関連性。化学と物理学、それに魔術
現代魔術において、錬金術(alchemy)とは、化学みたいなものである。
しかし同義ではない。
錬金術師は、その目的のために、物理学の領域にも足を踏み入れる。
しかし錬金術は物理学というわけでもない。
これは魔術師という人たち大半に言えるが、彼らは実用主義であり、真の原理など気にしない。
「現代魔術入門」科学時代の魔法の基礎
物理学は物質の真の原理を探る学問であるからして、錬金術とは明らかに異なる。
実用主義の創造術
錬金術は、物質を自由に操る事を目指す魔術である。
身につけるのに物質の特性など気にする必要はない(もちろん身につけておいた方が便利である)。
「化学反応の基礎」原子とは何か、分子量は何の量か
例えば、「電位差」とは、物質同士の「電荷」の差で、「電圧」ともいう。
物質間に電圧があると、電気的バランスを取ろうと「電子」の移動が発生する。
この電子の移動こそが「電流」であり、我々が電気現象と呼ぶもの。
というような知識はいらない。
「電磁気学」最初の場の理論。電気と磁気の関係
錬金術師が電気を必要とする時、必要なのは電圧があると電気が流れる。
もっと言うなら、電気を発生させる装置などの扱い方である。
電気の原理でない。
いうなれば錬金術とは、化学、物理学の実用的利用法なのである。
(コラム)あれもこれも錬金術?
何が言いたいかというと、つまり合金みたいな人工的な物質はもちろん、コンピューターとかすらも錬金術。
「コンピューターの構成の基礎知識」1と0の極限を目指す機械
どころか、ある意味では、生物の進化やブラックホールすら……。
「ダーウィン進化論」自然淘汰と生物多様性の謎。創造論との矛盾はあるか 「ブラックホール」時間と空間の限界。最も観測不可能な天体の謎
特殊な創造の技術の始まり
古代中国、インド、エジプト、ギリシャ。起源はいつか?
錬金術の歴史は紀元前に遡るのはほぼ間違いない。
かなり怪しい伝説だが、中国では紀元前4500年頃には、錬金術が実践され始めたらしい。
多分、この時期よりは、後であろうと思う。
「夏王朝」開いた人物。史記の記述。実在したか。中国大陸最初の国家
ずっと後のギリシャで、エンペドクレス(紀元前495~435)が『四元素説(Four elements theory)』を唱えた頃には、もう錬金術は世界中に広まっていた。
「原子の発見の歴史」見えないものを研究した人たち
すでに当時、バラモン教や仏教の秘技として、純金を生成する術がインドにあった。
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中国にも、道教の道士たちは、自らを不老不死へと変える研究を真剣に行っていた。
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ただし錬金術と言っても、時代や場所によって、様々な特色があるから、起源がひとつである可能性はむしろ低いであろう。
インドの錬金術師は金を求め、中国の錬金術師は不死性を求めていた。
そしてこれら東洋の錬金術は、明らかに今、一般的に言う錬金術の類いとは異なる。
伝統的な錬金術は西洋のものとされる。
ギリシャの科学、そしてギリシャに支配されたエジプト、それに迫害に堪えるユダヤの民の宗教が、偉大なる古代都市アレクサンドリアにて、結びつき、正統的な錬金術が誕生したのである。
「古代ギリシア魔術」魔女の起源。哲学主義。魔法使いピタゴラス
ヘルメス・トリスメギストス。錬金術の始祖
錬金術の始まりの時がいつかはわってないが、それを最初に始めた人の名は伝わっている。
その人はヘルメス・トリスメギストス。
何者かはわかっていないが、その奥義によって、昔エジプトにピラミッドを建てたという伝説がある。
「エジプトのピラミッド」作り方の謎は解明されてるか。オリオンの三つ星か
ヘルメス・トリスメギストスという名には「3重に偉大なる者」という意味があるらしい。
また、ギリシャ神話のヘルメスや、エジプト神話のトートは、彼自身か、あるいは何らかの関連があるともされる。
「ギリシア神話の世界観」人々、海と大陸と天空、創造、ゼウスとタイタン
当然、架空の人物だと思われるが、彼は単に、定められた理想の人物像にすぎないという人もいる。
錬金術的思想
世界霊魂をコントロールする
伝統的な錬金術は、根底に一元的(monistic)な思想がある。
宇宙のあらゆる現象は、宇宙に潜在するエネルギーの影響であり、それは『第一の原因(First cause)』、あるいは『世界霊魂(Anima mundi。world spirit)』と言われる。
世界霊魂は、あらゆる形で、あらゆる現象を引き起こすエネルギーで、しかしたったひとつであるらしい。
ひとつの世界にひとつなのか、この世界にはひとつだけしかないのか、はわからない。
ただ自然はひとつ、原理もひとつ、という思想はヘルメス的なものらしい。
また、物質というのは、被り物のようなものであり、それらが宇宙に溢れるエネルギーを内部に詰めたのが、この世界の全物質らしい。
単純な話。
伝統的、ヘルメス的な錬金術の究極の目的は、宇宙霊魂をコントロールし、世界を自由に支配する事である。
マクロコスモス、ミクロコスモス
神がいるとするなら、この宇宙は錬金術で創られた。
「ユダヤ教」旧約聖書とは何か?神とは何か?
錬金術は神と同じ技を使う。
あるいは錬金術師は、この宇宙を作った自然原理を利用する。
実際にこの宇宙のような大規模なものでなくとも、同じやり方、例えばヘルメス的に、宇宙霊魂のいくらかに物質の皮を被せたら、それもまた宇宙である。
広大な唯一の『マクロコスモス(大宇宙。Macrocosmos)』に対し、錬金術が作ったミニ版は『ミクロコスモス(小宇宙。Microcosmos)』と呼ばれる。
ただそもそもあらゆる物質ひとつひとつがミクロコスモスであるという説もある。
また、かつては、マクロコスモスとミクロコスモスには相互作用するものと考えられていた。
つまりマクロコスモスの、例えば天体の動きが、ある個人というミクロコスモスの感情などに作用したりするという思想があったのだ。
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おそらくこのような思想は占星術の影響か、あるいはこのような思想から独立して占星術が誕生したのだと思われる。
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現在でもマクロコスモス、ミクロコスモスの関連性を重視する流儀はあるようだが、あまり意味はない象徴的な考えという説もある。
四大元素とエーテル
火、土、風、水の四大元素は、伝統的な錬金術思想において、原子というものとは違う。
四大元素と言われるものは物質の素というわけでなく、物質、あるいはエネルギーの状態による分類に近い。
宇宙霊魂が物質を被った、その根元的なもの、つまり最も基本的な物質を『エーテル(ether)』という。
かつて電磁気の媒介として考えられたエーテル(luminiferous aether)ではなく、錬金術における、また別の意味としてのエーテルである。
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それはまた第五元素とも言われる事もある。
四大元素とは、そのエーテルの状態である。
土は個体(solid)、風は気体(gas)、水は液体(liquid)、そして火は物質を変成(Metamorphism)するきっかけとなるエネルギー状態である。
四大元素には象徴的な意味で、それぞれに四大精霊が定義される場合がある。
一般的なのは、火のサラマンダー、土のノーム、風のシルフ、水のウンディーネの四大。
これらは単に象徴だろうが、実際に存在するという思想もある。
霊的なものというより、四大元素から生まれる、最も基本的な生命体だという考え方もある。
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賢者の石
古くより錬金術師たちが求めてきたのは、生成しようと試みてきたのは『賢者の石(philosophers’ stone)』というものである。
最初にそれを作ったのはヘルメスとされ、後は勝手な噂を除いて、賢者の石が作られたという記録はない。
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またヘルメスも実在するか怪しい人物なので、実質的に賢者の石を作った記録は存在しないと言っていい。
しかしそれは当然である。
なぜなら賢者の石は、古今東西あらゆる錬金術思想の最終目標であり、賢者の石を生成した者は、奥義を極めし者となる。
基本的に錬金術は秘技であるので、奥義を極めた者は、そこに自分が行きつくまでの痕跡を全て消さなければならないのだ。
書物を焼却し、実験室を放棄し、後は世間から離れたさすらい人となるのである。
賢者の石を持ってはいても、誰かにそれを言う事はないし、その研究記録すら後の世には残らないというわけだ。
で、賢者の石とはどんなものか、というと、それは確かに見た目は石のようなものらしい。
ただし、それは見た目のサイズに対し、かなり重く、色は様々に変わるが基本赤い。
また、どのように使用するのかは不明だが、賢者の石を使うと、物質を自在に変えたり、物質に不滅性を授与したり出来る。
砕いて粉末を薬のように使うという説があるが、むしろ本来の錬金術思想的に、宇宙霊魂やエーテル、あるいは基本粒子を自在にコントロールする装置のようなものではないだろうか?
賢者の石の作る過程は『大いなる作業(Magnum opus。The Great Work)』と呼ばれる場合もある。
錬金術師の壺と哲学者の卵
錬金術の奥義に使われる専用の道具として知られるものに、『錬金術師の壺(Alchemist’s pot)』と『哲学者の卵(Philosopher’s egg)』である。
これらは同一の物だとされる事もある。
おそらくは壺の方が古くからのもので、これもヘルメスの発明品とされる。
錬金術師の壺は、物質の分量を必要に応じて分けるものであり、特に、賢者の石生成の、素材分量を計るものとされる。
用途に応じて、実用的に使える分量を計るためのものという説もある。
いずれにしても、賢者の石の奥義に壺は不可欠だと、少なくとも古代にはそういう考えがあったらしい。
哲学者の卵は、卵でなく、これは素材を密閉する容器で、ある意味、錬金術師の壺の機能拡張版みたいなものかもしれない。
卵と言われるのは、その容器が卵のような球形だからであり、「哲学者の」と言われるのは、卵から生まれるとは思えないような物も、最終的に生まれてくるかららしい。
ホムンクルス
錬金術はあらゆる物質を作る技であり、当然生命体も新たに作り出せる。
そこで、実験室などのミクロコスモス内で、新たに作られる小さな人間、というのもありえる。
そういう人造小人を『ホムンクルス(Homunculus)』という。
16世紀に活躍した高名な錬金術師であるパラケルスス(1493~1541)が、ホムンクルスを作ったという伝説は特に有名である。
正確には、彼はその生成方法を実際に記録として残しているのである。
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ただその方法というのは、生殖細胞を適度な温度で放置するとか、そういうレベルである。
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