連性を調査しながら、成果をあげられなかった研究者も多い。
また、このような大量のデータを統計的に調べる場合、些細なミスが大きな問題になることがある。
例えば1982年。
ある研究チームが、満月の夜に交通事故が増えることを統計的に示した。
しかし、後にそれは、調査した期間において、車の運転が増えるであろう週末に、満月の日がかぶっていることが多かっただけだと判明した。
暴力的な傾向は強くなるか
オーストラリアのカルバリーメイターニューカッスル病院(Calvary Mater Newcastle hospital)で、2008年8月~2009年7月の期間に行われたという、凶暴性と満月に関する研究は、その対象的に、いかにもオオカミ人間の調査という感じはする。
これは、急性かつ暴力的な症例が伴う行動障害の救急患者91人を調べたもの。
どうも、その91人の暴力的症例は、全体の23%ほどもが、満月の夜に発生していたらしい。
月の満ち欠けのサイクルを考えると、これは確かに多いと言えはするだろう。
まさしく動物のように、周囲の人をひっかこうとしたり、噛みつこうとしたりする場合もあったという患者たちだが、 そうなった直接的な原因自体は、ほとんどが麻薬やアルコールらしい。
しかし、なぜ特に満月の夜に凶暴性が増すのかは謎とされた。
かつては迷信でなかったか
月の満ち欠けの直接的な影響が、現在は迷信だとしても、かつては違っていた可能性が指摘されることもある。
例えば、まだ人間が、今のような、家というものに住む習慣を持たず、当然、人工的な明かりも火ぐらいしかなかった頃。
月の満ち欠けによって、夜の暗さの違いが生じ、特に満月の明るさ のせいで、その夜はなかなか寝付けないという人もいたかもしれない。
睡眠不足が、うつ状態や、うつ状態と興奮状態の繰り返し、いわゆる双極性障害(躁鬱病)などの状態を引き起こしたとする。
するとそれが、満月の夜には、人は奇妙な行動をとることがある、と理解されるようになった可能性はある。
「自閉症の脳の謎」ネットワークの異常なのか、表現された個性なのか
機能の異常、病原菌、妄想。狼憑きとは病気か
オオカミ憑きの真相は、ある種の憂鬱病(精神病)とする説は古くからある。
ギリシャでは、神話から『リュカン』という名称で呼ばれる病気が知られていたらしい。
その病気にかかった者『リュカオネス(Lycaones)』は、やたら森の中を走り回ったり、墓地などで吠えたりする。
さらに目はうつろで、表情は眠たげで、体のあちこちに腫瘍ができ、いつも喉が渇いているような状態となってしまうのだとされた。
狂犬病。致死率が高すぎる問題
オオカミというか、イヌ科の動物、人間、凶暴性などの話が絡んだ時。
そこに何かの病気を見出すとするなら、大多数の人がまず狂犬病(rabies)を思い浮かべるだろう。
神経系に恐ろしい被害をもたらすとされる、この感染症は、しかし致死率が高すぎるかもしれない。
「犬」人間の友達(?)。もっとも我々と近しく、愛された動物
たいていの伝説において、オオカミ憑きは、オオカミ憑きとなってすぐに死んでしまったりするわけではない。
少なくともこの現象に関連する病気が、狂犬病だけというのは、かなり考えにくい。
もっとも、この狂犬病を奇跡的にも生き延びたのはいいが、神経系に障害を負ってしまったパターンなどは、あるかもしれない。
ポルフィリン症。ヘモグロビンの生成過程のエラー
まず、アンモニア(Ammonia)なる物質は「NH3」という化学式で表せる。
このH3部分を、「芳香族(aromatic compounds)」と呼ばれる分子で置き換えした物質を「アミン(amine)」。
さらに、そのアミンの一種であるピロール(pyrrole)というのが4つ組み合わさった、環状構造の有機化合物を『ポルフィリン(porphyrin)』という。
「化学反応の基礎」原子とは何か、分子量は何の量か
赤血球の大部分を占めるというヘモグロビンに含まれる『ヘム』が作られる仮定において、ヘム前駆体とも呼ばれるポルフィリンが生成される。
しかし、ヘムに至るまでで必要な酵素が不足した場合、ポルフィリンが過剰に、血液、皮膚、内臓などに蓄積され、それが原因による様々な異常が生じてしまうことがある。
そうして、『ポルフィリン症(Porphyria)』は起こる。
ポルフィリン症は、皮膚が刺激に弱くなる他、消化器官や神経系に異常が生じることもあり、オオカミ憑きの原因になりうるのでないか、という推測もある。
もちろんこれは一例で、とにかく何らかの病気が、オオカミ憑きを思わせる症状を発生させることは考えられる。
パルボウイルス。DNAへの組み込み
パルボウイルス科(Parvoviridae)に分類されるDNAウイルスは、ウイルスとして考えても、かなり小さな部類とされる。
ゲノムを取り囲むタンパク質構造、いわゆるカプシド(Capsid)は、正二十面体構造。
最外の膜であるエンベロープ(envelope)は持たない。
「ウイルスとは何か」どこから生まれるのか、生物との違い、自然での役割
普通、パルボウィルスは、比較的近しい同族にしか感染源を広げないウイルスともされる。
例えば犬パルボウィルス(Canine Parvovirus)はイヌ科動物にしか感染しないという具合。
感染した場合の症状は、発熱や嘔吐などの他、皮疹などだとされる。
また、このウイルスは、消化酵素を含む環境的な障害に対して、強い耐性があるようで、汚染された食品や水を介して、簡単に広がることもあるという。
オオカミに感染する『オオカミパルボウイルス(Lupine parvovirus。LPV)』は、オオカミ憑きの原因と推測されることがある。
一般的な知見と矛盾してるようにも思われるが、オオカミは噛むことでパルボウイルスを人間に感染させ、そのDNAが組み込まれた人間が、オオカミ人間になるのだという仮説があるわけである。
患者は、全身のかゆみとか、極度な喉の渇きとかを体験することもあるらしいので、比較的現実的観点からのみでも、オオカミ人間現象をいくらか説明できる。
基本的に犠牲者は、オオカミの毛皮などを狙うハンターとかだったろう。
一応、このようなウイルス仮説なら、今の方が昔よりもオオカミ人間が少なくなってしまったことに関して、オオカミ自体の個体数が減ってしまったことを理由にできる。
ちなみに、人に感染するパルボウィルスといえば、 1975年に、ウイルス学者のコザート(Yvonne Edna Cossart。1934~2014)に、初めて発見された、「Parvovirus B19」が有名。
人狼症。自分が獣という妄想
自分のことをオオカミ人間(オオカミに変身できる人間)だと思い込む、『人狼症(Clinical lycanthropy)』という精神病も知られている。
自分がそもそもオオカミのように感じることもあるし、自然と遠吠えなどを行ってしまう場合もあるという。
ただし、オオカミに限らず、自分を特定の動物だと思い込んでしまう妄想症はかなり珍しいとされる。
「統合失調症(schizophrenia)」、「双極性障害(bipolar disorder)」、「うつ病(clinical depression)」などから誘発される、特異的な精神病とも。
文化的影響も、おそらくは大きい。
神経学的に、体型の自己認識などの狂いが、人狼症に繋がっているという仮説もある。
「幻肢」本当に脳は現実を作ってるいるか。意識プログラム、鏡の治療法。
さらにまれな症状として、自分以外が動物に変わってしまったという妄想もあり、それは『人狼症スペクトル(lycanthropy spectrum)』と呼ばれたりする。
多毛症の野生児
野生児とかオオカミ少年とか呼ばれる現象も、ある種の人狼症と考えられるのかもしれない。
しかし非常に奇妙なことは、野生児は、過剰な毛を持ってしまう遺伝性疾患である『多毛症(Hypertrichosis)』を患っているぽい報告がかなり多いことか。
多毛症自体まれな病気な上、これは環境が関係ない症状だから、野生児ばかりに偏る傾向は妙である。
もっとも、毛が異常に多い子供を不気味に思って、捨てる親が多かっただけなかもしれないが。
何にしても、多毛症の野生児が、オオカミ人間の伝説に関与している可能性は、十分あるだろう。
魔女狩りと、オオカミ人間の所業
キリスト教が権威を誇った中世ヨーロッパでは、その容姿や、誤解されがちだった性質から、オオカミは悪魔と同一視される場合もあった。
「キリスト教」聖書に加えられた新たな福音、新たな約束 「悪魔学」邪悪な霊の考察と一覧。サタン、使い魔、ゲニウス
また、神の奇跡なしに変身することなど、(そういう意味では、人間もオオカミも、そもそも物質的に考えがちな現在以上に)通常は不可能だと考えられていた。
そういうわけで、魔女(黒魔術)の迷信と、オオカミ人間が結びつけられることもあったようだ。
「魔女狩りとは何だったのか」ヨーロッパの闇の歴史。意味はあったか 「黒魔術と魔女」悪魔と交わる人達の魔法。なぜほうきで空を飛べるのか
人間とは思えない行いは獣だからか
特にフランスやドイツでは、連続殺人鬼などは、基本、オオカミ男と考えられた。
それこそ、獣じみた精神を持っている者でもないと、 何人も殺すなんて異常なことできるはずがないと考えられていたからだ(コラム2)
「人間と動物の哲学、倫理学」種族差別の思想。違いは何か、賢いとは何か
魔女として拷問の末に火炙りにされたが、実は無実だった者たちが大勢いると考えられて いるが、オオカミ人間もそうだったろうか。
以下にいくつか紹介するが、実際に残るオオカミ憑き、あるいはオオカミに変身できると考えられた犯罪者の記録は、 迷信や、あるいは本当の獣が真相に関わっていたのかもしれない。
(コラム2)ここが地獄だ
異常を悪魔のせいにしてみる。
すると、深く考えたら、歴史の中で何人も確認されている、利益のために戦争や虐殺を引き起こしたりした権力者たちは、まさしく大魔王である。
さらに人間という生物を特別扱いしなかったとしたら、人間の99%以上は悪魔になってしまうかもしれない。
哀れな動物たちよ。
見てみろ、ここがHELLだ。
ピエール・ブルゴット、ミシェル・ヴェルダン
フランスのポリニーのオオカミ男(Werewolves of Poligny)と呼ばれたのは、ピエール・ブルゴット(Pierre Burgot)とミシェル・ヴェルダン(Michel Verdun)の2人である。
「フランスの成立」カトリックの王、フランク王国の分裂、騎士の登場
1521年。
ポリニーの道を行く旅行者に、1頭のオオカミが襲いかかった。
しかし旅行者が激しく抵抗したために、オオカミは茂みへと逃げ去る。
旅行者は、オオカミが再び自分に襲いかかってくることを恐れて、先手を打とうと、血の跡をたどった。
しかし、血の道が続いて先にいたのは、オオカミでなく、おそらくは、同じ場所に傷を持っていた男だった。
妻に傷口を洗ってもらっていたともされるその男こそ、まさしくヴェルダンであったのだという。
ヴェルダンは捕まるや、すぐに黒魔術仲間として、ブルゴットと、もう1人、フィリベール・モント(Philibert Montot)という人を告発。
モントは決して自分の罪を認めようとしなかったが、ブルゴットは、自分がオオカミ人間であることを自白。
ヴェルダンの妻も罪に問われたが、彼女はなんと、変身能力を有していないという理由で慈悲を受け、結局火刑に処されたのは、男3人だけだったそうだ。
一説によると、ブルゴットは服を着ている状態ではオオカミに変身できないと語ったそうだが、ヴェルダンは服を着たままでも変身できたらしい。
クリス・ガルニエ
「ドールのオオカミ男(Werewolf of Dole)」として知られるグリス・ガルニエ(Giles Garnier)は、子供ばかりを狙っていたらしい。
1570年代。
フランスのドールという地方で、子供が行方不明になり、何人かは悲惨な死体となって発見されるという事件があった。
ガルニエは、夜に子供の死体に股がっているところを、労働者のグループに捕まったとされる。
彼自身の証言によると、ガルニエは、食べ物を探して森を歩いていたある夜に、悪魔と遭遇し、姿を変えることができる、魔法の軟膏をもらった。
それから、彼は少なくとも、10歳くらいの子供を4人殺害したというが、それは、オオカミに変身した際の抑えきれない衝動ゆえだったらしい。
シャロンの仕立て屋
1598年にも、フランスのシャンパーニュ地方はシャロンという町で、子供が次々と行方不明になる事件があったという。
そしてその犯人とされた、シャロンのオオカミ人間(Werewolf of Châlons)は、町の仕立て屋だったという。
この話はまた、「赤ずきん」に代表されるような、無害なものに化けて待ち構える、ずる賢いオオカミのイメージの起源でないかと推測されることもある。
子供らの行方不明に加え、謎の獣も町外れなどでよく目撃されたため、どこかにオオカミ人間がいるという噂は、かなり早く広まったとされる。
町全体が集団ヒステリーのような状態になっていた可能性も高い。
謎の獣が、死んだ子供を貪り食っているという話もよくあったという。
そしてやがて、町の郊外にある仕立て屋の店に、疑惑の目が向けられるようになった。
その仕立て屋は、めったに店外に姿を見せない風変わりな人で、店自体は、その無邪気な雰囲気の外見により、子供に非常に人気であったという。
しかし怪しいことに、その敷地内で子供の悲鳴のようなものが聞かれたり、夜中に森に向かう彼の姿が目撃されたりしたわけである。
ついには強制的に店内が調べられることになったが、ある部屋に子供の骨が、また別の部屋では適当に食べ散らかされたような謎の肉片ばかりが見つかり、疑惑は確信に変わったのだった。
仕立て屋の男は、店内の恐ろしい様子を見られても、落ち着いた様子だったとされる。
拷問を受けた上での彼自身の自白によると、犠牲者の数は50人以上にもなるという。
これはむしろ奇妙なことかもしれないが、彼は、恐ろしい犯行を認めながらも、自分がオオカミ人間であるという疑惑は否定し続けた。
一方で、彼が裁判の時に、実際にオオカミに変身してみせる姿を目撃したという人がけっこういたらしい。
ペーター・シュトゥッベ
16世紀頃のドイツはベートブルク。
「ドイツの成立過程」フランク王国、神聖ローマ帝国、叙任権闘争。文明開化
ここで後にオオカミ男(The Bedburg Werewolf)と呼ばれることになるペーター・シュトゥッベ(Peter Stubbe。~1589)は、元々、裕福な農民だった。
伝えられたところによると、彼は夜ごとにオオカミに変身して、ベートブルクの市民をむさぼり食ったらしい。
1589年の、(おそらくは拷問によりひきだされた)彼自身の告白によると、彼が黒魔術に手を染めたのは12歳の頃から。
彼は、例によって悪魔から、オオカミに変身できる魔法のベルトを与えられたそうだが、もちろんそんなベルトは発見されなかったという。
ペーターの記録は、今ではオオカミ人間のものとしてよく知られているが、古い翻訳パンフレットにこの話を見つけ、紹介することで広く有名にしたのは、モンタギュー・サマーズ(Augustus Montague Summers (1880~1948)という、これまた結構有名なオカルト学者(あるいは作家)である。
老人ティース
1692年。
スウェーデン領リヴォニア、ユルゲンスブルクで、オオカミ人間として異端裁判にかけられたティースという人は、すでに80歳を超えていたようで、裁判の場に連れてこられたオオカミ人間としては、おそらく最年長である。
しかも、彼の正体についての話は、彼のほうから進んで自白したものだったらしい。
最初、教会に入った泥棒の目撃者として、法廷に現れた彼は、平然と、自分が10年前までは活動していた、元オオカミ人間だと語ったのである。
興味深いことに、その活動はすべて、自らが仕えるキリスト、そしてキリスト教会の利益のためだったと、彼は主張したそうだ。
ティースは、かつて物乞いであったが、ある時にオオカミに変身する力を得た。
彼曰く、オオカミ人間は神の僕で、年に3回ほど地獄へと旅立ち、魔女や悪魔に奪われた、地上の家畜や穀物を取り戻すらしい。
ティースはおそらく殺人者ではなかったから、死罪とはされなかったが、結局むち打ちの末、キリスト教徒の土地から永久追放になったという。
少年ハンス
罪に問われた時点で最年長のオオカミ人間が、ティースとするなら、ハンス(Hans the Werewolf)はおそらく最年少の部類である。
17世紀のエストニアでは魔女裁判により、少なくとも数十人ほどが告発されたという。
1651年。
18歳のハンスは、魔女としても、オオカミ男としても有罪判決を受けたらしい。
なぜかは不明だが、彼はかなりあっさりと罪を白状し、裁判はスムーズに進んだそうだ。
興味深いのが、彼がオオカミ人間になったというきっかけであろう。
どうも16歳の頃に黒い服を着た謎の男に噛まれて以来そうなってしまったとか。
ハンスはまた、自分が人間でなく野獣と感じると語ったそうだ。
近代のオオカミ憑き
かなり近代にも、オオカミ人間が起こしたとされる事件がある。
例えば、スペインにおいてしっかり記録された最初の連続殺人鬼とされるロマサンタ(Manuel Blanco Romasanta。1809~1863)は、自分の行いはオオカミに変身してしまう呪いのせいであると主張した。
スペインのガリシアでは、7番目の子供が、男の子ならオオカミ人間に、女の子なら魔女になるという言い伝えがあったらしい。
それと関係あるのかは不明だが、ロマサンタは6歳まで、女の子として育てられていたとされる。
また、彼が中性的、あるいは女々しいという印象を持っている人は、けっこう多かったそうだ。
彼自身は、自分が初めてオオカミになったのはかなり幼い頃とした。
山で2匹のオオカミと遭遇し、襲われると思ったところで、自分自身もオオカミとなっていたらしい。
それから5日間ほど、その2頭と一緒に、悪行を働いたのだとか。
犬頭人。今、典型的となっているオオカミ人間
今では逆に勘違いされることもあるが、人の体にオオカミの顔みたいな、現代的オオカミ人間の伝説も、別に映画で作られたわけではない。
実際、そのタイプのオオカミ人間(Cynocephali。犬頭人)の伝承も、けっこう古くからある。
ただこのCynocephaliなる生物は、通常、Werewolfとは区別されるらしい。
東方世界に、犬の頭を有する人間がいるという噂は、古代ギリシャの時代にはあったようだ。
古代エジプトより伝わる冥界の神アヌビス(Anubis)も、犬頭人の系統どころか、これはより起源的である可能性もある。
また、中国神話における最初期の王、伏羲(Páoxī)と、その妹の女媧(Nǚwā)が、犬の頭を持っていたとするパターンもあるらしい。
「夏王朝」開いた人物。史記の記述。実在したか。中国大陸最初の国家
古くから、ヨーロッパ、インド、中国は、未知の地域にこのような犬頭人をよく想定したとされる。
ただヨーロッパでは、完全な獣人的にイメージされることが多く、インドと中国では、オオカミ憑き(つまり変身できるタイプ)の出来損ないか、なり損ないみたいに扱われる場合が多かったようだ。
各地での噂いくつか
例えば紀元前5世紀のクテシアス(Ctesias)や、 それより1世紀ほど後のメガステネス(Megasthenes。紀元前350~紀元前290 )などは、インドの方に生きているという、犬の頭の人々のことを語っている。
ずっと後のジョバンニ・カルパイン(Giovanni da Pian del Carpine。1185~1252)はバイカル湖の北に、マルコ・ポーロ(Marco Polo。1254~1324)はアンダマン島に、犬人間がいたとしている。
またイブン・バットゥータ(Ibn Battuta。1304~1368)は、バラナカル(Barahnakar)なる国の、口元が犬のようである部族を語っている。
古代中国の、扶桑の伝説
古代中国には、遥か東方に、「扶桑(Fú Sāng)」と呼ばれる、巨大な木か、島国の伝説があった。
そして中国の歴史書、「梁書(Liáng Shū)」には、仏教の宣教師による、扶桑の東の、犬頭人の島の説明があるという。
扶桑という島の解釈に、日本やアメリカ大陸があるということを考えると、より興味深いか。
ブレイロードのベアウルフ
アメリカ、ウィスコンシン州で、おそらくは1930年代くらいから 出没記録があるという、クマ(熊。Ursidae)とオオカミをかけあわせたような容姿の怪物(Beast of Bray Road)などは、現代のオオカミ男とよく言われる。
そのまま、ベアウルフ(クマオオカミ)と呼ばれることも多いこの生物は、2メートルぐらいの体長で、全身黒い毛むくじゃら。
クマっぽいが、頭部がかなりオオカミっぽい。
あるいはクマのような大きさのオオカミとされることもある。
犬の特徴を備えた、毛深いヒューマノイド(人型)と表現されることもある
1990年代には、ウィスコンシン州のデラバンとエルクホーンの町の辺りで頻繁に目撃されたそうである。
地元の民間伝承においては、オオカミ男伝説と関連付けられることが普通だったようだが、 この生物を調査する未確認動物学者たちには、オオカミ男より、迷信性が薄いと考えられるビッグフットと関連付けられることが多いようだ。
元は謎めいたイヌか、イヌ人間であったものに、クマの性質が足されたのは、ビッグフットのイメージのせいという推測もある。
「ビッグフット」実在するか、正体は何か。目撃の歴史。フィルム論争
この生物が、現代的なオオカミ男として非常に有名であるのは確かなこと。
目撃情報は大量にあり、その人気から、この生物をテーマとした映画まで作られたことがあるそうである。
ドッグマンは完全に創作か
アメリカミシガン州のドッグマン(Michigan Dogman)なども、現代的なオオカミ男と言えるかもしれない。
1987年。
ミシガン州のラジオ局でDJを務めていた、超常現象マニアでもあるスティーブ・クック(Steve Cook)は、(地元に?)古くから伝わる獣人伝説を参考に、半人半犬で、二足歩行する架空の生物、ドッグマンを考え出した。
彼はそれをラジオで紹介するにあたり、それをテーマに作詞作曲したザ・レジェンドという歌も流した。
するとどうなったか。
歌われるその怪物を、実際に見たという目撃報告が、ラジオ局に次々と寄せられることになったのであった。