「キメラ」哲学者たちの合成獣伝説、植物動物、実験生物兵器の噂

生物学用語として

 『キメラ(chimera)』とは、同一個体内に異なる遺伝情報が混じっている状態、あるいはそういう状態の個体を指す、生物学の用語。
日本語では、『嵌合体かんごうたい』ともいう。

 キメラは自然界にも、人工環境の中でも、普通に見られることがある。
ただし、他者の生体細胞を拒絶する免疫システムが発達している脊椎動物などでは、あまり大胆なものは珍しいし、危険度が高い。

 基本的には、遺伝子の型が異なる組織が複数組み込まれている個体なら、キメラである。
ただし、『雌雄同体』に関しては、『性的モザイク(gynandromorph)』とか、『雌雄嵌合体』とかいう。

 以下に紹介する、そのままキメラの名前のもとになった、ギリシア神話のキマイラのような、古い伝説に出てくる複数生物の混合体群も、生物学用語としてのキメラの範疇に、収まると言えば収まる存在と思われる。
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ギリシア神話と博物学者たちが語り継いだキメラ

キマイラ。火山を表現した怪物か

 古代ギリシアで語り継がれた怪物キマイラはそもそもが、キメラ(合成獣)、あるいは生物学におけるキメラの語源となったであろう生物である。

 古い時代のキマイラは、ライオン(獅子。Panthera leo)に、ヤギ(山羊。Capra)とドラゴンの頭をくっつけたような生物として描写されていたとされる。
やがて時代が下ると、ドラゴンの顔はなくなり、その尻尾がヘビ(蛇。Serpentes)として描かれるようにもなったらしい。
尻尾はさらに、ヒツジ(羊。Ovis aries)のものを持っている場合もある
その口からは炎を吐くとされ、なぜか一般的にはメス(雌)とされる。
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 古くから、小アジアのリュキア地方にあったという、キメラ(ヤナール)と呼ばれた火山から着想を得て、創作された怪物という説がある。
ウェルギリウス(Publius Vergilius Maro。紀元前70~紀元前19)の注釈者セルウィウス(Maurus Servius Honoratus)は、この山の山頂からはよく炎が噴出し、周辺にはライオンがたくさんいて、中腹にはヤギがたくさんいて、下の方にはヘビが多くいる。
そしてそれらの要素を合わせて表現した結果が、この怪物なのだとしている。
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 神話伝承においては、通常、恐ろしい怪物巨人テューポーンと、やはり怪物である女エキドナとの間に生まれた、サラブレッド的な多くの怪物たちの1体とされる。

 この生物に限った話でないが、複数種の動物たちの要素をかなり明確な形で合わせ持った、キマイラ、合成獣は、奇形などでも説明しにくい。
実際にこのような生物が存在していたことがあるとするなら、いったいどのような生物であったのだろうか。

ケンタウロス。見た目は特に融合体のイメージが強い

 神話において、テッサリアのペリオン山などに生きていたというケンタウロス(Centaurus)は、基本的には、ウマ(馬。Equus ferus caballus)の顔の部分に、人間の上半身が備わっているような見かけとされる。
結果的に、その人間部分の両腕も合わせて6本足というような生物になってしまうことから、半人半馬というより、普通に後からの融合体か、遺伝の異常的なイメージがある。

 神話でも、人間とウマの間に生まれた説があるが、明らかに1体というわけではなく、生まれが異なる様々な個体がいるように語られる。
利口な者と、愚かな者の差が激しいようだ。
愚かなケンタウロスは酒が好きらしいが、その癖の悪さのせいで失敗するエピソード、あるいは酒で酔っ払ったために戦いを引き起こしてしまったというエピソードが、神話に結構見られる。

 この種族の起源は、ペリオン山沿いに住んでいたテッサリア人で、彼らは馬に乗って戦った最初の人間、でなくとも、ギリシア人が戦った最初の騎馬民族で、無知ゆえの見間違いがあったかも、というわけだ。

 リュコステネス(Licosthenes)は、かつて蒙古(モンゴル遊牧民)の地には、ヒキガエル(Bufo)のような腕を持ったケンタウロスがいたとしている。
リュコステネスの本を参考にして、アルドロヴァンディ(Ulisse Aldrovandi。1522~1605)は、 その絵も描いたが、そのケンタウロスには下半身の馬部分に前足が無いという。
実質、足が6本になってしまうのはおかしいと考えたのだろうか。

ミノタウロス。そもそも迷宮は本当にあったか

 ギリシア神話において、ミノタウロス(Minotaurus)は、呪いによってウシ(牛。Bos taurus)に恋することになったクレタ島の王妃と、ウシとの間に産まれた混血である。
成長するにつれ恐ろしく乱暴者となり、ラビュリントス(迷宮)に閉じ込められ、後に英雄テーセウスに退治されたとされる。

 普通にウシと人が混じり合った怪物ともされるが、 同じハーフキメラであるケンタウロスと比べてみると、少なくとも顔の部分がウシ的であったりするので、あちらとは異なる合わせられ方である。
これは、どちらかには明確な起源、モデルがいることを示しているのかもしれない。

 ミノタウロスの起源に関しては、かつてクレタ島で行われていたらしい、ウシの仮面をつけた祭司が、複数のウシが走り回る中で踊るというようなもの。
実際に人とウシとの交わりの儀式があったという説もある。

 ちなみに、ミノタウロスの父であるミノース王の宮殿跡らしき遺跡(クノッソス)は発見されているが、迷宮は発見されていない。
あまり意識されてはいないが、内部構造が複雑な宮殿そのものが迷宮神話の起源なのだという説もあるようだ。

 ミノース王が実在したとして、ミノタウルスも、単にウシに例えられるぐらいに強い将軍王子だったという解釈もある。
ミノタウロスは、やたらと若い娘を望んだそうだから、そういう面で強かったということなのかもしれない。

ハーピィ。なぜ醜いと考えられていたのか

 腕の代わりに翼を持った女性の下半身に、鳥の下半身を持つというハーピィ(Harpyia)もまた、クレタ島に伝わる、時に人や物をさらっていく風の神だったという説がある。
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 起源はともかく、この生物の容姿が非常に醜いというイメージは、かなり古くからあったそうだ。
紀元前5世紀頃には、すでにその醜さに触れた詩などがあるらしい。

 ガリレオの友人であった、哲学者の医師リセティ(Fortunio Liceti。1577~1657)。
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作家のボエステュオー(Pierre Boaistuau。1517~1566)。
理髪外科医のパレ(Ambroise Paré(1510~1590) 。
神学者のヘディオ(Caspar Hedio。1494~1552)などが記録している、「ラヴェンナの怪物(Monster of Ravenna)」は、通常は、奇形児だったのだと解釈されている。
それは1511か1512年に、ラヴェンナという地域で生まれた、頭と体が人間で、腕の代わり翼がある、まさしくハーピーである。
ただし、典型的なハーピーとは明らかに違う点もあったようだ。
例えば頭には1本の角が生えていて、足は猛禽類もうきんるい(Raptor)のような足が1本だけだった。
また、どうも両性具有で、膝に第三の目が付いていたともされる。
栄養失調が原因だろう、様々な奇形児に見られた特徴が、合わせられたイメージ、という説もある。
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マンティコラ。凶暴な人喰いの獣

 アリストテレス(Aristoteles。紀元前384~紀元前322)は、クテシアスという人が語った、マンティコラ(Manticōra)というインドの動物について、「ライオンのような体に、人間の顔を持った、しかし上下の歯が口の中でそれぞれ3列となっている生物」と定義しているという。
目は灰色、体は赤く、サソリ(蠍。Scorpiones)のにも似た尻尾を持っていて、さらに毒が入っているというその尻尾の先は棘で覆われている。
さらに笛とトランペットを合わせたような声を発し、シカ(鹿。Cervidae)ほどに素早く走り、野蛮で人を食うこともある。

 プリニウスは、 マンティコラは人間の言葉を真似ることができるのだとしている。
また彼は、同じように人間の声を真似ることができる動物として、エチオピアにおけるメスライオンとハイエナとの混血らしいコロコッタを紹介しているという。
面白いのが、こちらの生物は、歯が、口の端から端へと完全に繋がった一本骨らしい。

 ずっと後の博物学者トプセル(Edward Topsell。1572~1625)は、マンティコラに関して、哲学者イブン・スィーナー(Avicenna‎。980~1037)がマリオン(Marion)とかマリコモリオン(Maricomorion,)と呼んでいる生物と同じかもしれないとしている。
こちらは近づいてきた者を、とにかく尻尾で傷つける、凶暴な生物で、尾の針が何度抜けても新しく生え変わってくるそうだ。

 また、トプセルは、凶暴な獣がたくさんいるインドにおいても、「人食い」と呼ばれるのはマンティコラのみとしている。
マンティコラは、レウクロコタ(ライオンハイエナ)とも、マルティオラとも呼ばれるが、つまりそれは「人食い」なのだという。
インド人はマンティコラを捕らえた場合、尻尾や尻を傷つけて毒を抜く。
毒を失ったマンティコラは、とたんにおとなしくなるようで、後はペットにすることすらできるという話もある。

ボロメッツ。植物ヒツジはどのくらい信じられていたか

 キメラの素材は動物ばかりとは限らない。
ブライトン水族館(Brighton Aquarium)の博物学者であったヘンリー・リー(Henry Lee。1826~1888)は、『タタールの野菜ヒツジ(The Vegetable Lamb of Tartary。Planta Tartarica Barometz)』という本を書いている。
この本はその植物が綿花めんか(Cotton)であることを証明するために書かれたものともされる。

 『タタールの植物子ヒツジ(Planta Tartarica Borometz)』は、単にボロメッツ(Borometz)とも呼ばれる。
ボロメッツは、タタール語で、そのまま「子ヒツジ」の意味だという。

 また、ヘンリー・リーは、シーサーペントの存在に懐疑的だった人物としても知られている。
クラーケンに関しても、現実に存在するイカ(烏賊。Decabrachia)と比較するなどかなり冷静に見ていたようだ。
彼は、この植物ヒツジというのには、2種類あるらしいという、おそらくは通説を語っている。
さや(豆科植物の種子を覆っているから)の中に子ヒツジが収まっている種。
それに、子ヒツジのへそが短いくきと繋がっている種である。
有名な図などからか、現在に残ってるイメージは、どちらかというと後者の方が強い。

 茎と繋がったヒツジは、生理的には普通の単体のヒツジと全然変わらないともされる。
茎は、葉や花を支えるための骨格部分とされているから、このタイプのボロメッツのヒツジ部分は、実質、葉か花なのかもしれない。
柔軟性のある茎により、その動ける範囲内の(自身の?)草を子ヒツジは食べるが、草がなくなってしまうか、茎が折れてしまうと、子ヒツジも死ぬらしい。
植物に繋がっていない以外はただ小さなヒツジのために、オオカミ(狼。Canis lupus)が天敵で、食われてしまう場合もあるという。

ユダヤに語り継がれる伝説

 裁判官でもあった植物学者クロード・デュレ(Claude Duret。1570~1611)は、1605年の『奇跡的に不思議な草木の自然史(Histoire admirable des plantes et herbes esmerveillables et miraculeuses en nature)』という書で、 ユダヤ教ラビのヨカナーン(Jochanan,)の本「タルムド・イエンリミタヌム(Talmud Ierosolimitanum。エルサレムのタルムード)」で書かれていた植物ヒツジの話を紹介している。

 エチオピアのチュセンシス(Moses Chusensis)は、シメオン(Simeon)なるラビの友人から、ヘブライ語で『Jeduah』と呼ばれる植物動物が産出される国の存在を知った。
それは、へそから伸びた一本の茎が、地下の根にしっかりと繋がっている子ヒツジで、 茎が動けるだけの範囲内の草をひたすらに食べる。
茎を切られてしまった子ヒツジは、すぐに落ちて死ぬが、その骨を人の口元にあてたら、その人はただちに予言の力を得るのだという。

 ただし、デュレの書を読んだヘンリー・リーは、自身が持っていた「エルサレムのタルムード」のラテン語訳に、植物動物の記述を見つけられなかったらしい。
そこでリーは、自身の友人のユダヤ教徒にも協力してもらい、原書にはもともと何が書かれていたのかを調べてみたという。

 それで明らかになったのは、タルムードの一部「ミシュナ(Mishna Kilaim)」に、「Adne Hasadeh(野の主)という植物の獣とみなされている」という一節があること。
そのことに関してサンスのシメオン(Rabbi Simeon of Sens)が、「 それはへそで生きているという山の人で、聖書の「レビ記」中で言及されている、 骨が魔法の道具となる、 地中から生えた茎の上で成長する動物のJedouiに違いない」とする注釈を書いていることなど。
Jedouiは、ヒツジでなく人間に似ていたとされる。

 リーは、1705年のヘブライ語作品『マーセ・トピア(Maase Tobia)』における描写も指摘しているという。
それは本の著者が、タタールで発見されたボロメッツについて語る描写。
タタールのサンブララ地方(Sambulala)のアフリカ人たちが、ヒョウタン(瓢箪。Lagenaria siceraria var. gourda)よりやや小さいが、よく似ている種子によって大儲けしているというもの。
それは成長して茎を伸ばし、やがてその茎はボロメッツと呼ばれる動物のへそにつながる。
これは明らかに人間よりもヒツジに似ているが、完全にヒツジというわけではない。
そのヒツジの頭に角はないが、伸びた毛が絡まっていて、結局は角のようになっている。
その血は蜜のように甘く、その肉は魚のような味がする。
毛皮柔らかく、普通に繊維として利用が可能。
基本的に多くの動物にとっては無視する対象であるが、オオカミだけは例外で、天敵となっている。

二つの王国の子ヒツジの種

 植物ヒツジのもう片方の種、莢にヒツジが入っている方は、そもそももう片方の方と何か関係はあるのだろうか。

 ジョン・マンデヴィル卿(~1372。Sir John Mandeville)の旅行記の中には、インドへ向かう道中に通るキャディッセン王国(Cadissen)にあるという、熟された状態で2つに割ると、中から毛のない子ヒツジのような生物が現れる、ヒョウタンに似た種子の話があるという。
地元の人たちはその獣も果実もしっかり食べるらしい。

 マンデヴィルはさらに、カロール王国(Kalor))という所にも、熟すと上部が開き、中から子ヒツジのような生物が現れる、ヒョウタンかカボチャ(南瓜。Cucurbita)みたいな種子があるとしている。

ヒツジ男の都市伝説。黒魔術か、実験動物か

 ヒツジは、他の生物とのキメラが生じやすい存在なのだろうか。

 アメリカ(合衆国)の、特にカリフォルニア、ルイジアナ、メリーランド、テキサスなどで、 目撃されることが多いともされるヒツジ男(Goatman)は、通常は、人間とヒツジ(あるいはヤギ)のキメラと言われる。

 Goatmanは、その一般的な英語名を直訳した場合、ヤギ男である。
もっとも典型的な特徴である、頭の角がヒツジに似ていたという目撃報告もあるようだが、なぜヤギでなくヒツジと訳されたのかは少し謎。
ただし、特定地域に現れた、おそらくこれと同種らしき生物が、Sheepman(ヒツジ男)と呼ばれている例はある。

 基本的に、この生物は、2メートルくらいの人型だが、ヒツジかヤギに似た、一対の角の生えた顔を持つ。
かなりがっしりした体格で、全体的に、やはりヒツジのような毛に覆われているともされる。

 都市伝説的に語られる、ヒツジ男の話の中には、若いカップルやペット動物を殺すとか、民家に侵入し住人に暴行するといった話もある。

 その起源を、ギリシア神話のサテュロスに求めるものもいる。

ウォーターフォードの恐怖の怪物

 1970年代。
ペンシルベニア州ウォーターフォードの町にて、動物を(時には人も)引き裂き、食らうヒツジ男が、度々目撃され、住人たちを恐怖に陥れたという。
合計で、実に数百人もの人たちが、 この生物を目撃したらしいが、 1970年代末頃には、ほとんど情報はなくなっていたそうだ。

 車を運転中、周囲の森などから、この生物が突然道路を横切るというのも、よく語られていた目撃話のパターンだったらしい。

ポープリックモンスター。復讐を誓った悪魔の子

 ケンタッキー州のフロイド郡。
ノーフォークサザン鉄道の架台かだいの下に住んでいると噂される ポープリックモンスター(Pope Lick Monster)も、ヒツジ男とされる。
ただし、 この生物に関しては文字通りに都市伝説的で、実際の目撃などは、ほぼ皆無らしい。

 角が短めだが、他の地域のものに比べても、特にヒツジの要素が色濃いと言われる。

 何か特殊能力を有しているかのような噂が多い。
例えば、催眠術的作用のある声を使い、ターゲットの人を誘い込むとか。
この生物を直に見てしまった人は、正気を失って、高い架台から飛び降りてしまうとか。

 それは血に染まった斧で攻撃してくるという話もあるが、斧を使うというのは、他の地域でもわりと共通のようで、どうやらヒツジ男の典型的な武器らしい。

 このポープリックモンスターに関しては、起源にまつわる噂もいくつかある。

 まず、これはやはり人間とヤギの雑種で、 幼い頃は見世物小屋で、虐待されていた。
ある時に、乗せられていた列車の車両が脱線し、彼は逃げ出し、人々への復讐を誓ったという話。

 他にも、悪魔と契約するために、ヤギを犠牲にした農夫の成れの果て、あるいは、恐ろしい罰を与えられた生まれ変わりなんて説もあるようだ。
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 それと、この生物が潜むという線路の架台を登る行為が、「勇気のテスト」として、子供たちの間で流行ったこともあるようだが、明らかにそれのせいによる犠牲者が何人か出ている。

プロクターバレーモンスター。キャトルミューティレーションとの関係

 カリフォルニア州サンディエゴのプロクターバレーは、変わった形態の動植物が豊富とされる地域だが、超常的な現象の噂も多いらしい。
そしてそんな噂のひとつが、2メートルほどだという、ヒツジ男的な怪物(Proctor Valley Monster)である。

 このプロクターバレーモンスターなる生物は、ビッグフットの亜種として語られることもあり、巨大な足跡などが証拠として扱われることもある。
また、なぜかキャトルミューティレイション(unexplained livestock death)の原因の生物とされる場合がある。

 どうも、単にビッグフット的な生物とか、かなり凶暴な奇形のウシとか、証言になかなか一貫性がないらしい。

メリーランドのマッドサイエンティスト

 メリーランド州にも、このヒツジ男の起源に関する興味深い噂があるという。

 伝えられるところによると、ヒツジ男の正体は、ベルツビルの農業研究センター(Beltsville Agricultural Research Center)で働いていた、元科学者だった。
その科学者は、怪しげな遺伝実験を繰り返した末に、自らのDNAに、ヤギのものを融合させた。
そうして、科学者は、人間とヤギのハイブリッド生物へと変異したが、その副作用で、精神を恐ろしいものにしてしまったのだという。
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 メリーランドの伝説では、他のパターンとして、人知れず生きていた誰かが、突然変異したことで、混乱のあまりに、暴挙にはしるようになった、というのもあるらしい。
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謎のビリワックデリー。OSSの秘密工場

 カリフォルニアは、サンタ・ポーラのビリワックの怪物(Billiwhack Monster)もまた、メリーランドのもののように、SF的な起源の噂がある。

 ちなみに、日本でヒツジ男といえば、たいてい、このサンタ・ポーラのものがまず紹介されるようである。

 伝説によると、サンタ・ポーラにはかつて、「ビリワック・デリー(Billiwack Dairy)」なる、乳製品を生産していた酪農らくのう工場が存在していた。
ビリワックデリーは、それがあった当時の基準においては、最先端かつ、先進的な酪農場であった。
そして、それを経営していた者たちが事業に失敗し、破棄した施設などを、軍が秘密裏に買い取った。
それ以降、その辺りで、謎のヒツジ男がよく出没するようになったのだという。

 より詳しい(そして興味深い)シナリオとして、以下のようなパターンもある。
ビリワックデリーを1924年に設立したオーガスト・ルーベル(August Rubel)なる人物は、1917~1919年までの期間、American Field Service(アメリカ野戦奉仕団)という国際的なボランティア組織に所属し、フランスで活動していたらしい。
そして、その活動の中で、彼は諜報機関OSS(Office of Strategic Services)、つまりは現在のCIA(Central Intelligence Agency。中央情報局)と繋がりを持った。
つまり、実のところ、ビリワックデリーというのははなから隠れ蓑で、元々ここは遺伝子改造によるスーパー兵士作りを目的とした秘密工場だったわけである。

 ルベールとOSSのシナリオが真実に近しいとするなら、この生物は工場が破棄されてから、外部で目撃されるようになったのだろうが、軍が撤退した理由を作ったのも、もしかしたらこの生物だったのだろうか。

アメリカ合衆国の、半分獣の都市伝説

 おそらくは、ハリウッドのモンスターホラー映画の影響もあるのであろう(オオカミ男とか半魚人みたいな)。
特にSF映画などでも、まったく自然と、人型宇宙人が大量に出てきたりするが、アメリカはアーノルド事件以降、UFO現象の最前線だったことも忘れてはならない。
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 それだと、古くからあった目撃などを説明しにくくなる場合もあるが、秘密の研究施設などで生まれた、人工生物という説などもある。

 とにかく理由は置いておいて、アメリカは、前述のヒツジ男をはじめとして、半人半獣、あるいは人でなくとも、異なる獣が合わさった生物の噂がやたら多い。
以下に紹介するのは、いくつか代表的なもの。

ジャッカロープ。ショープ乳頭腫ウイルスによる角か

 ウシ科動物のレイヨウ(Antelope)のそれに、非常によく似た角を持つというウサギ(兎。Leporidae)、いわゆるジャッカロープ(Jackalope)は、先住民の伝説には全然登場しないという。
ウサギ 「ウサギ」生態系ピラミッドを狩られまくって支える、かわいい哺乳類
 この生物はウイスキーを好み、人の声の真似という特技を持つ。
その乳が薬になるという噂もあるが、(ウサギなのだから当然だが)哺乳類なのは間違いなさそうである。
哺乳類 「哺乳類」分類や定義、それに簡単な考察の為の基礎知識 並ぶ哺乳類 哺乳類の分類だいたい一覧リスト
 ルネサンスくらいから、ヨーロッパでは、非常に珍しい角の生えたウサギLepus cornutusの伝説が広まり、18世紀くらいまでは、 その実在を信じてる人もけっこういたという。
ジャッカロープが、アメリカ大陸のLepus cornutusと考える人も多かったとされている。

 ウサギに感染するショープ乳頭腫ウイルス(Shope papilloma virus。SPV)は、皮膚に腫瘍しゅようを生じさせ、それが角のように見える場合もある。
そこで、ジャッカロープやLepus cornutusの伝説の原因だろうとされている。

キャビット。アメリカに移住してきた?

 おそらく19世紀から、 ヨーロッパやアフリカなどでも目撃報告があった、ウサギネコことキャビット(Cabbit)は、 20世紀以降は、アメリカで目撃されることが多い。
たいてい、半身ずつネコとウサギというような、遺伝的というよりも物理的にくっつけたような生物とされる。

 いくつかの記録は、単に奇形の猫と解釈されている。

ワンパスキャット。アメリカのABC

 ワンパスキャット(Wampus cat)。
アメリカ先住民チェロキー族が語り継ぐ伝説の中に、かつて、掟を破った1人の女性が、魔法によって半人半獣に変わってしまった、というものがあるらしい。
基本は猫女というようなイメージのようだ

 よく半人半獣というと、体の半分が人間、体の半分が獣というような姿が思い浮かぶが、このワンパスに関しては、どうも、本当に 人間と獣が混じり合ったような姿らしい。

 アメリカの古い言い伝えの妖怪みたいなものなのだが、アメリカの、特に南部で、ABC(エイリアンビッグキャット)的な奇妙なネコ科動物などが目撃された場合、このワンパスなのでないか、と言われる場合があるそうである。
「エイリアン・ビッグキャット(ABC)」テレポートする猫たち

トカゲ男。世界中で目撃される爬虫類人間

 サウスカロライナ州リード郡ビショップビルのスケープオレ沼に現れたトカゲ男(Lizard Men)は特に有名。

 1988年7月。
サウスカロライナ州ビショップビル郊外のスケープ鉱石沼近くに駐車してあった車に、泥だらけの足跡、歯跡はあとや引っかき傷がついていた件を保安官が調査した。
そのニュースに、おそらくは促されて、17歳の少年がある報告をした。
それは、彼が運転していた車が沼近くでパンクした際に、2メートル以上くらいだろう、 ヌメヌメした緑の体の何者かに襲われたというもの。

 通常は上記の、車の発見に続く少年の報告が、スケープオレ沼のトカゲ男の噂の始まりとされている。
そしてその少年の目撃が、わりと大々的に報道されたためか、しばらくは目撃ラッシュもあったらしい。

 また、トカゲ男と呼ばれることもある怪物自体は、実は世界中で目撃されてはいる。
特に英語のLizard Menは、広義としては、類人猿のようだが爬虫類的な特徴を併せ持つ謎のヒューマノイド全般を指す名称で、例えば日本のカッパなども含まれるという。
砂漠のトカゲ 「爬虫類」両生類からの進化、鳥類への進化。真ん中の大生物 カッパの手 「河童」UMAとしてのカッパは実在の生物か、妖怪としての伝承。その正体
 このような生物の正体としてよく言われるのが、恐竜が人型に進化したという恐竜人間の仮説である。
この恐竜人間なる存在自体はおそらく、進化は優れたものへと向かうもので、そして優れたものとは人間のような存在のことであるという、古い発想から来ている。
恐竜 「恐竜」中生代の大爬虫類の種類、定義の説明。陸上最強、最大の生物。 「ダーウィン進化論」自然淘汰と生物多様性の謎。創造論との矛盾はあるか
しかし実際問題、類人猿と同じ道に沿った進化を、恐竜(というより爬虫類)が行うこと自体はおかしな話ではない。
ただ、そういう進化を行う爬虫類がいたとして、それが人間にこれまではっきり発見されていないほどの少数グループの状態を保ちながら、しかしこれまでをずっと生き延びてきた、と考えるのはかなり微妙ではある。

カエル男。電磁気をコントロールする能力

 オハイオ州のリトルマイアミ川が流れている1地区である街ラブランド、あるいはそれを含むクラーモント郡。
この地域の川、湿地林の辺りで、1955年に1回、1972年に2回、2016年に1回目撃されたらしいカエル男(The Loveland frogmen)というのもいる。
その名前の通り、カエル(蛙。Anura)に似た顔に、ぬめぬめした皮膚、手足に水かき、背中にトゲ状の突起を有するという。
ただ、体長自体は1.2メートルほどと、わりと子供みたいなサイズである。
両生類の手 「両生類」最初に陸上進出した脊椎動物。我らの祖先(?)
 この生物は、 カエルの性質を持ったヒューマノイドというよりも 二足歩行の巨大ガエル(bidpedal frogs)と言われることが多い。

 この生物はまた、火花を発する棒状の道具を持っているという報告もあるという。
そこで彼らが、何らかの、電気を制御する技術を持っている、と推測されることもある。
雷 「電磁気学」最初の場の理論。電気と磁気の関係
 2016年の目撃は、スマホアプリ「ポケモンGO」をプレイ中のカップルが目撃したものである。

ピッグマン、オウルマンの例。最初から創作の可能性

 半人半獣的な未確認動物の目撃者は子供が多いという説がある。
人を襲う場合でも、ターゲットが子供である場合は確かに多い感じである。
一般的に、都市伝説のようなものを好むのは子供が多いだろうから、当然と言えば当然の傾向かもしれない。

 また、1951年。
アメリカ、バーモント州の丘にて、 行方知れずとなってしまった17歳の少年サム・ハリス(Sam Harris)と、ブタ人間(Pigman)の噂は、ハロウィン用に創作された話という説がある。
この話には、少年自身がブタ人間となってしまう話と、ブタ人間が少年をさらう話の、2パターンが主にあるそうである。
このように複数のパターンがあって、どれが元々の話かわからない場合は、どのパターンも、そもそも元の話よりも誇張されたものである可能性は高いと思われる。
このような話を語る時に、わざわざ不可思議さを消去する人は珍しいだろうし、そんな人がいるとしても、あまり話を聞いてもらえないだろうから。

 フォーティアンの芸術家トニー「ドク」シールズ(Tony “Doc” Shiels)が創作した疑惑のあるフクロウ男(Owlman)などの例もある。
チャールズ・フォート 「チャールズ・フォート」UFO、超能力、オカルト研究のパイオニアの話 プレシオサウルス? モラーグ、リーンモンスター、ドバーチュ「ブリテン諸島の湖の怪物たち」
1976~1996年くらいにかけて、イギリスのコーンウォールで目撃された、オウルマン(フクロウ男)は、 名前通りフクロウ(梟。Strix uralensis)に似た翼や、足にかぎ爪などを持つという鳥人間とされる。
しかし、よく最初の目撃報告として語られる、1976年4月に、教会にいた2人の少女が見たという話を、最初に紹介したのが、シールズである可能性が高いらしい。
一応、以降いくつも報告された目撃証言の生物の描写は、結構一貫してはいるようだ。

 しかし、特にオウルマンの話は、いるかもしれないと考えてしまっただけで、人がその生物を目撃することもある、という事実を示しているのかもしれない。

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